2009年05月31日

遥か

upch-80081.jpgGReeeeN(グリーン)は、日本の4人組J-POPボーカルグループである。所属レーベルはNAYUTAWAVE RECORDS、所属事務所はエドワードリミテッド(業務提携先はスターダストプロモーション)。

概要 [編集]
ハイトーンヴォイスのHIDEとnavi及びロートーンヴォイスの92とSOHの男性4人で構成されるボーカルグループ。キャッチコピーは「4本マイクのロッキンビーツ」(ロッキンビーツ:Rock 'n' Break Beats (Rock + Break Beats))。

サウンドプロデュースは、HIDEの実兄である元Pay money To my PainのJINが手掛けている。

ロゴマークの「GReeeeN」の4つの「e」は、メンバーの人数、および、歯学部出身・在籍に因んで笑顔になるときに見える歯並びをイメージしてデザインされており、「smileを届けられる存在でありたい」というメンバーの気持ちを表している[1]。

彼らの音楽活動において特筆すべき点は、テレビやインターネット等のマスメディア出演はおろか、プロモーションビデオやCDジャケットにおいても顔出ししないところである。ラジオ出演や営業活動をしたこともあるが、その様子の写真をブログに掲載する場合でも顔は隠している[2]。唯一のテレビ出演は、テレビユー福島『MUSIC BARパロパロ』(2007年1月19日放送回)でのスタジオゲスト出演で、その際も顔を半透明のプラ板で隠していた[3]。これは、音楽活動と学業及び卒業後の歯科医勤務を両立するという理由によるもので、結成以来一貫して守り通している。ただし、歯科医師国家試験に合格して歯科医となった後、勤務先の院長の許可がおりれば顔を出す可能性もあると示唆している[4]ほか、子供時代の写真は自身のブログで公開している。2009年3月現在、HIDE、navi、92の3人は歯科医師国家試験に合格している。なお、「GReeeeNのメンバーの顔写真」と称した画像がインターネット上で出回っているが、それらが本当であるかどうかの証拠はない。

インディーズ時代は郡山駅前のCDShop「LIPS」(現在は閉店)を中心に活動。インディーズCDも数枚出版している。インディーズ時代は郡山のライブハウス「#9」でのライブも行う。また、2BACKKAのHAMMERらが主催するライブイベントUNITYに一年以上の継続出演を果たす。

プロモーションビデオは自身たちが出演しない分、俳優が出演するストーリー仕立てのものが多く、「愛唄」では岡本浩志と志保、「人」では大東俊介と石井めぐる、「涙空」では関めぐみと本郷奏多、「旅立ち」では兼子舜がそれぞれ出演しており、「BE FREE」は映画『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』の映像を使用した予告編仕立てとなっている。また、「扉」ではジリ・ヴァンソン、マイケル・リーバスら外国人4人がGReeeeN本人役を熱演している。

メンバー全員が大学在学中[5]であった2007年にメジャーデビューしたため、これに関連して、2008年4月2日放送のフジテレビ系『めざましテレビ』内「メディア見たもん勝ちDX」のコーナーにおいて、メンバーのHIDEと92の歯科医師国家試験合格のニュースの中で、SOHが留年したと誤った報道をした(実際には5年生から6年生へ進級)。そのため、翌日の同番組およびオフィシャルサイトでこの事を訂正をした。


GReeeeNの由来 [編集]
「新人、未熟者」という意味で使われる『GReeN Boy』という造語。メンバーのHIDEは「まだまだ未完成であり続ける、未知の可能性という意味」でGReeeeNと名付けたと2009年3月8日付のブログで述べている[6]。


メンバー [編集]

HIDE [編集]
ヒデ。1980年4月3日生まれの29歳。大阪府高槻市出身。歯科医師。身長178cm、足サイズ29cm、血液型A型。大阪府出身ではあるが、実家があるのは京都府嵐山である。福島県郡山市在住。因みにヒデは高槻市緑町(みどりまち)で生まれ育った。

普段はコンタクトレンズで生活している。好きな食べ物は唐揚げ、カレーライス等。喫煙者であり、中南海を吸っている。尊敬する人物は坂本龍馬。マンガ『ONE PIECE』の大ファンである。家に大きな等身大のチョッパーのぬいぐるみがあるが、特にゾロのファンである。趣味、生きがいはダイエット。また、家族は両親、姉、兄(JIN、元Pay money to my pain)がいる。使用している携帯電話の機種は、L852i。

略歴
中学・高校は高知県にある私立土佐塾中高。部活は剣道部、後にバレーボール部。同時にHIP HOPの洋服店でのアルバイト経験を通じて、HIP HOPに接する。その頃からバンド活動を始めギターやベース、ドラム等を担当。
大学を一度浪人し東京で3年間過ごす。東京時代には原宿の洋服店で働いていた[7]。
1999年、東京の予備校で現メンバーのnaviと意気投合。
2001年、歯科医師になるべく福島県の大学に進学。
2002年、実兄のJIN(当時NICK)のサポートを受けnaviと二人で前身である「GReeeN」を結成(eが3つ)。
2004年、navi、92、SOHとともにGReeeeNを結成。
2008年、歯科医師免許を取得。

navi [編集]
ナビ。1980年4月30日生まれの29歳。宮城県仙台市生まれの千葉県育ち。身長173cm、体重74kg、足サイズ28cm、血液型O型。福島県郡山市在住。

普段はコンタクトレンズで生活している。naviという一風変わった名前はニックネームである。使用している携帯電話の機種は、NTTドコモ・N905i。


「no more war」の歌詞中に出てくるひめゆりの塔略歴
一時期を岩手県で過ごす。
幼稚園入園とともに心臓の手術を受ける。この頃からピアノに夢中になる。
中学生時代からバンド活動をはじめキーボードを担当。
高校時代にはギターに転向。
1999年、同じく浪人時代のHIDEと意気投合。
2001年、歯科医師になるべく福島県の大学に進学。
2002年、JINのサポートを受けHIDEと「GReeeN」を結成。
2004年、HIDE、92、SOHとともにGReeeeNを結成。
2008年、大学を卒業。
2009年、歯科医師免許を取得。

92 [編集]
クニ。1982年3月21日生まれの27歳。沖縄県那覇市出身。歯科医師。身長178cm、体重76kg、足サイズ29cm、血液型A型。福島県郡山市在住。

沖縄出身ということもあり、彼をモチーフとした曲がいくつか作曲されている(「レゲレゲ」、「no more war」)。特技はバスケットボール。その他にも剣道、居合道の経験がある。音楽のルーツは沖縄民謡であると発言している。視力が多少悪いが普段は裸眼で生活している。視力が悪いといっても、運転する際に眼鏡をかけるようにと書かれない程度。好きな言葉は「志」、趣味は模様替え。使用している携帯電話の機種は、NM706i。

略歴
2004年、同じ大学の学部だったHIDE、navi、SOHとGReeeeNを結成。
2008年、歯科医師免許を取得。

SOH [編集]
ソウ。1981年2月2日生まれの28歳。佐賀県出身。大学6年生(2009年3月現在)。身長184cm、体重70kg、足サイズ28.5cm、血液型A型。福島県郡山市在住。

一時期は長崎県、福岡県にも在住。2004年、メンバーのHIDEに誘われGReeeeN結成。音楽活動は未経験だった。メンバーの中でも一番の低音ボイスである。曲の中でもソロパートやハモリパートが多い。初アルバム『あっ、ども。はじめまして。』に収録されている「手紙〜君たちへ〜」では、GReeeeNの楽曲では珍しい低音リードボーカルの曲であり、SOHがリードをとっている。声が綺麗で大きいことでも有名だが、高校時代、寮で深夜こそこそ話をしていたら翌日一人だけ名指しで怒られたというエピソードがある[8]。弟がいる。サッカーマニア(プレーするのは嫌いであると公式HPで語っている)。好物はドトールコーヒーのココア。使用している携帯電話の機種は、SH904i。来年(2010年)、歯科医師国家試験の合格を再度、目指して勉学中。


共同作業者 [編集]
JIN
ジン。4月11日生まれ。大阪府高槻市出身。ロックバンドNICKのボーカルで、元Pay money To my Painのギタリスト。GReeeeNをはじめ、2BACKKAやBACK-ONなどのプロデュースをする音楽プロデューサーとしても活躍している。GReeeeNメンバーのHIDEは実弟である。主にGReeeeNのトラック作成を手掛ける。1stシングル「道」収録の「絆」の作曲は彼が手掛けている。(詳しくはJINの項目を参照)

略歴 [編集]
2002年、HIDEとnaviで、HIDEの実兄JIN(元Pay money To my Pain)のサポートの下でGReeeNを結成(当時はeが3つ)[7]。
2004年、92とSOHが加入し、GReeeeNに改名。
2006年
2月、自主制作のミニアルバム『greeeen』を郡山駅前のCDショップ「LIPS」にて50枚限定発売。
3月、デモテープが認められ、仙台のエドワードリミテッドに所属。
レコードメーカー10社以上の争奪戦が繰り広げられ、ユニバーサルミュージック内レーベルのNAYUTAWAVE RECORDSと契約。
2007年
1月24日、シングル『道』でメジャーデビュー。
5月16日、3枚目のシングル『愛唄』を発売。プロモーションビデオがテリー伊藤の初監督作品としても多数のメディアに取り上げられた。
6月27日、初のアルバム『あっ、ども。はじめまして。』を発売。オリコン初登場2位を記録、シングル・アルバム同時に2週連続トップ10位入りも記録した。
12月18日発表の「2007年オリコン年間ランキング」において、年間シングルランキングで『愛唄』が24位に、年間アルバムランキングで『あっ、ども。はじめまして。』が17位にそれぞれランクインした[9]。
2008年
1月16日、映画『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』主題歌「BE FREE」を含む両A面シングル『BE FREE/涙空』を発売。映画主題歌の起用は初。
2月、会員制モバイルサイト「GReeeeN Mobile」をOPENした。リレー式のメンバーブログ、グッズの販売、待ち受け画像やメンバーの着声ボイスなどが配信されている。特にグッズ販売はここでしか販売されない公式グッズがおよそ1ヵ月ごとに変更されているので、逃すと今のところ二度と手に入れることが出来ない。
5月28日、初のテレビドラマ(『ROOKIES』)主題歌に起用されたシングル『キセキ』を発売。着うたの週間ランキングで6週連続1位とシングルランキング初登場1位(ミュージックステーションランキングにて)を獲得している。(5月30日現在)また、この作品にはGReeeeN初となるDVDが付く。そして、6月9日付のオリコンシングルチャートでグループ初の首位を獲得した。また翌週の6月16日付でも首位を獲得。2008年初の2週連続の首位獲得となり、自身最大のセールスとなった。
6月25日、自身2枚目となるアルバム『あっ、ども。おひさしぶりです。』を発売。GReeeeN初のミリオン達成となった。
10月1日、HIDEの兄のJINと、JINがGReeeeNの他にプロデュースしている5人組バンドBACK-ONとで結成した10人組のコラボレーショングループ「BAReeeeeeeeeeN」のファーストシングル『足跡』を発売。
12月3日、GReeeeN通算8枚目のシングル「扉」を発売。(初回限定盤は、GReeeeN初のクリスマス・ソング「冬のある日の唄」との2シングルCD仕様。)
2009年
1月28日、2ヶ月連続リリースでシングル「歩み」を発売。
フジテレビの1月クールの月9ドラマ『ヴォイス〜命なき者の声〜』の主題歌にGReeeeN通算10枚目のシングル「刹那」が起用される。3月11日に発売。
2009年1月16日、阪神甲子園球場で3月21日に開幕する第81回選抜高等学校野球大会の入場行進曲が「キセキ」に決まった。
2009年3月5日、5月30日より全国東宝系にて公開される、映画『ROOKIES -卒業-』の主題歌に、GReeeeNの新曲「遥か」の起用が決定したことが発表された。5月27日に発売。
2009年6月10日、GReeeeNの3枚目となるアルバム『塩、コショウ』を発売予定。

受賞歴 [編集]
第22回(2007年度)日本ゴールドディスク大賞[10]
「愛唄」:「着うた(R)」ソング・オブ・ザ・イヤー邦楽部門、「着うたフル(R)」ソング・オブ・ザ・イヤー邦楽部門
GReeeeN:ニュー・アーティスト・オブ・ザ・イヤー
[アーティスト名] GReeeeN
[タイトル] 遥か
[CD番号] UPCH-80127
[発売日] 2009-05-27

1 遥か
2 声
3 遥か彼方へ 〜Piano Version〜
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110011110001010
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PUNKY HEART

LM.C(エルエムシー)は元PIERROTのギタリストAijiと元sinnersのギタリスト→雅-miyavi-の石原軍団ジャポンのギタリストをしていた、新世紀型[要出典]ヴォーカルmayaによって結成されたヴィジュアル系ミクスチャーユニット。ロゴはウサギをイメージしている。

メンバー [編集]
Vocal:maya (まぁや)
Guitar:Aiji (アイジ)
元々2人は同じ長野県出身であり、mayaはかつて所属していたバンドSinnersのメンバーとともに PIERROTのローディ−として勧誘されたものの、mayaは断りSinnersの他のメンバーが 結局ローディーとなったが、2人の付き合いはその後も続いていた。2002年にSinnersが解散し、mayaのデモを聴いたAijiはmayaとユニット活動を開始。LM.C結成に至る。


サポートメンバー [編集]
bass:Hiko (ヒコ) /EVAKAN (エバカン) /mACKAz (マッカツ)
drums:DEATH-O (デスオ) /KAEDE(カエデ)
keybord&manipulate:JayKay (ジェイケイ)/JUN (ジュン)
Vj & Performer:DENKI-MAN (電気マン)

概要 [編集]
2006年10月にシングル2枚をリリースし、メジャーデビュー。 代表曲「☆Rock the LM.C☆」はラップ調でアップテンポなメロディーが特徴。 その他のシングル曲はPOPな受け入れやすい曲[誰が?]。

ユニット名「LM.C」の由来は、LM.CのHPアドレス「lovely-mocochang.com」が先に決まっており、その頭文字をとってLM.Cとなった。この「mocochang(モコちゃん)」とは、mayaの実家で飼われている犬[1]の名前からきている。つまりユニット名に由来はあるが、意味は込められていない。時々lovely-mocochang.comが正式名称だと思っている方もいるが、間違いである。

2002年から非公表で活動を開始し、2003年にはLM.Cのライブを行った[要出典]。 2006年4月2日、PIERROTの日比谷野外大音楽堂でのファンクラブ限定ライブ[2]でデビューシングル発売の告知チラシを配布し、初めてその存在がファンに明かされた。 同年8月に行われたメジャーデビュー曲「☆Rock the LM.C☆」のPVシューティングにて、初めてファンの前にお披露目となる。2007年からは海外でも活躍、世界中に多くのファンがいる。

アニメのタイアップとなった楽曲が多く、2008年6月の時点ではリリースシングルの半数がタイアップとなっている。

BREAKERZとはメル友であり、何度か一緒に飲みにも行っている[要出典]。

ディスコグラフィー [編集]

シングル [編集]
Trailers【Gold】(2006年10月4日)
☆Rock the LM.C☆ - アニメ『RED GARDEN』エンディングテーマ
Trailers【Silver】(2006年10月4日)
OH MY JULIET.(2007年1月31日 / Special Edition、初回限定盤、通常盤の3タイプ同時発売)オリコンチャート初登場18位
OH MY JULIET. - アニメ『RED GARDEN』エンディングテーマ
BOYS & GIRLS(2007年5月23日)オリコンチャート初登場18位
BOYS & GIRLS -アニメ『家庭教師ヒットマンREBORN!』オープニングテーマ
LIAR LIAR/Sentimental PIGgy Romance(2007年10月10日)オリコンチャート初登場15位
Bell the CAT(2007年12月12日)オリコンチャート初登場29位
Bell the CAT -ランク王国オープニングテーマ
JOHN(2008年2月20日)オリコンチャート初登場26位
JOHN -ドラマ 『コインロッカー物語』 エンディングテーマ
88(2008年6月4日)
PUNKY ❤ HEART(2009年5月20日)オリコンチャート初登場15位
c/w DAYS -ニンテンドーDSソフト『家庭教師ヒットマンREBORN! DS フェイトオブヒートU運命のふたり』OPテーマソング

アルバム [編集]
GLITTER LOUD BOX (2007年3月7日 / ミニアルバム)
SUPER GLITTER LOUD BOX (2008年11月5日)
GIMMICAL☆IMPACT!! (2008年11月5日)

DVD [編集]
THE MUSIC VIDEOS (2008年6月4日)
☆ROCK the PARTY☆'08 (2008年9月17日)

ライブ [編集]

ツアー [編集]
LM.C Clib Circuit'06(2006年11月9日 - 11月15日 全国4箇所4公演)
LM.C Clib Circuit'07(2007年4月22日 - 6月3日 全国13箇所13公演)

単発 [編集]
Release Party-60min-(2006年10月16日 Shibuya O-EAST)
LM.C LIVE 2007(2007年2月3日 SHIBUYA-AX)

イベント出演 [編集]
Monster's field ver.3(2006年9月3日 Shibuya O-Crest)
ROCK THE NATION-ADDICT PARTY-(2006年9月10日・9月23日・9月24日 池袋Club ADDICT)
stylish wave ILLUSION'06(2006年11月17日 Zepp Tokyo)
stylish wave ILLUSION'07 Vol.3(2007年4月29日 日比谷野外大音楽堂)
FM OSAKA BUZZ ROCK presents"BUZZ MANIAX"(2008年5月18日なんばHatch)

脚注 [編集]
^ 犬種はシェルティ(シェットランド・シープドッグ)
^ これがPIERROTのラストライブとなった

外部リンク [編集]
公式サイト
Fan Site
Team LM.C Fórum
この「LM.C」は、歌手に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています(P:音楽/PJ芸能人)。
[アーティスト名] LM.C
[タイトル] PUNKY HEART
[CD番号] PCCA-2905
[発売日] 2009-05-20
1 PUNKY■HEART
2 DAYS
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110011110000000
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2009年05月27日

EXIT TUNES PRESENTS THE VERY BEST OF デッドボールP loves 初音ミク

top.jpg初音ミク(はつね みく、HATSUNE MIKU)は2007年8月31日にクリプトン・フューチャー・メディアから発売された音声合成・デスクトップミュージック (DTM) ソフトウェアの製品名、およびキャラクターとしての名称である。「キャラクター・ボーカル・シリーズ(CVシリーズ)」の第1弾として発売された。

ヤマハの開発した音声合成システム『VOCALOID2』を採用したボーカル音源の1つで、メロディと歌詞を入力することで、合成音声によるボーカルパートやバックコーラスをパソコン上で作成することができる。また、声に身体を与えることでより声にリアリティを増すという観点から[1]女性のバーチャルアイドルのキャラクターが設定されている。

発売直後より初音ミクで作成された楽曲やキャラクターイメージを用いた動画がニコニコ動画をはじめとする動画投稿サイトに次々と投稿されたことで人気に火がつき、DTMソフトウェアとしては異例のヒット商品となった。初音ミクを用いて数多くの作品が発表されており、その一部は音楽CD等の形で販売されている。キャラクターとしての人気も高く、フィギュアをはじめとするキャラクター商品が多数発売されている。

概要 [編集]
初音ミクはクリプトン・フューチャー・メディア(以下クリプトン)の販売している、ヤマハの開発した音声合成システム『VOCALOID2』を採用した歌声(女声)を合成するソフトウェア製品である。また、初音ミクをはじめとする「キャラクター・ボーカル・シリーズ」は声に歌い手としての身体を与えることでより声にリアリティを増すという観点から、ソフトウェア自体がバーチャルアイドル(バーチャルシンガー)と見立ててキャラクター付けされていることを特徴としており、初音ミクは「未来的なアイドル」をコンセプトしてキャラクター付けされている[1]。名前の由来は、未来から初めての音がやって来るという意味で、「初めての音」から「初音」、「未来」から「ミク」[1]。発売元のクリプトンはキャラクター画像については非営利であればほぼ自由な利用を認めており、ユーザーによるキャラクターを用いた創作活動を促進する形がとられている[2]。なお、製品においてはパッケージとインストールディスク、インストール画面以外にはキャラクターの姿は描かれていない。

ネット上を中心に、初音ミクが「歌っている」歌という形をとった[3]、あるいは初音ミクを題材とした、数万曲に上るとされる[4]楽曲や、イラスト、CGによるプロモーションなど様々な作品が発表されており、初音ミクはこうした多くのユーザーの手による多彩な創作物から形づくられる、消費者生成メディア(CGM)により成立している女性アイドルという性格を持つ[5]。ユーザーによる創作物の中には、キャラクター利用の許諾を受けた上でCD、書籍などの形で商業展開が行われているものもある。また、企業の企画からなる関連商品でもフィギュアにアイテムとしてネギ(初音ミクとネギを参照)を付属させるといった、ユーザーによる創作から広まった流行を取り入ることも行われている。


製品 [編集]
本ソフトは年間1,000本売れれば大ヒットというDTMソフトウェアのジャンルにおいて発売後2週間で3,000本以上という異例の売れ行きを見せた[6]。発売から3週間後にはサウンド関連ソフト内での一週間の販売シェア(BCNによる集計、楽器店やネット通販の売上げ数は含まれない)が30%を超え[7]、最も高い時期には60%以上を占めている[8]。体験版を収録した「DTMマガジン」(寺島情報企画)2007年11月号は通常より相当数を発行したにもかかわらず3日で完売したうえ、一時ネットオークションで高騰する事態となった[6]。その後、発売から約一年後の2008年9月までに累計で約4万2000本の売り上げを記録している[9]。なお、こうした売り上げには音楽製作のためだけでなくキャラクターのファンとしての購入も多いとされる[9]。


ソフトウェア [編集]
VOCALOIDも参照

『VOCALOID2』エンジンを採用した初めての日本語用ソフトであり、新エンジンの採用により従来のVOCALOIDシリーズと比べより自然な歌声が合成できる様になっている。CVシリーズでは、歌手ライブラリのベース音声には音楽業界関係者からの起用が順調にできなかったという事情などから[1]声優の音声をサンプリングしており、初音ミクでは声優の藤田咲が起用されている。声質は「かわいらしい声」が志向されており[10]、後述の公式プロフィールでは得意な曲のジャンルやテンポや音域が設定されているが、これらはあくまで目安であり、実際は非常に広い範囲で歌えるとしている[11]。ただし、初音ミクの歌手ライブラリは日本語歌詞の入力を前提とした五十音ベースのものとなっており、英語の歌詞の表現には難がある。また、他のVOCALOID製品同様、歌唱に特化した音声合成ソフトウェアであるため台詞を歌劇のように歌わせることは容易でも自然に「喋らせる」ことには対応していない。


キャラクター [編集]
デザインはイラストレーターのKEIによるもので、ヤマハのシンセサイザー・DX7をモチーフとしている[10][注 1]。1983年に発売されたDX7はデジタルシンセサイザーの普及に貢献したヒット商品であり、これにちなんで初音ミクを初音ミクも一時代を築いて欲しいとの願いを込め、ヤマハの担当者を説得した上でデザインに取り入れたという[12]。髪は青緑色で、くるぶしまで届く長さのツインテール。黒のヘッドセットを装着している。目はツリ目である。衣装は襟付きノースリーブの上着にネクタイ、ミニスカートにサイハイのブーツ、黒を基調として所々に青緑色の電光表示をあしらっている。左上腕部には赤色で「01」のサインが入るが、これはキャラクター・ボーカル・シリーズで最初に発売された製品であることを表す。また、後述の公式プロフィールにあるように年齢、身長、体重も定められている。

キャラクター設定については、キャラクターを色付けしすぎないことも考慮されており、企画時には考えられていた背景設定なども採用は見送られ、最低限のプロフィールだけとなっている[13]。また、発売後ブームとなってからはキャラクターを用いた作品の商業展開(メディアミックスを参照)も行われているが、ユーザーによって作られる創作物についてはユーザーの好きなイメージの初音ミクがそれぞれ存在しているという状況があり、そうして拡散した初音ミクのイメージを収束させてしまう懸念から「初音ミクの公式コミックスを作ったり、公式アニメにしたりすることは考えていない[5]」としており、キャラクターデザインを行ったKEIの手がける漫画作品「メーカー非公式 初音みっくす」もタイトルにあるように「非公式」という扱いになっている。ユーザーの創作から生み出されたものの中には後述の「ネギ」のように広く受け入れられ、関連グッズなどの商業展開に取り入れられた例もあるが、これも公式設定に組み入れられているわけではない。


キャラクターの利用 [編集]
詳細はキャラクター・ボーカル・シリーズ#キャラクターの利用を参照

初音ミクはキャラクターとしても人気が出たことからキャラクターをモチーフにしたイラストやアニメーションの作成といったファンによる二次創作が盛んに行われ、そのような反響を受ける形で二次創作に関する公式なガイドラインが定められ、これに沿った形でさえあればキャラクター画像を用いた二次創作物の、営利目的ではない趣味の範囲での制作・頒布が公に認められた。ただし、キャラクターのイメージを損なうような二次創作についてはガイドライン上では規制されており、実際に成人表現を含む二次創作物などに対する対応が行われたケースもある[14]。

なお、キャラクターの名称や画像を用いない楽器としてのみの利用の場合は公序良俗に反する歌詞を含むなどの一部の例外を除き、商用・非商用問わず使用は制限されていない。


プロフィール [編集]
公式プロフィールのページ[11]によるキャラクターの設定は以下の通り。

年齢:16歳
身長:158cm
体重:42kg
得意ジャンル:アイドルポップス / ダンス系ポップス
得意な曲のテンポ:70-150BPM
得意な音域:A3-E5

デモソング [編集]
公式プロフィールのページ[11]でデモソングの試聴ができるようになっている。なお、『星のカケラ』についてはフルバージョンが公認ヴォーカルCDとして販売されている。

星のカケラ:バラード(0分51秒) / 作詞・作曲・編曲:平沢栄司
かくれんぼ:ポップス(1分53秒) / 作詞・作曲・編曲:クロキヨースケ
名称不明:ポップス(0分53秒)

主な受賞暦 [編集]
第13回AMDアワード年間コンテンツ賞・優秀賞(デジタルメディア協会、2008年3月10日)
第39回星雲賞自由部門(日本SF大会、2008年8月24日)
第13回アニメーション神戸賞・作品賞・ネットワーク部門(アニメーション神戸、2008年11月2日)
2008年度グッドデザイン賞(日本産業デザイン振興会、2008年11月6日)

反響 [編集]

発売前の反応 [編集]
発売前にはクリプトンの公式サイトやブログ上で、デモソングやキャラクターデザインの公開が行われが、当初は「萌え」を前面に押し出したイメージ戦略に対して買いにくいといったような否定的な反応も寄せられ、また、大手DTM雑誌からも製品の紹介を断られたという[10]。初音ミクは発売後約一年間で4万本以上を出荷することになるが、当初の販売数の目標は2007年内に1000本だった[15]。しかしその一方、初音ミクの流行の起点となるニコニコ動画では同じクリプトンの販売している先代の合成エンジンVOCALOIDを使用した製品「MEIKO」を使用した動画が投稿され一定の人気を集めており、クリプトンも発売後の大ヒットは想定外だったが、初音ミクを使用した動画がニコニコ動画に投稿されること自体は予測していたとしている[14]。初音ミクはMEIKOユーザーの間では大きな話題となっており[16]、ニコニコ動画には発売日を待たずに公式サイトで公開したデモソングを利用した動画が投稿されていた[15]。

[アーティスト名] 初音ミク
[タイトル] EXIT TUNES PRESENTS THE VERY BEST OF デッドボールP loves 初音ミク
[CD番号] QWCE-10017
[発売日] 2009-05-20
1 私は人間じゃないから。
2 曾根崎心中
3 既成事実
4 牛乳飲め!
5 木枯らしの朝
6 Japanese Ninja No.1
7 シュークリームのうた
8 椿の花
9 続・既成事実
10 Wash My Blood
11 いつしか、必ず。
12 1LDK
13 マンドラゴラ
14 金の聖夜霜雪に朽ちて
15 真・既成事実
16 永久に続く五線譜
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110011101101101
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2009年05月26日

WORLD! WIDE! LOVE!

GoMyWay-hitomi.jpghitomi(ヒトミ、1976年1月26日 -)は女性歌手、シンガーソングライター、女優。旧姓古谷仁美(ふるや ひとみ)。現姓は不明である。[1]。所属事務所及びレコードレーベルはエイベックス・エンタテインメント。愛称は「hitomi姉さん」。公称身長167cm[2]。血液型B型。

略歴 [編集]
栃木県内で生まれるが、生後間もなくして神奈川県川崎市の生家に移る。
尚、彼女は栃木県に住んだ事は無く、栃木県の生まれではあるが主な生育地が川崎市内の為、「栃木県生まれの川崎育ち」と見做されており、この説が有力である。よって事実上は神奈川県出身(但し、公式プロフィールでは出身地の言及は無い事が多い)。[3]
1993年雑誌『Fine』のモデルになり、ヒロミチナカノのショーなどに出演。
中学生の頃より数々のオーディションに応募しており、中学最終年の1990年に出場した第15回ホリプロタレントスカウトキャラバンでは決勝迄進出[4]。また、「モモコクラブ」にも所属し(桃組出席番号・3429番)歌手デビュー以前から芸能活動は行っていた。その他 CS放送『スペースシャワーTV』ナビゲーターなどを務めた。小室哲哉に出会ったのもこの頃であった。
1994年、小室がプロデュースしたシングル「Let's Play Winter」でCDデビュー。1995年2月、2ndシングル「WE ARE "LONELY GIRL"」ではオリコン最高位61位を記録し、同年4月3rdシングル「CANDY GIRL」ではオリコンチャート初TOP15入りを果たし、39万枚を売り上げるスマッシュヒットとなる。
デビュー当初から殆どの曲の作詞を自ら行っている。
1996年、2ndオリジナルアルバム『by myself』でオリコンチャート1位を初獲得。約80万枚を売り上げた。
「小室ファミリーの落ちこぼれ」と自称しているほど、思う様にメガヒットを飛ばせない事を気に掛けてきたが、1998年頃に小室プロデュースの元から離れて以降も、売り上げが乱高下している他のファミリーや元ファミリーと異なり、順調にヒットを生んでおり、特に2000年から2002年は彼女の隆盛期である。
1999年、初のベストアルバム『h』を発売。オリコンチャート1位、約50万枚を売り上げた。
2000年にシドニー五輪で金メダルを獲得した女子マラソンの高橋尚子が、練習中やレース前にテンションを上げる曲として「LOVE 2000」を紹介した事から、同曲が注目を集め再びチャートを上昇させた[5]。
2002年に元GASBOYSのメンバーでデザイン会社勤務の7歳年上の男性と結婚(5年後の2007年秋に結婚生活に確執が生じ離婚する)。結婚してからまもなくして卵巣腫瘍を患い心配されたが手術は成功し無事に回復した。同年、2ndベストアルバム『SELF PORTRAIT』を発売。もう一度オリコンチャート1位、約60万枚を売り上げた。
2004年、1年半の休業を経て活動を再開。以降も本業の歌手としての他、テレビ出演、女優、モデルなど積極的な活動を行っている。女優デビューは2002年に放映されたドラマ私立探偵濱マイク(但し、ゲスト出演として)。
2005年、デビュー10周年を機に独立してエイベックスより新プライベート・レーベル"LOVE LIFE RECORDS"を立ち上げた。28thシングル「Japanese girl」はレーベル初の発売。
2007年には、映画『悪夢探偵』において長編映画初主演を成功させる。さらに、舞台『Waiting for the Sun“天気待ち”』に初出演。12月5日にデビューから13年間の軌跡が詰まった、コンプリートベスト盤『peace』をアルバム、DVD、ボックスセットの3タイトルで同時発売。デビューから全てのシングル曲が収録されている。
2008年6月30日に、俳優の羽田昌義と入籍・再婚し、7月11日に自身のHP内のブログで発表した。妊娠していた事(当時妊娠4ヶ月)も記述していて、「いろいろな事が起こって自分でもびっくりしているのと、嬉しい気持ちで一杯です」と綴っていた。最後には「温かく見守って頂けたら幸いです」で締めくくっている。同年12月23日に約2,900gの女児を出産した。

エピソード [編集]

芸能活動 [編集]
歌手デビューする前、彼女は本名(旧姓)の「古谷仁美」名義で活動していた。
幼少の頃から歌手を目指しており、「ライブアーティストになりたいと思っている」とコメントしていた[6]。
デビューシングルでは、歌詞は彼女の直筆であった。
1998年頃から歌詞の一人称に「僕」を入れる様になった。又、この頃から作詞のみならず作曲にも挑戦している。
1999年に発売した初のベストアルバムでは、歌詞カードの中にキツネやオオカミ等の動物を彼女が抱きかかえているシーンが掲載されている。
自室だけでは無く、車内や風呂場でも歌詞を書く事もある。
マラソン選手、高橋尚子は練習中、よく彼女の歌を聞いてテンションを上げたのみならず、実際に彼女の歌を歌った事がある(高橋が歌っていた曲も「LOVE2000」[7])。
2000年にアルバム「LOVE LIFE」をリリースした際、下着一枚のセミヌード写真のジャケットが注目を浴びた。[8]
映画出演の際、彼女は「実は怖い番組が苦手」だと語っていたと言う[9]。
2009年5月の出産後初のシングル「WORLD!WIDE!LOVE!」は妊娠中時代に書き上げた物で、「お腹の中に居る子供の立場になって歌詞を書いた」と本人が述べている。

プライベート・嗜好 [編集]
羽田とは舞台の稽古中に意気投合した事で知り合った。羽田と結婚した後、新婚旅行で行った先がアテネだった[10]。
梨花とは仲が良く、彼女の写真集で共演した事もある。又、彼女の写真集には梨花との対談も収録されている。
犬も猫も好きでペットは犬(ブルドッグが2匹居る)と猫数匹飼育している。特にブルドッグはブログで度々公開されている。
趣味はウォーキング。ウォーキングを習慣としている事で、彼女の体重はデビュー当初からの体重 (47kg) を維持していて、妊娠中でもほとんど体重が変わっていない。妊娠中を除き、体重が50kgを超えた事は一度も無い。その他、定期的にジム通いをしたり、和食中心の食事にしたりする事で往年の体型を維持している。
その他の趣味は音楽鑑賞、洋服に関する事。
特に音楽は洋楽が好きで、好きな歌手はジェーン・バーキン等。
兄が一人居るが、一般人の為氏名は公表していない[11]。また、家族についての言及もかなり少ない。
30歳近くになる迄、着物を着た事が無く、30歳の誕生日の時彼女の着物姿をブログで公開していた。
好きな場所はシチリア・アテネ等、地中海地域。海外旅行やロケでもよく訪れている。
好きな食べ物は和食類で、特に納豆や豆腐等が好き。辛い物も好き。
嫌いな食べ物はパパイヤ、イチジク。
大の酒好きで、酒は特に日本酒が好きである。
左利きで、食事の時の箸は左手だが、字を書く時は幼い時に直された為右手である[12]。
愛読書は岡本太郎。
愛車はBMW・Z4で、彼女のブログで公開された事もある。免許を取得したのは20代になってから。
子供を出産する前、産院を予め下見していたと言う[13]。因みに彼女が出産したのは助産院。
妊娠する前、彼女は妊娠に関して「太ったりしてネガティブなイメージが多い」と語っていた事もあったが、実際は「むしろ以前よりほっそりした」と述べていた。
妊娠中ながら縄文杉を見る為に屋久島の山中を数時間かけて登山した事もある。
2007年に前夫と離婚した際、ブログでは「お互いの為に出した結論です」とコメントしていた。
2008年12月に女児を出産した時、彼女のブログで「大変だったが素晴らしい経験をする事が出来た」とコメントしていた。
ロングヘアーのイメージが強いが、実際過去に4度髪を切っている。又、最近ではメガネを掛けている事もしばしばある。
妊娠中時代から彼女が愛用している飲み物はアイクレオの鉄分入りのサプリメント飲料「毎日ビテツ」。特に梅味がお気に入りである。自身はレバーが苦手な為、この飲料で鉄分を補っているとの事。

CM関連 [編集]
2002年に出演したダイエットコカコーラのCMでは、ボクシングのジムでグローブを着用したり、ラテンダンスで派手な衣装を纏っていた[14]。
2005年夏にユニリーバのCMに出演していた時は、髪型はアフロにしていた[15]。

その他 [編集]
幼少の頃、「大人はみんな嘘つきで信用出来無い」と思っていた事がある。
前述の通り、「栃木県生まれの川崎育ち」とあるが、これは彼女の両親が共に栃木県出身で、母親が彼女を産む為に里帰り先の栃木に帰省し、そこで彼女を出産し、その後川崎市内に戻ったとされている。なお兄は栃木県の出身、彼女は実質的に神奈川県出身である。
神奈川県立柿生高校中退後、東海大学附属望星高校に編入学・卒業、日本大学生産工学部中退。
比較的、恋愛よりも自分自身を謳った曲が多い。
落胆や自分自身の弱みを有りのままに謳っているフレーズも多い。
姉御肌な性格であり、ファンからは「hitomi姉さん」と言う愛称で親しまれている。
彼女の作品から分かる様に、ワイルドで気が強いイメージが多いが、実際の彼女の性格は臆病で人見知りである。しかしその一方で活動的な所が有り、じっとしているのは好きでは無いそうだ。
俳優の高橋克実は彼女の大ファンで、彼女のポスターも何枚か所有しており、自室にポスターも貼り付けているそうだ。
所ジョージ、長嶋一茂、来栖あつこ等と誕生日が同じ。
細く長い足をしており、美脚としても知られている。又、公称身長は167cmとしているが、細長い足故に実際は170cmを超えている様に見える事も有る。
小室は、彼女に対して「森高千里と尾崎豊をミックスして2で割った感じ」と述べている。
公式ファンクラブとして、「no!cut」を自ら運営している。
妊娠中時代から運営している自身の公式ブログ「ニンプのヒトミ」を展開してきたが、現在は「hitomiのヒトミ」と改題して継続している。

ディスコグラフィー [編集]

シングル [編集]
Let's Play Winter(1994年11月28日)
WE ARE "LONELY GIRL"(1995年2月22日)
CANDY GIRL(1995年4月21日)
GO TO THE TOP(1995年7月26日)
Sexy(1996年2月28日)
In the future(1996年5月22日)
by myself(1996年8月7日)
BUSY NOW(1997年4月9日)
problem(1997年6月11日)
PRETTY EYES(1997年10月1日)
空(1998年4月22日)
Progress(1998年12月2日)
Someday(1999年1月27日)
君のとなり (1999年6月16日)
there is...(1999年8月4日)ここからはマキシシングルで発売。
体温 (1999年10月6日)
LOVE 2000(2000年6月28日)
MARIA(2000年9月20日)
キミにKISS(2000年11月8日)
INNER CHILD(2001年4月18日)
IS IT YOU?(2001年8月22日)
I am/innocence(2001年10月24日)
SAMURAI DRIVE(2002年1月9日)
Understanding(2002年2月14日)
flow / BLADE RUNNER(2002年8月21日)
ヒカリ(2004年2月11日)
心の旅人/SPEED☆STAR(2004年4月28日)
Japanese girl(2005年6月1日)
Love Angel(2005年8月24日)
CRA“G”Y☆MAMA(2005年11月23日)
GO MY WAY(2006年5月10日)
アイ ノ コトバ(2006年9月13日)
WORLD! WIDE! LOVE!(2009年5月20日)
[アーティスト名] hitomi
[タイトル] WORLD! WIDE! LOVE!
[CD番号] AVCD-31505
[発売日] 2009-05-20

1 WORLD! WIDE! LOVE!
2 ココロの草原
3 WORLD! WIDE! LOVE! (instrument
4 ココロの草原 (instrumental)rument
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110011101100100
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2009年05月25日

テレビアニメーション『ジュエルペット』OP主題歌: マジ? マジ! マジカル☆ジュエル/ED主題歌: 笑顔のループ

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本項では、テレビ局(BS局やCS局も含む)で放送されるアニメ作品を指す。

概説 [編集]
当項では、基本的に日本国内のテレビ局もしくは制作会社が主導で制作・放送されたテレビアニメ作品全体に関して述べる(テレビアニメ作品の劇場版を含む劇場アニメや、OVAなどのテレビ放送に関しては、当項では扱わない)。特殊な例として、元はOVAとして制作された作品が、放送局の規制をクリアする為の修正を施したり、新作の話を追加するなど、テレビアニメシリーズとして放送されるケースも稀にある(一部のUHFアニメ他[1])。

近年では、古くから多く放送されて来た地上波テレビ局のみならず、BS・CS放送による放送形態の作品も増加している(これらを併用して放送する作品や、主に地上波未放送地区への補完としてブロードバンド配信を行う作品も急増している)。

放送形態別の詳細に関しては
全日帯アニメ
深夜アニメ(23:00〜29:00の間にNHKもしくは在京キー局にて本放送作品を指す)
UHFアニメ(Wikipediaでは関東圏の独立UHF局にて本放送もしくは初放送作品を指す[2])
BSアニメ
WOWOWアニメ(BSアニメの過半数を占める)
CSアニメ(地上波でも同時もしくは時差展開される作品が殆どの為、深夜もしくはUHFアニメにも分類される事が多い)
の各項を参照されたい。

その他、各テレビ局のマスコットキャラクターを使用した短編アニメ(局関連の告知CMなども含む)も存在する(代表的な例としては北海道テレビのonちゃんや毎日放送のらいよんチャン、テレビ大阪のたこるくん)。

なお、海外で制作されたアニメ作品全体(日本の制作会社の下請け制作参加は除く)に関してはカートゥーンの項を参照されたい。


歴史 [編集]
この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
アニメの歴史およびアニメ#歴史も参照


1990年代におけるテレビアニメの激変 [編集]
1990年代前半までは古くから自社制作に消極的であったTBS以外の在京キー局およびその系列局(主に在阪局・在名局)が積極的にテレビアニメの制作を行っていた。

転機が訪れたのは1990年代後半である。1995年放送の『新世紀エヴァンゲリオン』の大ヒット以降、テレビ東京を中心にテレビアニメの制作が活発化した。ビデオソフト会社がビデオソフト化による制作費回収システムを確立したためマニア向け作品をテレビアニメとして放送できるようになった。マニア向けのテレビアニメは提供料の高いゴールデンタイムではなく夕方の放送が中心で、企業の参入が激増し夕方の放送枠が足りなくなると深夜枠の開拓が始まった[3]。大量生産に有利なデジタルアニメの実用化も本数増加に寄与した。

このような変化をもたらしたのはテレビアニメの視聴率低下である[3]。かつては『うる星やつら』といった人気作が20 - 30%の視聴率を上げていたが、ファミリーコンピュータなど家庭用ゲーム機の普及で子供の関心がアニメからコンピュータゲームに移ったこと、少子化により玩具が売れなくなり玩具メーカーがテレビアニメのスポンサーから撤退したことにより提供料の高いゴールデンタイムでの放送が難しくなってきた[3]。この他にも、塾通いの子供の増加でそもそも夕方から夜7時台に帰宅していないため見ることが物理的に不可能なことも視聴率低下の一因とされている。

テレビアニメの本数が急増する一方、マニア向け作品の発表手段だったOVAは衰退していった。以前ならOVAとして販売されていた作品ですらテレビアニメ化されている。

1990年代末 - 2000年代に入ると在京キー局各局においては全体的に全日帯アニメの衰退振りが目立ち[4]、代わって土日の午前帯や深夜アニメに力を入れている傾向が目立つ(土曜日の午前帯増加の背景には小中学校の週休2日制度導入で子供の在宅率が上がり視聴が可能になったことが大きい)。更にUHFアニメやWOWOWアニメなどが台頭するようになった。幼年層向け作品とアニメ愛好者・若者向け作品とへの二極化が進行していると言える。


NHKアニメの変遷 [編集]
詳細はNHK総合テレビ番組一覧#アニメ、NHK教育テレビ番組一覧#アニメ、NHK衛星放送番組一覧#アニメをそれぞれ参照

NHKは現在では教育テレビおよび衛星第2テレビ(BS2)で多く放送している(一部衛星ハイビジョンテレビ(BS-hi)で再放送の作品もあり)。

かつては総合テレビで多く放送していた時期もあったが次第に教育やBS2での放送にシフトして行き、『NHKアニメ劇場』が2006年12月に終了以降は教育テレビおよび衛星第2テレビで本放送された作品の再放送に留まっている。


テレビアニメの現状 [編集]
この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
日本国内では現在、民放キー局(在京・在阪・在名局)や全国放送のNHK各チャンネルに加え、独立UHF局を含める、特に在京キー局を擁する関東広域圏では週に80本近くの新作アニメ番組が放送されている、

下記に2007年12月現在、主要在京各局で放送されているテレビアニメの総本数を掲載する(系列局からの逆ネット作品を含むレギュラー枠で本放送の作品に限定)。各局子会社により、BS局で限定して放映される作品(全国放送の作品)に関しては除外している。

局名 系列 総数
NHK 総合 / 教育 15
日本テレビ NNN / NNS 5
テレビ朝日 ANN 7
TBS JNN 5
テレビ東京 TXN ※ 30
フジテレビ FNN / FNS 6
合計 66



※ ミニ作品が複数放送されている『おはスタ』や『おはコロシアム』などアニメ番組とバラエティ番組を合わせた形式の番組に関しては、それぞれ各番組ごとに1本としてカウントした。

参考
局名 系列 総数
tvk UHF 17
TOKYO MX 12

地上波に関しては、地域別におけるチャンネル数の格差やローカル局の方針・予算不足などから放送される本数に大きな格差があり、在京キー局の半分にも満たない局が多い。#日本国内の地上波民放の放送エリア・チャンネル数の問題の項を参照されたい。

多くは児童・ファミリー向けであり、世間一般において『アニメが子供のもの』という認識はここ40年ほどは基本的には変わっていなかったが、近年のテレビアニメ事情とあわせて変化も起こりつつある。

子供以外の層でアニメに拒否感を示す者の割合が減少しつつある。これはアニメを見て育った層がそのまま高年齢化したためである。

1990年代前半まで主流を占めたゴールデンタイム帯に放送される作品は激減し、テレビ東京での平日夕方枠[5] と在京キー局に加えて、三大都市圏の独立UHF局の深夜枠、土日の午前帯が主流となってきている。更には、BS局(2000年代初頭に相次いで開局した民放BSデジタル放送局も含む)や、CS局での本放送作品も急増している。

かつては玩具会社や食品会社など(バンダイ・丸大食品など)がスポンサーの主流を占め、必然的に内容も子供向けだったのが、ビデオソフト制作会社などがOVAに代わって主に深夜帯に作品展開の場を移した為、一般人でない高年齢層(オタク)向けのアニメが増加している。放送時間帯が故に視聴者層が極めて限られ、広範囲の視聴者の支持を集めるには至っていないが、パッケージ販売のためのプロモーションの性格も強いため、たとえ低視聴率でもターゲットとする層に確実に届けばよしとしているようである。深夜枠のアニメ番組には、放送局が製作せず、スポンサーが番組枠を買い取って放送するものも多い。

[アーティスト名] TVアニメ
[タイトル] テレビアニメーション『ジュエルペット』OP主題歌: マジ? マジ! マジカル☆ジュエル/ED主題歌: 笑顔のループ
[CD番号] COCC-16250
[発売日] 2009-05-20
1 マジ?マジ!マジカル☆ジュエル/ 浅香唯
2 笑顔のループ/ 堀江美都子
3 マジ?マジ!マジカル☆ジュエル(カラオケ)/ 浅香唯
4 笑顔のループ(カラオケ)/ 堀江美都子
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110011101011011
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2009年05月22日

TVアニメ「ドラゴンボール改」オープニング.テーマ: 「Dragon Soul」

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谷本 貴義(たにもと たかよし、別名義:TAKAYOSHI、1975年4月14日 - )は、広島県呉市出身の男性歌手・作詞家・作曲家・編曲家である。

概要 [編集]

来歴 [編集]
呉高専在学時に本気で音楽の道を志し、20歳の時に上京する。2000年に発表した「この街のどこかに」が、映画館内のコマーシャルソングとして採用される。2001年に「One Vision」にて、メジャーデビューを果たす。以後はアニメソング・特撮ソング・ゲームミュージックなどの楽曲提供・ボーカルなどを多く手掛けている。2003年に期間限定で、本間夕織とユニット「loop」を結成していた。


作品 [編集]

シングル [編集]
One vision
2002年1月10日発売(インターチャネル)
One vision
テレビアニメ「デジモンテイマーズ」挿入歌
作詞:山田ひろし、作曲・編曲:太田美知彦
風のつばさ(loop名義)
2003年4月23日発売(インターチャネル)
風のつばさ
テレビアニメ「クラッシュギアNitro」オープニング主題歌
作詞:さいとういんこ、作曲:前田克樹、編曲:滝沢淑行
Dualism
作詞:loop、作曲:谷本貴義、編曲:川端正美
太陽のtransform!! / Calling you
2004年2月25日発売(インターチャネル)
太陽のtransform!!
歌:きただにひろし
Calling you
「トランスフォーマー スーパーリンク」エンディング主題歌
作詞:藤林聖子、作曲:松川秀幸、編曲:佐藤和豊
君にこの声が届きますように
2004年4月21日発売(インターチャネル)
君にこの声が届きますように
テレビアニメ「金色のガッシュベル!!」オープニング主題歌
作詞:うらん、作曲・編曲:大久保薫
Nobody's Sun
作詞:山田ひろし、作曲・編曲:太田美知彦
見えない翼
2005年4月27日発売(インターチャネル)
見えない翼
テレビアニメ「金色のガッシュベル!!」オープニング主題歌
作詞・作曲・編曲:太田美知彦
Overdrive
作詞・作曲・編曲:谷本貴義
獣拳戦隊ゲキレンジャー / 道(タオ)
2007年3月27日発売(コロムビアミュージックエンタテインメント)
『獣拳戦隊ゲキレンジャー』オープニング主題歌
作詞:及川眠子、作曲:岩崎貴文、編曲:京田誠一
道(タオ)
歌:水木一郎

コンピレーション [編集]
デジモンミュージック100タイトル記念作品〜We Love DiGiMONMUSiC〜
2002年12月25日
イメージソング『勇気を受け継ぐ子供達へ』(和田光司&AiM&宮崎歩&Hassy&大田美知彦&Sammy&谷本貴義名義)収録
仮面ライダー555 ソングコレクション
2003年11月27日発売(avex mode)
existence 〜KAIXA〜 nized dice
「仮面ライダー555」イメージソング
作詞:藤林聖子、作曲・編曲:佐藤和豊
今日からマ王! はじマりの旅楽団
2007年6月27日発売(avex mode)
走るんだ!
PSゲーム「今日からマ王!」主題歌
獣拳戦隊ゲキレンジャー ゲキウタ全曲集
2007年12月6日発売(コロムビアミュージックエンタテインメント)
高みの空へ
「獣拳戦隊ゲキレンジャー」挿入歌
作詞・作曲・編曲:谷本貴義
Burning up!〜情熱を受け継いで〜
「獣拳戦隊ゲキレンジャー」挿入歌
作詞・作曲・編曲:谷本貴義
ドラグレイド2 サウンドトラック
2008年7月10日発売(コロムビアミュージックエンタテインメント)
Change your BEAT
ニンテンドーDSゲーム「ドラグレイド2」主題歌
作詞:lune、作曲:tenten、編曲:谷本貴義
Break up!
DSゲーム「ドラグレイド2」エンディングテーマ曲
作詞・作曲:tenten、編曲:谷本貴義

提供 [編集]

作詞 [編集]
獣拳戦隊ゲキレンジャー「Just make it out!」
藤重政孝「KEEP YOUR STYLE」

作曲 [編集]
テニスの王子様「Trial of luck」(作曲・編曲)
テニスの王子様「PERFECT GAME」(作曲)

編曲 [編集]
おねがいマイメロディ 「MYMELO REMIX 」
三原じゅん子「セクシーナイト」(Digital Rock ver.)
石井明美「CHA-CHA-CHA」(Lovely ver.)
岩崎良美「タッチ」(Trance ver.)
となグラ!「絶対レンアイ感!」(渡辺美佳との共作)
いぬかみっ!「ハートにぴったんこ」(渡辺美佳との共作)
野川さくら「Dual Love on the planet 〜葉ノ香〜」(渡辺美佳との共作)
堀江美都子「たいせつなたからもの」
水木一郎「〜デビュー40周年記念〜ヒーローソングメドレー」

出演 [編集]

ラジオ [編集]
ラジオNIKKEI「谷本貴義のOverdrive!!」(2005年5月〜11月)
ラジオ栃木・茨城放送「谷本貴義のコマンドG!」(2004年3月〜2005年4月)

声優 [編集]
SIMPLE2000シリーズ Vol.104 THE ロボットつくろうぜっ! 〜激闘! ロボットファイト〜「須藤ヒカル」役

外部リンク [編集]
オフィシャルサイト
オフィシャルブログ
谷本貴義 - アニソン データベース
[アーティスト名] 谷本貴義
[タイトル] TVアニメ「ドラゴンボール改」オープニング.テーマ: 「Dragon Soul」
[CD番号] COCC-16247
[発売日] 2009-05-20
1 Dragon Soul
2 無敵AURAのエナジー
3 Dragon Soul (オリジナル・カラオケ)
4 無敵AURAのエナジー (オリジナル・カラオケ)
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110011101011100
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BoA 2 in 1 ALBUM BEST&USA

boa.jpgBoA(ボア、 1986年11月5日 - )は、韓国・日本を中心に活動する韓国京畿道出身の歌手である。身長160cm(日本における公式プロフィール、韓国での公式プロフィールは162cm)。

概要 [編集]

アーティスト名「BoA」の表記 [編集]
韓国人の名前は概ね、姓が1音節、下の名前は2音節である。ハングル表記・漢字表記では3文字となり、韓国人の名前を英字表記する時、漢字1文字毎に最初の英字を大文字にし、下の名前の各漢字の間をスペースで空けたりハイフンを入れる習慣がある。ペ・ヨンジュン(「勇俊)を「Bae Yong Joon」と表記するように、クォン・ボア(權寶雅)は「Kwon Bo A」と表記される。 姓とスペースを除いた「BoA」をアーティスト名としているが、「A」が大文字なのは韓国名の英字表記の慣習に因るところである。なお、「ボア (寶雅)」は韓国で非常に珍しい名前である。


人物 [編集]
母語の韓国語の他に日本語と英語を話せるトライリンガルである。 また、韓国国内版アルバムのうち、中国語圏で発売されるバージョンについては、ボーナストラックとして中国語バージョンが収録されている場合がある。なお、他の韓国人歌手や音楽グループなどにおいても、このような手法をとっている場合がある。


来歴 [編集]
この記事や節の内容に関する文献や情報源を探しています。出典を明記するためにご協力をお願いします。


韓国での活動 [編集]
1998年
6月:SMエンターテインメントのオーディションを受ける兄についていったところスカウトされた。中学校を中退したが2002年韓国の高校卒業認定試験に合格している。
2000年
8月25日:1集「ID; Peace B」でデビュー。
11月24日:M.net 2000ミュージックビデオフェスティバル「女性新人賞」受賞。
12月10日:公式ファンクラブ「Jumping BoA」第1期結成。
12月13日:2000KMTV 歌謡大典「今年の女性新人賞」受賞。
2001年
3月5日:2.5集『Jumping into the World』リリース、韓国・アメリカ・日本などの有名作曲家が参加。特に、Peter Rafelsonの曲「Don't start now」が収録され話題となった。
2002年
8月1日:SBSi 2002上期ネチズン(インターネット市民)人気大賞・女性ソロ部門受賞。
9月24日:第3回大韓民国映像大典歌手部門「フォトジェニック賞」受賞。
11月29日:m.net 2002 Music Video Festival「最高人気ミュージックビデオ賞」、「ダンス部門最高ミュージックビデオ賞」受賞。
12月6日:第13回ソウル歌謡大賞「大賞」受賞。
12月28日:KMTV 2002 Korea Music Awards「本賞」、「モバイルミュージック賞」受賞。
12月31日:MBC10大歌手歌謡祭「本賞」受賞。
2003年
12月26日、ソウル市「Hi Seoul」の広報大使に任命された[1]。
2006年
11月13日、映画『愛なんていらない』オリジナル・サウンドトラック発売。主題歌「サンシャイン(Sunshine)」を歌う[2]。
11月26日、Mnet 主催の毎年恒例イベント「MKMF2006」において、w-inds.がアジアベストアーティスト賞を受賞した際のプレゼンターを務めた。
2007年
2月24日:「韓流エキスポ IN アジア」が開催されていた済州島にある済州国際コンベンションセンターのタムラホールで「MADE IN BoA 2007」を開催した。このステージでは韓国語で「Girls On Top」「My Name」「メリクリ」「Winter Love(この曲のみ日本語)」「People Say」「NO.1」「VALENTI」「Everlasting」の8曲を披露した。これが韓国国内において事実上BoA本人の初の単独コンサートとなった。
2008年
9月10日:ソウル市内で記者会見を行い、全米デビューならびにデビュー曲「Eat You Up」を発表。10月にi-Tunesなどで全米デビュー曲のデジタル配信、11月には全米でCD発売、さらに翌年にはアルバムや全米ツアーを計画していることが発表された。なお、この前日にBoAが事務所で記者会見の打ち合わせをしていた途中、階段を踏み外して左手の骨折ならびに足を強打し全治6週間のケガをし、ギブス姿で会見場に現れた[3]。

日本での活動 [編集]
2001年
3月7日:単独ショーケース・ライブを開催し、多数の報道陣が訪れた。このステージでは「ID; Peace B(日本語)/SARA(韓国語)/Don't start now(英語)」を披露した。
5月:キリンビバレッジ『午後の紅茶「b」』ベビーリーフ篇出演。
5月30日:1stシングル「ID; Peace B」でJ-POP歌手としてデビュー。オリコンチャート17位。
7月25日:2ndシングル「Amazing Kiss」リリース、オリコン16位。
12月5日:3rdシングル「気持ちはつたわる」リリース、オリコン11位。
12月19日:avex企画で倖田來未と共に、米国テロ追悼チャリティーシングル「the meaning of peace」リリース、オリコン7位。
2002年
1月17日:4thシングル「LISTEN TO MY HEART」をリリースし、この曲で問い合わせが殺到し、BoAの名が日本に浸透し始めた。オリコンは最高3位を獲得。
7月末日から約1か月にわたって開催されたa-nationの全公演に出演した。
9月10日:WESTLIFEと「Flying Without Wings」デュエット録音。
12月5日:FNS歌謡祭人気歌手賞受賞。
12月13日:日本有線大賞「本賞」受賞。
12月31日:第44回日本レコード大賞「金賞」受賞。第53回NHK紅白歌合戦で紅組の2番目の歌い手として「VALENTI」で初出場。
2003年
2月26日:PALM DRIVEシングル「HOLIDAY」に参加。
3月12日:ゴールドディスク大賞「本賞」受賞。
3月27日から4月6日にかけて、初めての単独ライブツアー(後述)開催。
4月1日にBoAオフィシャルファンクラブ「SOUL」が発足。
昨年に引き続き、7月末日から約1ヶ月にわたって開催されたa-nationの全公演に出演した。
12月31日:第54回NHK紅白歌合戦で、純外国籍のシンガーソングライターとしては初めて(在日コリアンを除く)のトップバッターを務めた。「DOUBLE」で2度目の出場。
2004年
初のアリーナツアー(ライブツアー自体は2回目)を開催。3月末の埼玉を皮切りに、名古屋、福岡、大阪、横浜の順に公演を行った。
8月に開催されたa-nation神戸公演及び東京公演に出演した。
12月31日:この年も第55回NHK紅白歌合戦に出場し「QUINCY」を歌った。
この年は、ライブツアー終了後は日本での活動が少なく、韓国での活動に重点を置いていた。
2005年
3月30日:シングル「DO THE MOTION」リリース、オリコンシングルチャート1位。日本人以外のアジア出身歌手の1位は欧陽菲菲の『ラブ・イズ・オーヴァー』以来21年4か月ぶり。
4月に2回目のアリーナツアーを開催。福岡、東京、大阪、名古屋の順に公演を行った。
8月に開催されたa-nationの東京公演と神戸公演に出演し、「Rock With You」「DO THE MOTION」「make a secret」「QUINCY」「VALENTI」の計5曲を披露した。
12月31日:第56回NHK紅白歌合戦に出場し「抱きしめる」を歌った。
2006年
3月6日、渋谷AXにおいて、完全招待制の「BoA OUTGROW Special Live 2006」をテレビ朝日主催で開催。
4月15日:日本武道館で開催されたMnetJapan開局記念ライブにスペシャルのサプライズゲストとして出演し、「OUTGROW〜Ready Butterfly〜」「DO THE MOTION」「Everlasting(韓国語版)」を歌い、今までに無いレゲエ風ヘアスタイルで登場した。
7月15日、ap bank fes'06に出演し桜井和寿とのコラボレーションで「cosmic eyes」を歌った。
8月5日:映画『森のリトル・ギャング』の公開初日に舞台挨拶をした。この映画では「KEY OF HEART」が日本語版の主題歌となっており、BoA自身がヘザー役で声優に初挑戦した。また、韓国語版の同映画にも同じくヘザー役でBoAが声優として出演している。
8月16日、神宮外苑花火大会に出演し「VALENTI」「Shine We Are!」「Everlasting」「KEY OF HEART」「七色の明日〜Brand New Beat〜」「QUINCY」の計6曲を披露した。なお、この時BoAは足を負傷し、まともに歩ける状態ではなかったが見事にやり遂げた。
a-nationの神戸及び東京公演(それぞれ二日目)に出演した。披露した楽曲は前述の神宮外苑花火大会の時と同じ。
9月29日から約1か月間「BoA THE LIVE 2006」を開催し、自身の20歳の誕生日には「BoA THE LIVE 20th Birthday」を開催した。
12月31日:第57回NHK紅白歌合戦に5年連続で出場し「七色の明日〜Brand new beat〜」を歌った。
2007年
3月31日から横浜を皮切りに、福岡、大阪、名古屋で2年ぶりの全国アリーナツアーを開催した。ちなみに、横浜アリーナにおける公演は3年ぶりのことである。
6月6日:ORICONブログにおいて、『BoAブログ』がスタート。
夏、BoAオリジナルモデルアイウェア(メガネ)が発売された。
12月31日の第58回NHK紅白歌合戦に6年連続出場。ウインター・バラード・スペシャル (「LOVE LETTER」「メリクリ」)を披露した。
2008年
5月上旬から6月下旬まで、全国ライブツアーが開催された。従来のアリーナツアーとは違い、全公演ホールクラスならびに史上最多の公演回数となった。
[アーティスト名] BoA
[タイトル] BoA 2 in 1 ALBUM BEST&USA
[CD番号] AVCD-23832
[発売日] 2009-03-18
1 UNIVERSE feat.Crystal Kay&VERB
2 DO THE MOTION
3 永遠
4 七色の明日 〜brand new beat〜
5 Winter Love
6 メリクリ 〜BEST&USA Version〜
7 Sweet Impact
8 抱きしめる
9 LOVE LETTER
10 Sparkling
11 KEY OF HEART
12 make a secret
13 Everlasting
14 LOSE YOUR MIND feat.Yutaka Fur
15 Believe in LOVE feat.BoA (Acou
16 VALENTI 〜BEST&USA Version〜ou
17 I Did It For Love (featuring S
18 Energetic
19 Did Ya
20 Look Who's Talking
21 Eat You Up
22 Obsessed
23 Touched
24 Scream
25 Girls On Top
26 Dress Off
27 Hypnotic dancefloor
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2009年05月21日

For My Dear...

ayu.jpg浜崎 あゆみ(はまさき あゆみ、本名:濱崎 歩〈読みは同じ〉、1978年10月2日(30歳) - )は日本の女性ポップス歌手である。福岡県福岡市出身。福岡市立原中学校卒業。堀越高等学校中退。 愛称は「あゆ」や「ayu」など。英語表記は「Ayumi Hamasaki」。芸能事務所・所属レコード会社はエイベックス・エンタテインメント。血液型はA型。日本を代表する女性ポップス歌手のひとりである。

人物
浜崎あゆみは現在日本を代表する女性ポップス歌手の一人である。 歌手デビュー後のオリジナル楽曲は全て自身で作詞している。女性歌手でありながら、歌詞の中に『私(わたし、もしくはあたし)』以外に『僕(ぼく)』を多く使い、また、複数を指す『〜達』、『〜ら』が多いことが彼女の詞の特徴である。 また、自身の暗い心の闇も歌詞に綴り、男女を問わず多くの若者から共感を得た。浜崎あゆみ自身もCREAとして、作曲を手がけたこともあった。

また、名字の「浜崎(濱崎)」の正しい読み方は「はまざき」ではなくて「はまさき」である。犬(小型犬)好きでチワワ、ダックスフントなどを飼っている。仕事場に連れてくるのはもちろん、ライブツアーのMC中にステージに登場することもあった。 『タイム』誌アジア版2002年3月25日号の表紙を飾り、2007年から初の海外公演(台北、香港、上海)を含むライブツアーが本格的に行われ、東アジア地域への進出も果たしている。歌手デビュー前にボイストレーニングのために渡米しているが、デビュー当時は英語は不得意だとコメントしていたため、ほとんどの歌詞は日本語であった。しかし、2002年以降は英語詞を含めた楽曲も多く発表している。2006年12月にCNNの日本特集『Japan now』期間中に放送された対談番組『Talk Asia』では、短時間ではあったが英語を披露している。


影響
1998年、多くの化粧品会社、製菓メーカー等とタイアップし、テレビ・雑誌等のメディアから「浜崎あゆみ」への注目度が上がった。 2000年頃にはCDの売り上げ枚数がミリオンを達成することが多々あり、また多くのCMや雑誌に出演し、総合司会を務めるテレビ番組を持っていた。マスコミなどでは「女子高生のカリスマ」と呼ばれ、彼女のファッションや奇抜な行動は女子中高生を中心に多大なる影響を及ぼし、ファッションリーダーとしてネイルアート、大きなサングラス、豹柄などの流行を生み出す社会現象となった(後にベストジーニストやネイルクイーンでは殿堂入りも果たしている)。 2001年秋にはアルバムの発売が延期されたとの情報で所属レコード会社エイベックスの株価が下落するなど、エイベックスの看板歌手としての側面も注目されるようになった。また、一時は同社の売り上げの4割を占めたこともあり、同社の経営体質の弱点として「あゆ依存」という言葉も生まれた。現在はCD売り上げ自体は2002年頃までに比べると落ち着いている。


来歴

〜1997年 モデルから女優・アイドルへ
10代前半から地元福岡のモデル事務所に所属、当時は「浜崎くるみ」の芸名で福岡中央銀行のポスターや地元商業広告に登場。その後、東京の大手芸能プロダクションサンミュージックにスカウトされた(都営地下鉄浅草線浅草駅のホームに掲示されているタレント養成所の広告には、加藤晴彦とともにこの頃の写真が掲載されていた)。1993年、テレビドラマ『ツインズ教師』で女優としてデビューし、TOKIOの長瀬智也と知り合う。1994年、芸名を「浜アあゆみ『崎』の異体字『ア』」に改名し、テレビドラマや映画等に出演していた。音楽バラエティ番組で歌を披露することはあったが、アイドル色が強かった。1996年末にサンミュージックとの契約が切れ、1997年、本格的に歌手を目指すことになり、ボイストレーニングのためニューヨークへ渡った。


1998年〜2000年 歌手デビュー 女子高生のカリスマへ
1998年4月8日発売の1stシングル『poker face』で「浜崎あゆみ」としてデビュー。 1999年1月1日発売の1stアルバム『A Song for ××』でオリコンチャート1位を初獲得。約150万枚を売り上げた。4月14日発売の7thシングル『LOVE 〜Destiny〜 / LOVE 〜since1999〜』でシングル初のオリコンチャート1位を獲得。8月11日発売の10thシングル『A』が初のミリオンセラーとなった。12月31日、NHK紅白歌合戦に初出場を果たす。 2000年4月より初めてのコンサートツアー CONCERT TOUR 2000 A (第一幕、第二幕と題し全国を2巡)に挑むも、左耳の疾患(内耳性突発難聴)により一部公演を延期。11月、全日本有線放送大賞でグランプリを受賞。以降、2001年と2002年のALL JAPANリクエストアワード、2003年のベストヒット歌謡祭でもグランプリを受賞し、4連覇を達成している。12月13日発売の19thシングル『M』では、CREAとして初めて作曲を手掛けた。12月31日、初のカウントダウンライブを開催。以来毎年の恒例となっている。


2001年〜2003年 A BEST発売 レコード大賞3連覇
2001年3月28日、自身初のベストアルバム『A BEST』を発売。宇多田ヒカルのアルバム『Distance』との同日発売が注目を集めた。しかし結果は、宇多田ヒカルに僅差で敗れた。夏には東京、大阪、名古屋、福岡の4大ドームツアーを行った。9月27日発売の24thシングル『Dearest』で日本レコード大賞受賞(以降2002年、2003年で史上初の3連覇を果たす)。また9月には長瀬智也との交際が明らかになった。 2002年4月24日発売の26thシングル『Free & Easy』は雑誌「Free & Easy」とコラボレーション企画であり、同時に同雑誌の別刊「浜崎共和国」を発売する。 7月24日発売の27thシングル『H』が、日本のシングルCDの売り上げが全体的に低迷しはじめた2002年において唯一、オリコン・日本レコード協会のでのシングルミリオンセラーを記録した。9月26日発売の28thシングル『Voyage』に合わせて短編映画「月に沈む」(監督:行定勲)が公開(後にDVDとして発売)。歌手デビュー以降初めて女優業を行った。10月12日、初のレギュラー及び総合司会を務める番組「ayu ready?」がスタートした。 2003年3月12日発売のバラードベスト『A BALLADS』ではファン投票により選曲され、多くの曲が別バージョンで収録された。また、5thアルバム『RAINBOW』の初回盤購入者がインターネット上のみで聴くことができたインスト楽曲に、10万人以上のメッセージを読んだ、浜崎あゆみ自身が詞をつけて完成させた「RAINBOW」が収録された。10月、シングル30枚発売記念スペシャルライブ『A museum 〜30th single collection live〜』が行われた。12月17日、初のミニアルバム『Memorial address』を発売する。Bonus Trackの「Memorial address」以外の収録曲全てに対しプロモーションビデオが作られるなど、この頃からプロモーションビデオにも力を入れるようになった。


2004年〜2006年 エイベックスお家騒動 歌手業専念期
2004年3月20日、総合司会を務めていた番組「ayu ready?」の放送が終了した。この頃からCM等のキャラクターの多くを降板し、歌手業に専念している。爆発的なヒットはないものの、CDの売上枚数は安定していた。7月末、エイベックスお家騒動が起こる(→諸騒動、エイベックス参照)。 2005年11月30日発売の38thシングル『Bold & Delicious/Pride』は海外アーティスト(GEO of SWEETBOX)とコラボレーションに挑戦した。 2006年6月21日に発売された40thシングル『BLUE BIRD』ではソロ歌手および女性ボーカルでは史上初のシングル総売上2000万枚を達成する(総売上2000万枚を達成しているのは他にB'z、サザンオールスターズ、Mr.Children、SMAPの4組のみ)。この年のNHK紅白歌合戦では11月29日に発売された8thアルバム『Secret』より「JEWEL」を選曲し、初めてアルバム曲を披露することになった。


2007年〜現在 A BEST 2発売 歌手デビュー10周年
2007年2月28日、『A BEST 2 -BLACK-』『A BEST 2 WHITE-』が発売された。オリコン・チャート1位および2位を初登場で独占。この記録は女性アーティストとしては1970年の藤圭子の記録以来36年ぶりの記録であった。7月18日発売の41stシングル『glitter/fated』のDVDには香港の俳優・余文樂(ショーン・ユー)と共演したショートフィルムが収録。また、発売日直前の7月13日、音楽番組のプロモーションライブ終了直後、長らく交際していたTOKIOの長瀬智也と破局した事を自身のファンクラブのブログで発表した。12月5日には、初のデジタル・ダウンロード規格のみシングル『Together When...』を発表。 2008年1月4日、自身のファンクラブのブログにおいて、以前から抱えていた左耳の疾患(内耳性突発難聴)が悪化し、左耳の聴覚が失われもう治らなくなったことを告白した。4月8日にデビュー10周年記念を迎え、それを記念してシングル・コレクション・アルバム『A COMPLETE 〜ALL SINGLES〜』発売等、10周年記念の活動を行った。12月24日、過労による貧血で高所から落下。右手に全治3週間の重傷になり出演予定だった音楽番組の出演を急遽辞退。その後の自身のカウントダウンライブや初のトップバッターで登場するNHK紅白歌合戦の出演も危ぶまれたが、緊急手術後、医者の条件付出演を行った[1]。 2009年3月25日発売の10thアルバム『NEXT LEVEL』では、日本人アーティストとしては初となるUSBメモリー形態を発売した。


内耳性突発難聴
2000年、初のコンサートツアーの第二幕直前に多忙なスケジュールの積み重ね等の理由によって、左耳の疾患(内耳性突発難聴)を患い、一部公演を延期した。医者からは「すぐ治療にとりかかるべきだ」と告げられていたが、ツアーを強行した。後に左耳の聴覚が弱くなる後遺症を負ったことを公表した。その後も定期健診は受けるが、治療のための休養をとらなかった。そのため、2007年末頃には医者から「治療の術はない」と、左耳の聴覚が完全に失われ治らなくなったことを告白していた。


諸騒動

暴言騒動
2002年1月末、インターネット掲示板を発端として、ライブ会場で「浜崎あゆみが身障者の少女を罵倒した」という動画付きの噂が流れた。新聞報道にまで拡大し[2][3][4]、公式サイトやファンHPが荒らしにあった。avexの会長兼社長(当時)の依田巽からも声明文を発表。一方、本人の謝罪文でなかったことなどから大炎上に繋がる。しかし、後に言われたとされている少女側のコメントは公になかった[5]。雑誌「Free & Easy」とのコラボレーション雑誌『浜崎共和国』において「自分がデマを撒かれたことよりも、そのデマにファンが迷ったり辛い思いをしたのなら、そのほうがよっぽど辛い」とのコメントを発表している。なお、この事件の影響でこの年のアリーナツアーではスポンサーがつかない事態となり(浜崎のライブでスポンサーがつかなかったのはこの時のみである)、2003年1月に発売された問題のカウントダウンライブのDVDはアンコールがほぼ丸ごと(ラストの「Endless Sorrow "gone with the wind ver."」以外)カットされてしまった。


エイベックスお家騒動
2004年7月30日、当時エイベックス専務の松浦勝人は、会長であった依田巽と経営方針が決裂し別会社を設立することを表明した[6]。その直後、浜崎あゆみ自身もマスコミに対し「彼の存続と共に浜崎あゆみの行方も決めさせて頂きたいと思っております。」と歌手デビューの際に世話になり自身のプロデューサーである松浦に追従し移籍する考えを明らかにした。当時、エイベックスの事実上の代表アーティストであった浜崎あゆみの表明が決定的な大打撃となり、株は大暴落、株主からの抗議が殺到し、また、エイベックス社内は大混乱に陥った。8月3日、浜崎あゆみの表明を大きくうけ、経営陣は方向転換を余儀なくされ、松浦は執行役員として復帰(後に社長就任)し、移籍の懸念等は解消された[7]。このお家騒動を理由にこの年の日本レコード大賞など一連の賞レースを辞退し、以降賞レースからは距離を置く様になる。

[アーティスト名] 浜崎あゆみ
[タイトル] For My Dear...
[CD番号] AVCD-30214
[発売日] 2001-02-28

1 For My Dear...
2 For My Dear... (Acoustic Version)
3 A Song for XX (she shell REPRODUCTION)
4 FRIEND II (JAZZY JET MIX)
5 As if... (Dub's L.B.M Remix)
6 For My Dear... (Original Mix instrumental)
7 For My Dear... (Acoustic version instrumental)
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2009年05月20日

DO YOU DREAMS COME TRUE?

4988010207526.jpgDREAMS COME TRUE(ドリームズ・カム・トゥルー)は、日本のバンドである。所属事務所はDCT entertainment、所属レコード会社はユニバーサルミュージック、DCT records。公式ファンクラブは「POWER PLANT」である。一般的な略称はドリカム。DCT、ドリとも呼ばれる。以下、記事内では「ドリカム」の略称を使用する。

メンバー [編集]
吉田美和…ボーカル
中村正人…ベース(リーダー)

元メンバー [編集]
西川隆宏…キーボード(2002年3月21日付けで独立)

概要・来歴 [編集]
もともとは1985年から1988年にとんねるずのコンサートツアーでバックバンドメンバーだった中村が、1988年のコンサートツアー前に吉田をバックコーラスとして招聘したことが結成のきっかけだった。その理由は、「とんねるずのツアーはファンとの一体感がものすごい。彼女(吉田)にもこの一体感を体験してほしい」というもの。その経緯から、ドリカムのメンバーはとんねるず関連のTVやラジオには積極的に出演している。 ちなみに小泉今日子のバックを二人がやっていたということを書かれることがあるが、実は吉田美和のみ出演しており、中村正人ではなく中村正人の弟が参加していた。(2009/3/20 FM802にて中村自身が発言)

1988年結成。当初は「CHA-CHA & AUDREY's Project」(チャチャアンドオードリーズプロジェクト)というグループ名を名乗っていたが、間もなく現在のグループ名に改名する。またデビュー初期のサウンドには、吉田のハリのあるボーカルと重なり非常にソウルフルなサウンドが多く見られた。特にアース・ウィンド・アンド・ファイアーの影響を多大に受けていることがよくわかる。

1989年3月21日、シングル『あなたに会いたくて』とアルバム『DREAMS COME TRUE』の同時リリースでCDデビュー。

名実ともに邦楽界を代表するグループであり、特にアルバムセールスにおいて圧倒的な存在感を見せる。1989年の2ndアルバム『LOVE GOES ON…』および3rdアルバム『WONDER 3』は100万枚以上、4thアルバム『MILLION KISSES』から8thアルバム『LOVE UNLIMITED∞』までは200万枚以上を売り上げ、特に1992年の5thアルバム『The Swinging Star』では日本で初めて300万枚を超える売上を記録。初動売上枚数が100万枚を超えることもしばしばであった。1997年の9thアルバム『SING OR DIE』以降はそれ以前のような爆発的なセールスこそないものの、1999年の10thアルバム『the Monster』がミリオンセラーとなったのを筆頭にいずれも30万枚以上の売り上げを記録している。現在までに15枚のオリジナルアルバムを発表している。

シングルにおいても1990年発表の『笑顔の行方』でブレイク。その後、『決戦は金曜日』、『go for it!/雨の終わる場所』、『サンキュ.』、『LOVE LOVE LOVE/嵐が来る』の4作がミリオンセールスを記録。中でも『LOVE LOVE LOVE/嵐が来る』は200万枚以上を売り上げた。

1997年、エピック・ソニー・レコードからヴァージン・レコード・アメリカに移籍するのと共にプライベートレーベルVirgin/D.C.T.を設立し、アメリカに進出(国内販売は東芝EMIが担当)。この頃から英語版の作成、海外での作品発表などを熱心に行ったが、商業面では芳しい成果を上げられなかった。

2002年からヴァージン・レコード・アメリカを離れインディーズでの活動を行っていたが、2003年にユニバーサルミュージック所属となり、メジャー・レーベルに復帰した。

1991年から4年に1度、全発表曲から投票などで選ばれた曲を披露する公演「史上最強の移動遊園地 DREAMS COME TRUE WONDERLAND」を開催。毎回趣向をこらした演出と公演の規模で話題を呼ぶ 1991年は自身初となるアリーナツアー、1995年には野外にセンターステージを設置し5都市で50万人を動員した大規模な野外ライブツアー、1999年は春はアルバム『the Monster』のショウケースライブ、夏は全国ホールツアー、冬には4大ドーム(北海道地区のみアリーナ会場)ツアーを行い、翌年2000年には台北で公演と、年間を通じてライブを開催。2003年は都市近郊の自然が溢れる野外会場でロックフェスティバルの要素を取り入れ、2007年は史上2組目、自身初となる『国立霞ヶ丘陸上競技場』2日間公演、4大ドームと野外会場2会場で、延べ44万人を動員する大規模なライブとなった。

主に吉田美和単独で企業のイメージキャラクターに起用され、資生堂、ソニー、コカ・コーラなどのCMに出演している。近年では2005年9月、ロッテ「ガーナチョコレート」のCMではフィギュアスケート選手の荒川静香、安藤美姫、村主章枝と共演(グループ企業であるロッテリアのトレーマットにも広告で掲載)。2005年10月に東芝「Vodafone 803T」のイメージキャラクターとしてCM出演。

2007年9月、吉田の内縁の夫であった映像ディレクターの末田健が急死し、吉田の精神状態から一部に長期の活動休止の可能性を報じられるが、同年12月21日の『ミュージックステーションスーパーライブ』(テレビ朝日系)で3ヶ月と早期での復帰となった。また、12月31日の『第58回NHK紅白歌合戦』(NHK、NHK紅白歌合戦)にも出場した。

2008年はシングルを3枚発売するなど精力的な活動を展開したが、翌2009年に迎えるデビュー20周年に発表予定の楽曲の制作のために、テレビには一切出演しなかった。『第59回NHK紅白歌合戦』を始めとした年末のテレビ各局の音楽番組も辞退。

2009年3月21日にアルバム『DO YOU DREAMS COME TRUE?』をリリースし、デビュー20周年を迎え同日より20周年記念の全国アリーナツアーを敢行している。


サポート・メンバー [編集]
ライブ時に登場するバックバンドとして「D.C.T.BAND」、ホーンセクションとして「The Dynamites」があるが、どちらもメンバーは固定されておらず、ツアー毎にメンバーが入れ替わることが多い。

「ドリカムワンダーランド '95」にはバックダンサーとしてZOOのメンバーのうち5人が参加しているほか、その中のSAE・CAP・HIROの3人は翌年「LUV DELUXE」を結成して、この年のドリカムのコンサートツアー「LOVE UNLIMITED∞」に参加している。

2002年の「2002:monkey girl odyssey arena-mix」からは、ドリカムが主宰するインディーズレーベル「DCT Records」に所属するアーティストが前座として登場するようになった。

「ドリカムワンダーランド2007」では、ツアーのテーマ「夢よ、みんな、かなってしまえ!!!(以下、夢かなプロジェクト)」で募集していた夢が実現されるという形で、バッキングヴォーカルをプロ・アマ、男女問わず公募し、LOVE、GATZが選出された。また、夢かなプロジェクトの一環として、音楽監督兼キーボーディストとして佐藤博を選任した。

1991年の「ドリカムワンダーランド '91」以来、ツアーやNHK紅白歌合戦で使用する舞台衣装のデザインの多くはファッションデザイナーの丸山敬太(KEITA MARUYAMA)が手がけている。

[アーティスト名] DREAMS COME TRUE
[タイトル] DO YOU DREAMS COME TRUE?
[CD番号] UPCH-29026
[発売日] 2009-03-21
1 a song for you 〜opening theme of dydct?〜
2 MERRY-LIFE-GOES-ROUND
3 連れてって 連れてって
4 TO THE BEAT, NOT TO THE BEAT
5 あぁもう!!
6 大っきらい でもありがと
7 サヨナラメーター/タメイキカウンター
8 TRUE, BABY TRUE. - EXTENDED VERSION?
9 MIDDLE OF NOWHERE
10 ALMOST HOME
11 GOOD BYE MY SCHOOL DAYS
12 a love song
13 何度でも
14 きみにしか聞こえない
15 大阪LOVER
16 マスカラまつげ
17 SNOW DANCE
18 はじまりの la
19 いつのまに
20 JET!!!
21 ア・イ・シ・テ・ルのサイン 〜わたしたちの未来予想図〜
22 好きだけじゃだめなんだ
23 もしも雪なら
24 やさしいキスをして
25 PROUD OF YOU
26 空を読む
27 未来予想図II 〜VERSION '07〜
28 WINTER SONG 〜 DANCING SNOWFLAKES VERSION 〜
29 LOVE LOVE LOVE -ENGLISH VERSION-
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2009年05月19日

ONE

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BONNIE PINK(ボニー・ピンク、本名:浅田 香織〔あさだ かおり〕、 1973年4月16日 - )は、日本の女性シンガーソングライター・作詞家・作曲家。

京都市上京区西陣出身[1]。所属マネージメント事務所はタイスケ。所属レコード会社はワーナーミュージック・ジャパン(過去にはポニーキャニオンに所属)。公式ファンクラブ名は「Bonnie Link」である。京都教育大学附属高等学校、大阪教育大学卒業。

芸名は各々の単語の響きと、保守的でない印象の色の「Pink」から考案した。身長は160〜161cm(本人談)[2]。

略歴 [編集]
大学在学中に音楽事務所に歌声を見初められ、本格的な音楽活動も無いまま、自身の作詞・作曲によるアルバム『Blue Jam』でデビュー(1995年9月21日)。その後、当時日本の音楽界でも著名なプロデューサーであったトーレ・ヨハンソンのプロデュースによる「Do You Crash?」(1996年)、「Heaven's Kitchen」(1997年)等の楽曲で注目を集めた。

しかし、BONNIE PINKの名前が広がっていくにつれて、「浅田香織」との間にギャップを感じ、音楽活動を楽しめなくなっていった彼女は、1998年に『evil and flowers』を発表した後、休養と勉強のために単身ニューヨークに渡り、翌年に現在のレーベルに移籍した。この経験をきっかけに自身の音楽の幅を広げていった。

2003年Tonight, the Nightで知名度が上がり、FMラジオ等を中心にリクエストやランキングのチャートイン等が増えて徐々に人気が出るようになった。

2006年、人気モデル蛯原友里を起用した資生堂「ANESSA」CMソング「A Perfect Sky」が久々にオリコントップ10入り(5位)、その後発売された『Every Single Day -Complete BONNIE PINK(1995-2006)-』は初登場で2位となるヒットとなった。2006年の年末には第57回NHK紅白歌合戦に出場(初)した。尚、元々はシングルで「A Perfect Sky」の発売の予定は無かったがCM自体が人気だった為に問い合わせが多く結果シングルリリースが決まった。

2008年4月にスウェーデンでCDデビュー。


人物 [編集]
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このタグは2007年10月に貼付されました。

初期の頃から、英語詞の曲が多い。邦楽における英語詞の是非について、別冊宝島の「音楽誌が書かないJ-POP批評」の執筆者と論争したことがある。
初めて購入した洋楽は小学校6年。マドンナの『Like A Virgin』(1984年)をジャケ買いしたとNHKの英語でしゃべらナイトにゲスト出演したときに言っている。
高校時代は軽音楽部であり、歌を歌う事は大好きだったが、曲を書いたりして表現者になるつもりは全く無かった。
大学で友達のバンドに参加した事がデビューのきっかけとなった。彼女の歌声は周囲で瞬く間に評判となり、本名(浅田香織)名義でコンピレーションアルバムに2曲参加する。その後、「あれよあれよという間にデビューが決まっていた」(本人談)。
デビュー時は、一生の仕事に出来ると思っていなかった。彼女はミュージシャンとしてアマチュア時代の下積みが全く無いままにデビューしたため「私みたいにちょっとやってみようかなで続くわけが無いと思った」、との事。
作詞作曲のきっかけは、提供された曲に納得がいかず周囲に断った事である。それならば自分で書けば良いと周囲から言われ、見よう見まねで始めた。やってみたら「なんかメロディが出てくる」と自分で気付き、これは面白い作業だと目覚める。
詞と曲を同時進行で作る。曲を作る時は期間を2〜3か月とって行い、その期間はほとんど自宅に閉じ篭る。それまでの1年間の旅や人との出会いを思い出して作りこむ。本人曰く、部屋に閉じこもっている時の姿は「鶴が機を織るようなもの」であり他人に見せられるものではないらしい。
篭って一気に作るため、曲はどれも本人にとってはその時の旬である。「産み落としたからには世に出したい」が信条。没曲を作る事が嫌い。こうした作業であるからアルバムぎりぎりの曲数しか書けない。12曲入りのアルバムなら作れたとしても13曲程度。
ピアノもギターも独学で、特にギターは独自の押さえ方でコードを弾いている。ギターを弾く時には,オリジナルなタブ譜をA6の手帳に書いた物を使っている。
初めてギターを手にした時、直ぐに弾ける様になりたかったが、コードが分からず悩む。とりあえず適当に抑えて練習してみたら曲が出来るんじゃないかとそのまま独自の奏法で演奏する様に。コード名は覚えたくないし、枠を作りたくない。セオリーに走ると窮屈になって曲が作れなくなる不安も本人にある。
レコーディングは、スウェーデン、ニューヨーク、ロサンゼルスなどで主に行なっている。
BONNIE PINKのピンクは髪の毛の色とは関係無い。かつては真っ赤のショートヘアーがトレードマークの様になっていたがニューヨーク滞在時に「元々黒なのにどうして真っ赤にしちゃうの?」と周囲に言われボニーピンク然と気負っていた事に気が付きやめた。
以前はBonnie Pink表記で活動していたが、2001年某日から姓名判断により小文字部を全て大文字表記のBONNIE PINKへ。
ピンク色は好き。最初は嫌いであったが、名前にPINKと付けた事もあり、段々好きになった。PINKと付けたのは「発音の破裂音が良かったから」との事。
「BONNIE PINK Tour 2007 "Thinking Out Loud"」の最終公演が、自身初の日本武道館での公演となった。全国ツアー最終日に2008年2月にスウェーデンでCDデビューすることを発表した。
川嶋あい・スガシカオ・スキマスイッチ同様に新曲がリリースすると、全日空の国内線・国際線のスカイオーディオで流れている。過去にBONNIE PINK特集を組み込まれた事もあった。2005年のツアーDVDではメンバーが羽田空港からANA便で移動する様子が撮影されている。
[アーティスト名] BONNIE PINK
[タイトル] ONE
[CD番号] WPCL-10674
[発売日] 2009-05-13

1 Won't Let You Go
2 フューシャ フューシャ フューシャ
3 Princess Incognito
4 Joy
5 妄想LOVER
6 鐘を鳴らして
7 One Last Time
8 Rock You Till the Dawn
9 Fed Up feat. Craig David
10 PLAY & PAUSE
11 秘密
12 Try Me Out
13 Happy Ending
14 Get on the Bus
15 [Bonus Track] Ring A Bell
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110011100110010
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2009年05月18日

Willy Willy

yacht090417.jpg
Yacht.(ヨット)は大阪府出身のパンク・ロックバンド。2002年5月結成。2007年エピックレコードジャパンよりメジャーデビュー。

メンバー [編集]
井戸勝英(いどかつひで、1980年10月10日 - )ボーカル・ギター。兵庫県尼崎市出身 通称イド
大日野武則(おおひのたけのり、1984年10月3日 - )ギター・ボーカル。大阪府池田市出身 通用ピロ
山副芳樹(やまぞえよしき、1981年6月5日 - )ベース・ボーカル。京都府丹後市出身 通称よしき
藤本暢幸(ふじもとのぶゆき、1980年6月28日 - )ドラム・ボーカル。京都府丹後市出身 通称のぶ

ディスコグラフィー [編集]

アルバム [編集]
Nap'in Pop!(2006年6月21日)RAINBOW ENTERTAINMENT
Search For Happiness
Surfin' Fish(album version)
Promise of No.9
More than now
your road
Image of The elephant(album version)
Nap'in Pop!
A later letter
Summerly Jam(2008年7月23日)
Join Us
Surfin' Fish '08
My Diary
As many as stars
Bay City's Sunday
BOKURANO MIRAI
There's no beginning and no ending
Mercy
The Soaring Land
Sing It Loud
Balmy Beach
Alone Again
Eden

ミニアルバム [編集]
A Day In The Sun(2007年7月25日)
The sound of surging wave
Freedom
A
Run cheerfully to the sunset
The fading sun
A piece of the sun
Steppin’(2008年3月5日)
Steps
What is missing?
Change Over 2
LOVE & HUG
Take it easy [Steppin' ver.]
Close my eyes
An extensive net spreads across the world of site

関連項目 [編集]
2007年の音楽

外部リンク [編集]
公式サイト
"http://ja.wikipedia.org/wiki/Yacht." より作成
[アーティスト名] Yacht.
[タイトル] Willy Willy
[CD番号] ESCL-3176
[発売日] 2009-04-15
1 Soul Wave
2 Omnivora
3 TV bug
4 Money Monkey
5 Love Obsession
6 Route 606
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110011100101001

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2009年05月15日

NUDY xxxremixxxxxxx!!!!!!!! SHOW!

キム・ワイルド(Kim Wilde、本名:Kim Smith(キム・スミス)、1960年11月18日 - )は、イギリス、ロンドン出身の歌手である。

父親は歌手のマーティー・ワイルド。弟のリッキーも歌手としてキムより早くデビューしている。

1980年にデビュー。ファーストシングルのKids In Americaが全英で2位、全米25位のヒット。1983年には土屋昌巳のプロデュースによるBitter is Betterで日本のCMにも登場。

その後数曲のヒットを放つが次第に人気が落ちる。

しかし、1986年にシュープリームスのカヴァーYou Keep Me Hangin' Onをリリースすると瞬く間にラジオ局で火が付き、2度目の全英2位をもたらす。またアメリカでは更に人気が出て見事全米1位を獲得。 翌年はコメディアンのメル・スミスとデュエットした曲で全英3位。また、Yvonne Elliman(イヴォンヌ・エリマン)もカバーした、ビージーズの"If I Can't Have You"をカバーしていることでもよく知られる。 マイケル・ジャクソンのヨーロッパツアーの前座も務める。 以降も世界的に安定した人気を保つ。

近年はガーデニングに嵌り本も出版。 またNenaとデュエットした曲がドイツでヒットし最新アルバムNever Say Never2006年にはNenaも参加している。


アルバム [編集]
概要 チャート
タイトル リリース レーベル 全米Hot 100 全英 ドイツ
Kim Wilde 1981 RAK 86 3 1
Select 1982 RAK 19 4
Catch As Catch Can 1983 RAK 90 23
Teases & Dares 1984 MCA 84 66 22
Another Step 1986 MCA 40 73 42
Close 1988 MCA 114 8 10
Love Moves 1990 MCA 37 24
Love Is 1992 MCA 21
Now & Forever 1995 MCA 114 68
Never Say Never 2006 EMI 17


関連項目 [編集]
マーティー・ワイルド
リッキー・ワイルド
マイケル・ジャクソン
ネーナ
メル・スミス
ジュニア
土屋昌巳
[アーティスト名] Kim Wilde
[タイトル] Select
[CD番号] CRPOP21
[発売日] 2009-04-14
1 ego
2 words fell down
3 action city
4 view from a bridge
5 just a feeling
6 chaos at the airport
7 take me tonight
8 can you come over
9 wendy sadd
10 cambodia + reprise
11 watching for shapes
12 cambodia (single version)
13 child come away
14 just another guy
15 bitter is better
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110011100010100


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2009年05月14日

Vivid Colors

DSC00872.jpgMintJam(ミントジャム)とは日本の音楽グループである。2003年4月結成。

概要 [編集]
主にハードロックを基調とし、オリジナル曲と既存の楽曲アレンジ、インストゥルメンタルとボーカル曲の別を問わず幅広く制作している。

同人音楽活動としてインターネットでの楽曲配信、自主制作のCDリリースを行っており、この他に同人ゲームへの楽曲提供、ゲームミュージックのアレンジアルバム参加などがある。近年では商業作品の編曲、ギタリスト参加(主にa2c)も行っている。

2008年9月にシングル『JUDGEMENT DAY』でメジャーデビュー。


メンバー [編集]

現メンバー [編集]
setzer(セッツァー)
a2c(アツシ)[1]
TERRA(テラ)

過去に在籍したメンバー [編集]
A.koga(エーコガ):2004年12月~2005年7月
kya(キャ)[2]
:2003年6月~2006年8月

^ シンガーソングライターの新堂敦士もa2cと名乗っているが、誕生日や血液型が異なっており、別人である。
^ 現在サポートメンバー

作品 [編集]

アルバム [編集]
BRINY AIR -POTENEKO ACADEMY ORIGINAL SOUND TRACKS- (2003年 8月17日)
MISTRAL NOTE -POTENEKO ACADEMY ORIGINAL SOUND TRACKS 2- (2003年 12月30日)
Ragnarok Online Arrange CD -MintJam / GRAVITY-(2004年 3月3日)
Title
Purity of your smile
Theme of Prontera
Fear...
Backattack!!
Can't go home again, baby
Treasure Hunter
Believe in myself
Ancient groover
Wanna Be Free!!
High Roller Coaster
Theme of Payon
1st GIG #Awake (2004年 8月15日)
Melty Blood (TRIBREATH)
Red Tint (re-arrangement)
Atlach=Nacha Guitar Edition
Rough Edge
風の憧憬&カエルのテーマ
東風
有意義な時間の過ごし方
The theme of Arcueid
The end of 1000years
Romancing SAGA 3 Last Battle
Melty Blood (karaoke)
2nd GIG #Break Out (2004年 11月10日)
Introduction
A rude performance
Light & Darkness
The bright sunshines...Glint
The Cursed Image
-Z-
GG -Gibson Girl-
The legend will never die
SLAPSTICK
A rude performance -spicy Jam mix-
Strange Jam
ATMOSPHERE -POTENEKO ACADEMY ORIGINAL SOUND TRACKS 1&2- (2004年 12月30日)
Disc 1 BRINY AIR

Refrain
Sunny Day
Coastline in the Evening
Going My Way
Kung-fu Kitten
Happiness
Drug of Passion
EMOTION
Creamy Taste
Fortunate Magic
Goodtimes & Badtimes
Kung-fu Kitten -NekomiMix-
Sunny Day -Summer Mix-
Disc 2 MISTRAL NOTE

Refrain -winter mix- (Main Theme)
Walpurgis city (街)
Plamaos academy (学園)
P.E.lesson (体育学課)
Students'dining hall (学生食堂)
Academy library (学園付属図書館)
Maleficaster central park (中央公園)
One's favorite teashop (喫茶店)
New year's celebration (新年祭)
Ryokan with a hot spring (湯)
Kung-fu Kitten -Memorial-
Drug of Passion -more passionate style-
虫姫さまアレンジCD はいてない伝説 (2005年 4月24日)
シンジュが森へ -stage 1-
レヴィ=センス -Boss-
更に砂漠も越え -stage 2-
炎の大地を歩く -stage 3-
流星の夜に似た -stage 4-
森のずっと奥の方 -stage 5-
あなたがそうなの? -Last Boss-
3rd GIG #Crescent (2005年 8月14日)
Crescent -Image Theme-
時の回廊 -Chrono Trigger-
カオスの神殿 -Final Fantasy-
聖剣を求めて -聖剣伝説-
愛のテーマ -Final Fantasy 4-
運命のコイン -Final Fantasy 6-
安らぎの大地 -SaGa2 秘宝伝説-
バーバラのテーマ -Romancing Sa・Ga-
レクイエム〜戦闘2〜オープニング -SaGa 魔界塔士、聖剣伝説-
闘う者達 -Final Fantasy 7-
悠久の風 -Final Fantasy 3-
最後の死闘 -Final Fantasy 3-
Final Fantasy 5 メインテーマ -Final Fantasy 5-
4th GIG #Decide (2005年 12月30日)
Earthrize
Angel Wing
手紙
Crying Moon
VAPOR TRAIL
Rival
少年
Scenario
Victims
Shell Breaker

5th GIG #Energy Drive (2006年 8月13日)
Ignition : on
Energy Drive
Think Positive !
D.A.Festival
Graceful Time
Exhaust Noise
Over There Faster
Skyscraper in the East
Crimson Sunset
Midnight Highway
extra GIG #Crying Moon (2006年 10月9日)
Rival (Acoustic Version)
Love
Second Life
Shell Breaker (Acoustic Version)
冬空の下で (Acoustic Version)
Crying Moon (Acoustic Version)
Reincarnation (2007年 6月30日)
KARMA-endless life-
Ride the wind(more heavy mix)
贖罪
Ever
Closure
Reincarnation
コトノハ
Chain of tragedy
Reason
Bridged to the Sun(kagutsuchi mix)
Vivid Colors (KEY TRIBUTE ALBUM) (2009年05/05
Kanon
Last Regrets
AIR
鳥の詩
CLANNAD
メグメル
-影二つ-
Light Colors
Little Busters!
Alicemagic
遥か彼方
[アーティスト名] MintJam
[タイトル] Vivid Colors
[CD番号] MJCD-0010
[発売日] 2009-05-05
1 instrumental -Kanon-
2 Last regrets
3 instrumental -AIR-
4 鳥の詩
5 instrumental -CLANNAD-
6 メグメル
7 -影二つ-
8 Light Colors
9 instrumental -Little Busters!-
10 Alicemagic
11 遥か彼方
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110011100011100
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2009年05月13日

Times...

tamaki06.jpg
玉木 宏(たまき ひろし、1980年1月14日 - )は、日本の俳優、歌手。愛知県名古屋市中村区出身。所属事務所はアオイコーポレーション。名古屋市立富田高等学校卒業。

プロフィール
身長:180cm
靴のサイズ:27.5cm
血液型:A型
趣味:カメラ
特技:水泳

略歴
高校2年生(16歳)の時に名古屋のサカエチカで、現在の所属事務所、アオイコーポレーションの社長である葵てるよしにスカウトされた。高校を卒業してから上京し[1]、1998年、ドラマ『せつない』で俳優デビューした。2001年公開の映画『ウォーターボーイズ』など話題作の出演もあったが、2003年頃までは、アルバイトをしながら主にオーディションで役を得る生活だった[2]。2003年のNHK朝ドラ『こころ』では、ヒロインが恋心を抱く花火職人を好演、フジテレビ月9ドラマ『愛し君へ』やCM『ポカリスエット』[3]などに出演し徐々にお茶の間に浸透していった。

2006年11月7日、主演したNHK土曜ドラマ『氷壁』第2回「生死を賭けた挑戦」がABU賞テレビ・ドラマ番組部門を受賞した。またこの年は、映画『ただ、君を愛してる』の主演や、フジテレビ月9ドラマ『のだめカンタービレ』の千秋真一役を演じ[4]、一躍人気俳優の仲間入りをした。2007年2月、エランドール賞新人賞を受賞。

俳優としての活躍の一方で音楽活動にも力を入れている[5]。2003年、映画『ROCKERS』でギタリスト役を演じた[6]ことをきっかけに、2004年6月2日ファーストシングル『Seasons』で歌手デビューを果たした。2006年には、所属レコード会社をエイベックスに移籍し、全国ツアーなど精力的な活動を続けている。


人物
自分の性格について、ドSで悪戯をするのが好きだが、逆に自分が悪戯をされると「本気でキレる」と語っている。罰ゲームも大好きで自ら進んで罰ゲーム付きのゲームをしたがり、よく玉木のマネージャーが被害にあっている[7]。

食べ物の好き嫌いが多い。肉、特にハラミが一番の好物。チョコレートやぜんざい、ショートケーキなど甘い物も好きで、地元の喫茶店コメダのシロノワールがお気に入り[8]。お酒は、以前はテキーラしか飲めないと言っていたが、最近は赤ワインも嗜めるようになった[9]。

ボール投げ・アーチェリーなどスポーツ系は左利きで、箸・包丁・筆など文化的な事は右利きである[10]。手がとても大きく指もとても長い。また、指の付け根の関節が外れるらしく変な動きができたり、ピースサインをした時に指が異常に開いたりする[11]。2007年5月24日『食わず嫌い王決定戦』では、負けた罰ゲームに『指でロボットダンス』と題して披露した。

靴下が大嫌いで年間を通して基本的に素足にサンダルで過ごしている。エランドール賞授賞式の時には、映画の撮影場所である雪山から一時東京に戻り、自宅に寄ってから会場に行ったときに間違って家からいつものサンダルで来てしまい、サンダルのまま雪山に戻っていった。

自宅の一部を暗室に改造するくらいのカメラ好きだが、現在はデジタルカメラを愛用している[12]。

さくらももこのファンであり[13]、 好きなテレビアニメも『ちびまる子ちゃん』で、他に『サザエさん』『ドラえもん』[14]だという。フジテレビ系ドラマ『ちびまる子ちゃん』にも出演した。また将来、『サザエさん』の磯野家のような平屋に住むのが理想だと語っている。


出演
主演は役名を太字で示す。

テレビドラマ
せつない第21話(1998年8月、テレビ朝日)
私ってへん?(1998年8月、TBS)
GTO第10話(1998年9月8日、フジテレビ) - 玉木 役
セミダブル(1999年4月-6月、日本テレビ)
あぶない放課後第7話(1999年5月24日、テレビ朝日) - 速水わたる 役
国産ひな娘第25話(1999年9月22日、テレビ東京)
天国に一番近い男第3話(1999年12月2日、TBS) - 不良 役
秘書室の名探偵(2000年、フジテレビ、未放送) - 岡田 役
別れさせ屋第6話(2001年2月12日、よみうりテレビ) - 社長の昔の想い人 役
傷だらけのラブソング(2001年10月-12月、関西テレビ) - 圭太 役
SABU 〜さぶ〜(2002年5月14日、名古屋テレビ) - 金太 役
ツーハンマン(2002年7月-9月、テレビ朝日) - 平林健 役
ぼくが地球を救う第4話(2002年7月25日、TBS) - 大久保新一 役
リモート(2002年10月-12月、日本テレビ) - 上島伸吾 役
新春ドラマスペシャル 秋刀魚の味(2003年1月3日、フジテレビ) - 平山和夫 役
連続テレビ小説 こころ(2003年3月-9月、NHK) - 堀田匠 役
中学生日記静岡さすらい編 新しい歌 後編(2003年9月20日、NHK)
WATER BOYS(2003年7月-9月、フジテレビ) - 佐藤勝正 役※友情出演
dramaW1周年記念作品 恋愛小説(2004年3月14日、WOWOW) - 久保聡史 役※初主演
愛し君へ(2004年4月-6月、フジテレビ) - 折原新吾 役
ラストクリスマス(2004年10月-12月、フジテレビ) - 日垣直哉 役
ヒューマンドラマスペシャル 天国へのカレンダー(2005年5月20日、フジテレビ) - 望月隼人 役
赤い運命(2005年10月4日-6日、TBS) - 吉野俊介 役
土曜ドラマ 氷壁(2006年1月-2月、NHK) - 奥寺恭平※連続ドラマ初主演
大河ドラマ 功名が辻(2006年、NHK) - 山内康豊 役
トップキャスター(2006年4月-6月、フジテレビ) - 蟹原健介 役
のだめカンタービレ(2006年10月-12月、フジテレビ) - 千秋真一 役
ちびまる子ちゃん(2006年10月31日、フジテレビ) - 若い時のさくらヒロシ 役
星ひとつの夜(2007年5月25日、フジテレビ) - 岩崎大樹 役
敵は本能寺にあり(2007年12月16日、テレビ朝日) - 織田信長 役
のだめカンタービレ in ヨーロッパ(2008年1月4日-5日、フジテレビ) - 千秋真一 役
鹿男あをによし(2008年1月-3月 、フジテレビ) - 小川孝信 役
大河ドラマ 篤姫(2008年、NHK) - 坂本龍馬 役
ラブシャッフル(2009年1月-3月、TBS) - 宇佐美啓 役

映画
クリスマス・イヴ(2000年4月21日、ギャガ) - 小坂展高 役
ウォーターボーイズ(2001年9月15日、東宝) - 佐藤勝正 役
SABU 〜さぶ〜(2002年10月5日、キネマ旬報) - 金太 役
群青の夜の羽毛布(2002年10月5日、ギャガ・コミュニケーションズ) - 伊藤鉄男 役
ゴーストシステム(2002年、オリジナル・ビデオ作品) - 日暮亘 役
タイムライン(2003年1月) - ポール・ウォーカー 役※声の出演
REVORVER -リボルバー青い春-(2003年7月、オリジナル・ビデオ作品) - オサム 役
ROCKERS(2003年9月27日、ギャガ・コミュニケーションズ) - タニ 役
SPIRIT(2004年2月21日、スペースシャワーピクチャーズ) - キョウ 役
恋愛小説(2004年6月19日、WOWOW) - 久保聡史 役
雨鱒の川-初恋のある場所(2004年11月13日、ミコット&バサラ) - 加藤心平 役
ゴーストシャウト(2004年12月18日、東京テアトル) - 健太の孫 役
マダガスカル(2005年8月13日、ドリームワークス) - アレックス 役※声の出演
殴者 NAGURIMONO(2005年9月23日、ワイズポリシー) - 暗雷 役
変身(2005年11月19日、日本出版販売) - 成瀬純一 役
ただ、君を愛してる(2006年10月28日、東映) - 瀬川誠人 役
ミッドナイト・イーグル(2007年11月23日、松竹) - 落合信一郎 役
スマイル 聖夜の奇跡(2007年12月15日、東宝) - 玉木先生 役※友情出演
KIDS(2008年2月2日、東映) - タケオ 役
マダガスカル2(2009年3月14日、ドリームワークス) - アレックス 役※声の出演
真夏のオリオン(2009年6月13日公開予定、東宝) - 倉本孝行 役
MW(2009年7月4日公開予定、ギャガ・コミュニケーションズ) - 結城美知雄 役
[アーティスト名] 玉木宏
[タイトル] Times...
[CD番号] AVCD-23853
[発売日] 2009-05-06

1 SLOW TIME
2 パレット
3 Last Song
4 大切な場所
5 君と空
6 My Angel
7 離さない
8 Sunny Bike
9 Ocean Blue
10 Air's call
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110011100001010
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2009年05月12日

VOICE -命なき者の声-

51FN6S6mHjL.jpg吉川 慶(よしかわ けい、1966年 - )は、日本の作詞家、作曲家、編曲家。ミラクル・バス所属。

東京都杉並区出身。東京芸術大学作曲科卒業。主にアーティストの楽曲の作詞・作曲・編曲や、映画、テレビドラマ、テレビ番組などの劇中音楽製作を手掛けている。

主な作品 [編集]

映画 [編集]
Pray(2005年)
チェケラッチョ!!(2006年)

テレビドラマ [編集]
共犯者(2003年・日本テレビ)
ヤンキー母校に帰る(2003年・TBS)
初恋.com(2003年・日本テレビ)
乱歩R(2004年・日本テレビ)
日本のこわい夜(2004年・TBS)
タイガー&ドラゴン(2005年・TBS)
神はサイコロを振らない(2006年・日本テレビ)
探偵学園Qスペシャル(2006年・日本テレビ)
チェケラッチョ!! in TOKYO(2006年・フジテレビ)
僕たちの戦争(2006年・TBS)
天使の梯子(2006年・テレビ朝日)
エラいところに嫁いでしまった!(2007年・テレビ朝日)
プロポーズ大作戦(2007年・フジテレビ)
探偵学園Q(2007年・日本テレビ)
モップガール(2007年・テレビ朝日)
バッテリー(2008年・NHK)
スクラップ・ティーチャー〜教師再生〜(2008年・日本テレビ)
ヴォイス〜命なき者の声〜(2009年・フジテレビ)

テレビ [編集]
双方向TV 地球ゴーラウンド(2004年〜2006年・NHK BS-hi)
にっぽんのマジョリティー(2006年・NHK-BS)

CM [編集]
イノスの自信(2006年・住友林業イノスグループ)

VIDEO&DVD [編集]
最終兵器彼女Another love song(2005年)
ラスト・プレゼント完全版(2005年)

作詞・作曲・編曲 [編集]
上戸彩
河口恭吾
KUMACHI
佐々木ゆう子
佐田真由美
島谷ひとみ
下川みくに
鈴木亜美
タッキー&翼
テツandトモ
特捜戦隊デカレンジャー
HI-D
波田陽区
福田沙紀
松田聖子
Re:Japan
など。


関連項目 [編集]
東京都出身の人物一覧
編曲家
長谷部徹
高見優

外部リンク [編集]
吉川慶 - ミラクル・バス
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E5%B7%9D%E6%85%B6" より作成
カテゴリ: 日本の作詞家 | 日本の作曲家 | 日本の編曲家 | 東京都出身の人物 | 1966年生 [アーティスト名] 吉川慶
[タイトル] VOICE -命なき者の声-
[CD番号] UPCH-20148
[発売日] 2009-03-11
1 Theme of Voice
2 Paddle out
3 Lesson
4 Commonplace
5 Birth
6 Colorless
7 Imagination
8 Seasons
9 Destiny
10 It's like That!
11 Tomorrow
12 Pray
13 Doubt
14 Silent field
15 Requiem
16 Breakout
17 Realize
18 One life
19 Voyage
20 刹那(Piano ver.)
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110011100000000
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2009年05月11日

Celebration

25026_1.jpg加賀美 セイラ(かがみ - 、1987年6月13日 - )は、日本の女性ファッションモデル・俳優・歌手。所属事務所はnow fashion agency・フライングボックス・バップ。 女優業では「加賀美 聖良」名義を使っている。 東京都出身。

概要 [編集]

略歴 [編集]
2000年にファッションモデルとしてデビューする。2001年に放映された「パパパパーン!」という歌声と共にウエディングドレス姿で登場したリクルート『ゼクシィ』や『J-PHONE』のテレビコマーシャルで注目を集めた。このCM以後は各メディアに注目されて今後の活躍を期待されていたが、学業を優先し一時芸能活動を休止してカナダのトロント大学に進学した。

2007年にもともと好きだった歌や演技を生かした活動をするために休学し帰国した。シングル『カレイドスコープ / 孤独のヒカリ』で、歌手としてデビューする。


人物 [編集]
父親がカナダ人で母親が日本人である。カナダと日本に国籍を持つ[1]。
ネイティブレベルの流暢な英語が話せる[1]。英語は幼少から喋れたわけではなく、インターナショナルスクールで本格的に学んだものである[2]。
公立中学から日本のインターナショナルスクールに進学した。一時期は港区立六本木中学校に在学していた[2]。
妹の加賀美玲奈も「装苑」などのファッション雑誌やCMなどに出演するモデルである。以前は姉と同じくナウファッションエージェンシーに所属していたが、現在は所属していない。
女性ファッションモデルのマリエは、中学時代からの友人である[1]。

出演 [編集]

アニメ [編集]
魔人探偵脳噛ネウロ(アヤ・エイジアの歌)

CM [編集]
グリコ乳業「プッチンプリン」(2001年)
リクルート「ゼクシィ」(2001年)
J-PHONE(2002年)
モスバーガー「太陽サンド」(2004年)
昭和SHELL「シェルピューラ」(2005年)
吉田学園ビューティステージ専門学校
カネボウ「freeplus」(2008年)
日本マクドナルド「シナモンメルツ」(2008年)

WEBムービー [編集]
清く恋しく、美しく(2007年7月 - 9月)

作品 [編集]

シングル [編集]
カレイドスコープ / 孤独のヒカリ
2007年10月24日発売
カレイドスコープ
孤独のヒカリ
TVアニメ『魔人探偵脳噛ネウロ』ED主題歌
カレイドスコープ(instrumental)
孤独のヒカリ(instrumental)
roundabout / 心にカラフル
2008年1月23日発売
roundabout
TVアニメ『のらみみ』ED主題歌
心にカラフル
TVドラマ『紅蓮女』ED主題歌
FLOW
Summer Day & Night / Star Sand
2008年6月25日発売
Summer Day & Night
Star Sand
Summer Day & Night -Sound Around Remix-
Star Sand -Jazztronik Remix-
First Sight
2008年11月21日発売
First Sight
Super Special
TVアニメ『CHAOS;HEAD』ED主題歌
First Sight -exclusive edit-

アルバム [編集]
IdeAnimation
2009年1月21日発売
Follow Me
ODA『異世界の聖機師物語』主題歌
Never
TVアニメ『カイバ』OP主題歌
roundabout
孤独のヒカリ
Super Special
Carry Me Away
TVアニメ『カイバ』ED主題歌

脚注 [編集]
[ヘルプ]
^ a b c 2007年11月号「日経エンタテインメント!」(日経BP社)
^ a b 2008年4月16日放送「グータンヌーボ」(フジテレビ系)

外部リンク [編集]
KAGAMI SEIRA WEBSITE
KAGAMI SEIRA WEBLOG
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%B3%80%E7%BE%8E%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%83%A9" より作成
[アーティスト名] 加賀美セイラ
[タイトル] Celebration
[CD番号] VPCC-80637
[発売日] 2009-04-22
1 Intro
2 First Sight feat.Ryohei with MAKAI
3 In My Love Story with Yusuke Tanaka(Q;indivi)
4 One Way Love
5 Super Special with MAKAI
6 Tonight with Sound Around
7 いつか(It Will Come)with Vish
8 Brand New with note native
9 Bye Bye with COLDFEET
10 Two Hands feat.L-VOKAL with MAKAI
11 Follow Me feat.Sound Around -ALBUM ver.-
12 The Love Song with World Sketch
13 The Wedding
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%B3%80%E7%BE%8E%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%83%A9
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2009年05月08日

島唄の風〜沖縄ベストコレクション〜

41H5Y6j8GcL__SS500_.jpgオムニバス(英:omnibus)は、映画、演劇、ドラマ、文学、DVD・レコードなどの分野において、短い数編の独立した作品(主に短編)または楽曲を集め、ひとつにまとめて一作品としたものである。

元々の意味はラテン語で、乗合馬車や乗合自動車のこと、また、そこに沢山の人々が乗るという意味があり、英語のバス(bus)の語源にもなった(オムニバス (曖昧さ回避)を参照)。

そこから発展し、種々の芸術分野で「独立したいくつかのものを一つにまとめた」作品形態を指すようになった。「オムニバス映画」、「オムニバスドラマ」、「オムニバスCD」、のように呼ばれる。

オムニバスに含まれる各作品は、それぞれ独立してはいるが、まとめられる際にはある種のテーマやコンセプトに沿って集められる。あるいは、映画・ドラマなどの場合は、それぞれ最初からオムニバス作品のひとつとして制作されることがほとんどである。

オムニバスCDの場合、アーティスト名はV.A. (Various Artist<-s>) などと表記される。

代表的なオムニバス作品 [編集]

テレビドラマ [編集]
ウルトラQ
ウルトラQ dark fantasy
大人は判ってくれない
怪談新耳袋
奇妙な出来事
恐怖劇場アンバランス
クリープショー (1982年)
現代に甦った闇の死置人 あなたの怨み晴らします
恋する日曜日
こいまち
ココだけの話
佐藤四姉妹
週刊 赤川次郎
翼の折れた天使たち
トワイライト・ゾーン
ほんとにあった怖い話
世にも奇妙な物語
らぶ・ちゃっと
悪いこと
If もしも
24時間あたためますか?〜疾風怒涛コンビニ伝〜

映画 [編集]
二十歳の恋 (1962年)
ボッカチオ'70 (1962年)
パリところどころ (1965年)
世にも怪奇な物語 (1967年)
華やかな魔女たち (1967年)
実相寺昭雄監督作品ウルトラマン (1979年)
トワイライトゾーン/超次元の体験 (1983年)
バカヤロー! (1988年)
夢 (1990年)
ナイト・オン・ザ・プラネット (1991年)
欽ちゃんのシネマジャック (1993年)
ゲンセンカン主人 (1993年)
フォー・ルームス (1995年)
大脳分裂 (1999年)
世にも奇妙な物語 映画の特別編 (2000年)
10ミニッツ・オールダー (2002年)
11'9''01/セプテンバー11 (2002年)
黄昏流星群 (2002年)
愛の神、エロス (2004年)
ZOO (2005年)
探偵事務所5 (2005年)
乱歩地獄 (2005年)
893239 (2006年)
ユメ十夜 (2007年)
Genius Party<ジーニアス・パーティ> (2007年)

漫画 [編集]
アポロの歌
王ドロボウJING
化石島
学校怪談
空気の底
人間交差点
へなちょこ大作戦Z
BOYS BE
SALAD DAYS
メゾン・ド・ペンギン
初恋限定。

アニメ [編集]
アニメ週刊DX!みいファぷー
モノノ怪
まんが日本昔ばなし
ブラック・ジャック2時間スペシャル〜命をめぐる4つの奇跡〜
ショートDEアニメ魂

音楽 [編集]
 コンピレーション・アルバムの項を参照のこと


ゲーム [編集]
学校であった怖い話
ドラゴンクエストIV 導かれし者たち
ライブ・ア・ライブ
ゲームボーイギャラリーシリーズ
スーパーマリオコレクション
タイトーメモリーズ
セガエイジス2500シリーズ
NINTENDOパズルコレクション
星のカービィ_スーパーデラックス
※Category:オムニバスのゲームも参照。

[アーティスト名] オムニバス
[タイトル] 島唄の風〜沖縄ベストコレクション〜
[CD番号] VICL-61853
[発売日] 2005-12-16
「ダウンMP3」ボタンを右クリックして->対象をファイルに保存
1 涙そうそう
2 島唄2002
3 さとうきび畑
4 島人ぬ宝
5 てぃんさぐぬ花
6 すべての人の心に花を(オリジナル?バージョン)
7 黄金の花(シングル?ヴァージョン)
8 えんどうの花
9 芭蕉布
10 我した村
11 天河原ナークニー
12 赤ゆら
13 童神(天の子守唄)
14 ファムレウタ(ver.2003)
15 イラヨイ月夜浜
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Love Rainbow

inoueyosui_0606_250.jpg井上 陽水(いのうえ ようすい、1948年8月30日 - )は、日本のシンガーソングライター。血液型AB型。身長178cm。

人物 [編集]
福岡県嘉穂郡幸袋町(現・飯塚市幸袋地区)出身。本名は井上陽水と書いて「いのうえ あきみ」と読む。1970年代には吉田拓郎と双璧をなすフォークソング界あるいはニューミュージック界の最重要人物として活躍した。1973年発売のアルバム『氷の世界』は、アルバムとして日本市場で初のミリオンセラーを記録する。その後も1984年のアルバム『9.5カラット』が売り上げ100万枚、1999年のベストアルバム『GOLDEN BEST』は売り上げ200万枚を達成するなど、長いキャリアを通して高い人気を維持している。

フランスのミッシェル・ポルナレフに強い影響を受けており[要出典]、ポルナレフを真似てモジャモジャの長いカーリーヘアーをし、決してサングラスを取らないというスタイルを1970年代は通した。また、特徴の強い、極めて芸術性の高い歌詞と一聴しただけでそれとわかる独特の歌い方でも知られている。1976年ごろまで、歌詞は若者特有の繊細でセンチメンタルなものが多いと同時に、エキセントリックかつシュールな作風も多く、同時代の他のアーティストと一線を画した。また高く細い声を絞り出すような独自の歌い方が特徴的である。歌詞は言葉の響きを重視したものが多く、独特の発音で甘く歌う。

デビュー前からビートルズの熱狂的なファンである。コンサートやテレビ番組の中でしばしばビートルズの作品を歌うほか、ビートルズの影響は楽曲の随所に見られる。

2人目の妻である石川セリとの間に一男二女がおり、長女は作詞家・歌手の依布サラサである。


経歴 [編集]

デビュー前 [編集]
陽水の父、井上若水は福岡県の歯科医であり、元は軍医でもあった。1948年に福岡県嘉穂郡幸袋町目尾(現飯塚市)で生まれた陽水は若水の長男にして唯一の男子であり(ほかに姉1人、妹1人がいる)、家業を継いで歯科医になることを期待されていた。なお、五木寛之などにより、陽水と幸徳秋水に血縁があるとの説が唱えられたことがあるが、真相は不明である。

1953年、福岡県田川郡糸田町に引っ越す。以来、デビュー時の上京まで約15年間を糸田町で過ごす。糸田小学校、糸田中学校、西田川高校と進学する。 糸田小学校時代に陽水の大好きだった大きな瞳の月森先生の為に町内会の「のど自慢大会」で合格の鐘を鳴らした事がある。同時に宿題を忘れたことを帳消しにしてもらっている。また、糸田中学時代にFMラジオを聴こうとしてFMアンテナを設置する際、自宅の屋根から隣の友人宅の庭先に転落した事もある。しかし無傷だったらしい。 西田川高校時代に所属していた「弓道部」では男性用の弓ではなく女性用を使っていたとのこと。その弓で昇段試験に挑んだが、会場が小高い丘の上にある田川体育館だった為、強風にあおられて矢がひどく揺れ、本人にとって悲しい結果となってしまった。

1963年、ラジオで知ったビートルズに熱中する。1966年前後に、はじめて歌を作る。この歌は当時付き合っていた女の子を歌ったもので、ごく短く、題名もついていないが、デビュー後にはコンサートでときおり歌われることになる。1967年、九州歯科大学を受験するも失敗し、予備校に通い始める。この年は小倉育英館に通ったが、翌年には九州英数学舘に変える。浪人時代も音楽に熱中していた。このころ「帰って来たヨッパライ」(ザ・フォーク・クルセダーズ)を聞いて、「これなら自分にもできる」と思ったのが、のちに歌手を目指すきっかけになったという。1968年、再度の受験にも失敗する。1969年、3度目の受験に失敗[1]し、大学進学を諦めて歌手を志す。この大学受験での挫折経験は陽水のその後の人生に大きな「肥やし」となる。


アンドレ・カンドレ時代 [編集]
1969年6月に生活の本拠を東京に移すが、しばらくは転々と居所を変えていたらしい。

同年、RKB毎日放送のラジオ番組「スマッシュ!!11」が放送開始される。この番組には視聴者が作った音楽を流すコーナーがあり、それを知った陽水は「カンドレ・マンドレ」を自宅録音し、4月16日、テープをRKB毎日に持ち込む。このとき陽水は「マンドレ」という芸名を考えていたが、「スマッシュ!!11」のディレクターの野見山実が難色を示し、芸名は「アンドレ・カンドレ」に決まる。「カンドレ・マンドレ」は「スマッシュ!!11」で放送され、数多くのリクエストを受ける。ただしリクエストのかなり多くは、陽水が友人にはがきを配って頼んだためのものだったという。

この(仕組まれた)反響から、「カンドレ・マンドレ」は東京で改めてレコーディングされ、同年9月1日、CBSソニー(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)からアンドレ・カンドレのデビューシングルとして発売される。演奏は六文銭、編曲は小室等が担当した。陽水は「カンドレ・マンドレ」のヒットを確信していたが、実際にはほとんど注目されず、続く「ビューティフル・ワンダフル・バーズ」も、松山猛と加藤和彦から楽曲提供を受けた「花にさえ、鳥にさえ」(1970年)も不振に終わる。

シングル3枚でアンドレ・カンドレの活動は終わることになるが、これらの作品では、以後にない、無理をしない甘い歌唱が聞ける。またジャケット写真にはいずれもサングラスをかけ、髪はなでつけて写っている。

この時期に知り合った小室等、安田裕美(六文銭のギタリスト)、星勝(モップスのギタリスト)、RCサクセションの忌野清志郎などとは以後長く深い交際になる。特に小室等からは、以後のヒットに恵まれるまでの間にさまざまな形で援助を受け、また清志郎とは「帰れない二人」「待ちぼうけ」などを共作する。


ポリドール時代 [編集]
1971年、ポリドール・レコードのディレクター多賀英典に誘われて移籍し、初のアルバム『断絶』のレコーディングを始める。このとき来生たかおがフォークギターで参加している。このアルバムの製作開始に合わせて名前を変えることになり、マネジメントの指揮を執った奥田義行が本名を聞くと「井上アキミ」というので、どんな字かと思ったら「陽水-ようすい」と書くという。奥田は吉田拓郎を意識し、「拓郎がこの二文字で若者にインパクトを与えている。だったら下の名前の「陽水」の2文字で対抗、強調していこう」と戦略を立てた[2]。

翌1972年、芸名を井上陽水(ようすい)と改めて、シングル「人生が二度あれば」で再デビューを果たす。ここで陽水は歌唱に嗚咽を交えるなど、感傷を強調しており、『氷の世界』(後述)までの作品は同様の作風で貫かれることになる。また「人生が二度あれば」を編曲した星勝は、以後しばらく、陽水の作品の大部分を編曲することになる。5月に『断絶』がリリースされると、『断絶』に収録された「傘がない」は富澤一誠などの批評家に注目される。翌1973年3月のシングル「夢の中へ」が初のヒット作(オリコン17位、以下売り上げ順位はすべてオリコン)となり、同年7月には初のライブアルバム『もどり道』がリリースされるに至る。人気上昇の切り口となった「夢の中へ」は、自身が「みんなで歌えるように作った」とコメントしているとおり、単純で明るく、親しみやすい曲である。

同年12月のアルバム『氷の世界』が陽水をトップスターの座に押し上げることになる。『氷の世界』はリリース直後から1年半にわたってチャート1位を争い続けるなどした結果、1975年に、アルバムとしては日本初のミリオンセラーとなる。1974年のアルバム『二色の独楽』も10週連続1位を獲得する。これらのことによって、陽水は「フォークの帝王」と呼ばれるに至る[3]。1980年代、1990年代にも人気のピークがある(後述)が、陽水がポピュラー音楽の世界でもっとも重い位置を占めていたのはこの時期である。それはチャートの順位によっても明らかな上、以後のベストアルバムに収録される頻度、カバーされる頻度がこの時期の作品が特に高いことなどにも現れている。

『氷の世界』の影響で以前の作品が注目され、「人生が二度あれば」「愛は君」「傘がない」「つめたい部屋の世界地図」「東へ西へ」「夜のバス」「夏まつり」「神無月にかこまれて」「紙飛行機」「能古島の片想い」などが人気を博する。これらの作品は四畳半フォークに通じる叙情的な色合いを持っている。また「東へ西へ」などには超現実主義的な歌詞がすでに現れている。これについて陽水は「ボブ・ディランの影響を受けた」と語っている。さらに「たいくつ」「自己嫌悪」など内省的な作品が多いこともこの時期の大きな特徴である。ただし『二色の独楽』はロサンゼルスでレコーディングされ、演奏にジャック・ニッチェやジーン・ペイジを迎えたものであり、サウンドが『氷の世界』以前のフォーキーな作風から一転してロック色を帯びている。

以後の「癖毛にサングラス」というイメージは、1974年前後から始まったものと思われる。陽水はポリドール時代には一度もテレビに出演せず(理由は諸説あり)、外見が一般の目に触れる機会はレコードのジャケット写真がもっとも多くを占めていた。シングル「人生が二度あれば」から『氷の世界』までのジャケットでは、髪型がアフロヘアー、サングラスはなしで写っている。しかし『氷の世界』のインナースリーブにある写真の一枚ではサングラスをかけており、サングラスなしの写真は1975年のシングル「御免」を最後に見られなくなる(のちに著書『綺麗ごと』のために撮られたものなど少数の例外がある)。

1974年1月17日、熊本県出身の女性[4]と結婚する。同年のシングル「闇夜の国から」はこの結婚を意識した作品とされている。

1975年、陽水・吉田拓郎・泉谷しげる・小室等が中心となって、フォーライフ・レコードを発起する。また、後に結婚する石川セリと出会う。

[アーティスト名] 井上陽水
[タイトル] Love Rainbow
[CD番号] FLCF-7167
[発売日] 2009-04-29
1 Love Rainbow
2 LOVE LILA
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2009年05月07日

Lovin' you -HERE-

article4.jpg渡辺 美里(わたなべ みさと、1966年7月12日 - )は、日本のミュージシャン・歌手。本名同じ。京都府相楽郡精華町生まれ、東京都育ち。血液型はO型。身長は158cm(公称)。

人物 [編集]
東京都立松原高等学校卒。高校時代はラグビー部のマネージャー。高校の先輩に清水信之、EPO、佐橋佳幸らがいる。

1985年、EPIC・ソニー(現エピックレコードジャパン)よりデビュー。所属していた芸能事務所Heartlandの先輩でもある白井貴子の成功を受け“第二の白井貴子”としての側面もあったが、1986年のシングル「My Revolution」のヒットにより一躍人気ソロシンガーとしての地位を築く。デビュー翌年から西武ライオンズ球場、大阪球場、ナゴヤ球場などで大規模なコンサートを行い、スタジアムでの物怖じしないパフォーマンスが当時のリスナーに支持を得た。また、ラジオパーソナリティーとしても知られており、TBSラジオ「スーパーギャング」など多数のレギュラー番組を担当。アイドルとは違った形のガールズポップの先駆者的シンガーとして活躍した。

オリコンによれば、シングルランキング1位獲得は2作品なのに対し、一方でアルバムランキングは9作品が1位を獲得しており、このことからしばしばアルバム・アーティストなどと形容されることがある。また、アルバム連続1位獲得年数ランキングでは、松田聖子、中森明菜、B'zと並び、歴代3位(タイ記録)の8年連続1位獲得という記録を持つ(※歴代1位は松任谷由実の18年連続、2位は浜崎あゆみの11年連続。2009年4月6日付発表)。

小室哲哉、岡村靖幸、木根尚登、伊秩弘将、佐橋佳幸、石井妥師など、渡辺美里への楽曲提供をきっかけとして台頭するミュージシャンが多いことも特筆する事柄である。

独身である。


来歴 [編集]

デビュー前からデビュー10周年まで [編集]
1983年
高校の仲間とアマチュアバンドを結成。学園祭でステージに立つ。
1984年
第3回ミス・セブンティーンコンテスト(応募者数 全国18万人)に参加し最優秀歌唱賞を受賞。その際、渡辺は受賞後のインタビューで好きな歌手はと問われ『セックス・ピストルズ』[1]と返答。同コンテストの同期には国生さゆり、工藤静香、松本典子、網浜直子、藤原理恵、斉藤さおりなどがおり、グランプリは松本典子と網浜直子が受賞した。
1985年
4月、MBSラジオ「ヤングタウン水曜日」のパーソナリティーを、原田伸郎、北野誠らと共に務める。
5月2日、シングル「I'm free」(TBS系ドラマ「スーパーポリス」主題歌)でEPIC・ソニーよりメジャーデビュー。
6月15日、イベント「All Together Now」で白井貴子のコーラスとして参加する。
9月22日、名古屋ハートランドを皮切りにライブハウスツアー「GROWIN' UP LIVE」がスタート(全国7ヶ所7公演)。
10月2日、デビューアルバム『eyes』をリリース。
11月17日、大阪厚生年金会館中ホールで自身初のホールコンサート。
1986年
1月12日、小室哲哉作曲の「My Revolution」(TBS系ドラマ「セーラー服通り」主題歌)がオリコンシングルチャート第1位を獲得。同曲は約70万枚を売り上げ、「出世作」となる。
2月27日、TBS系「ザ・ベストテン」で「My Revolution」が5位にランクイン。生放送初出演となる。
3月、TM NETWORKの3rdアルバム『GORILLA』のレコーディングにコーラス参加。
4月8日、札幌市民会館を皮切りにライブツアー「My Revolution/19歳の秘かな欲望」がスタート(全国18ヶ所19公演)。
5月20日、音楽イベント「ダンス天国」で佐野元春と「So Young」 をデュエット。
7月2日、2ndアルバム『Lovin' you』をリリース。邦楽ソロアーティストとして初の2枚組CDとなる。
7月23日、フジテレビ系「夜のヒットスタジオ」に初出演。「Long Night」を歌う。高校時代にマネージャーを務めていたラグビー部のメンバーたちとご対面(番組恒例企画)。
8月2日、大阪球場を皮切りに、名古屋城深井丸広場、西武ライオンズ球場でスタジアムコンサート「MISATO SPECIAL '86 KICK OFF」を開催。女性ソロシンガーとして初の試みとなった。
9月2日、広島郵便貯金会館を皮切りにツアー「Steppin' Now Tour」がスタート(全国38ヵ所39公演)。しかし、ツアー中に声帯ポリープにかかり、中断を余儀なくされたこともあった。
12月21日、日本武道館で行われたTBS開局35周年記念イベント“アニバーサリーロックフェスティバル”に参加。TM NETWORKとジョイントライブを行った。
1987年
2月、日本武道館を含むアリーナツアー「Steppin' Now Special」を行う(大阪・名古屋・東京6公演)。
2月、大江千里の初武道館ライブ「AVECツアー」にゲスト出演する(「本降りになったら」でデュエット)。
6月24日、磐田市民会館を皮切りにコンサートツアー「SKIP TOUR」がスタート(全国49ヶ所49公演)。
8月5日、イベントライブ「広島平和コンサート ALIVE HIROSHIMA 1987-1997」に参加。他の参加アーティストは、尾崎豊、安全地帯、HOUND DOG、BARBEE BOYS、THE BLUE HEARTS、久保田利伸、岡村靖幸など。
8月22日、熊本県・阿蘇アスペクタで開催された音楽イベント「BEAT CHILD」に参加。
12月24日、日本テレビ「木曜スペシャル MERRY X'MAS SHOW '87」にて泉谷しげると「2人のFOUR SEASONS」(作詞/桑田佳祐+泉谷しげる、作曲/桑田佳祐、編曲/小林武史)をデュエット。同番組には、松任谷由実、アン・ルイス、吉川晃司、鈴木雅之、CHAR、小泉今日子、忌野清志郎、鮎川誠、坂崎幸之助、桜井賢、前田亘輝、爆風スランプ、BARBEE BOYS、米米CLUBなども出演した。
1988年
3月11日、国立代々木第一体育館を含むアリーナツアー“SPECIAL CONCERT「OH!」”を行う(名古屋・大阪・東京6公演)。
4月21日、シングル「恋したっていいじゃない」をリリース。自身初のCDシングル盤となる。UCC缶コーヒーキャンペーンソングとなり同CMに本人が出演。
4月29日、日清パワーステーションで行われた岡村靖幸のライブに飛び入り参加。
5月20日、テレビ東京系「eZ」でシュープリームスの「Stop in the name of love」をカバー。
5月28日、4thアルバム『ribbon』をリリース。自身初のミリオンセラーを達成。
7月21日、11thシングル「センチメンタル カンガルー」をリリース。UCC缶コーヒーキャンペーンソングとなり同CMに本人が出演。
7月24日、西武ライオンズ球場で3度目のスタジアムコンサート「ribbon power」を行う。当日、NHK衛星放送による初のノーカット生放送が試みられる(大阪・西武2公演)。
10月1日、市原市市民会館を皮切りにコンサートツアー「news」がスタート(全国47ヶ所48公演)。
10月21日、12thシングル「君の弱さ/10 years」をリリース。「君の弱さ」はTBS系「世界・ふしぎ発見!」エンディングテーマ、「10 years」はUCC缶コーヒーキャンペーンソングとなり同CMに本人が出演。
11月3日、早稲田大学で行われた泉谷しげるのライブに飛び入り参加し、「野性のバラッド」を歌った。
1989年
ロンドンへ短期留学。
2月18日、大阪・フェスティバルホールを皮切りにコンサートツアー「MISATO CONCERT TOUR news special」が行われる。(全国5ヶ所12公演)
6月30日、初主演となる映画「on the Flower bed」が全国で上映。
7月12日、フジテレビ系「夜のヒットスタジオDELUXE」にて、大江千里(マンスリーゲスト)、TM NETWORKと共演。「ムーンライト ダンス」を披露したが、音源が途中で消えるというハプニング発生。
10月21日、15thシングル「虹をみたかい」をリリース。maxell NEW XLシリーズイメージソングとなり同CMに本人が出演。
11月30日、「SUPER Flower bed BALL '89 秋 史上最大の学園祭」を東京ドームにて行う。
12月1日、過去にリリースされた1stシングル「I'm Free」から9thシングル「悲しいね」までの計9枚のEP盤が一斉にCDシングル化。併せてアナログ盤の生産が中止され、14thシングル「すき (Apricot Mix)」と5thアルバム『Flower bed』がそれぞれ最後のアナログ盤となった。
1990年
2月7日、沢田研二「堕天使の羽音」にコーラス参加。
7月1日、17thシングル「恋するパンクス」のカップリング曲「Love is magic」のレコーディングにB'zの松本孝弘が参加。
7月19日、群馬県民会館を皮切りにコンサートツアー「misato 1990 TOUR tokyo」がスタート(27ヶ所34公演)。
12月22日、「misato Xmas tokyo」を横浜アリーナ(2DAYS)にて開催。
1991年
3月30日、「SUPER MULTI VIDEO CONCERT」を横浜アリーナにて行う。
7月25日、愛媛県民会館を皮切りにコンサートツアー「misato Lucky 1991 TOUR −みさっちゃんの大冒険−」がスタート(32ヶ所41公演)。
12月22日、「misato Lucky Christmas −みさっちゃんの大冒険−」を横浜アリーナ(2DAYS)にて行う。
1992年
8月5日、ナゴヤ球場を皮切りにツアー「渡辺美里 '92 スタジアム伝説」がスタート。
12月22日、「渡辺美里'92 スタジアム伝説 "FINAL"」を横浜アリーナ(2DAYS)にて開催。
1993年
7月1日、シングル「BIG WAVE やってきた」をリリース。コーラスにデーモン小暮が参加。銀座じゅわいよ・くちゅーるマキ(銀座ジュエリーマキ)CM曲。しかし同年7月12日に発生した北海道奥尻島沖地震の影響によりテレビCM打ち切り、ラジオでのオンエア自粛などの憂目に合う(※ビッグウェーブとは地震の津波を連想させるため)。カップリング曲の「素直に泣ける日 笑える日」は日本マクドナルドCM曲となる。
8月8日、西武ライオンズ球場(8年連続)と阪急西宮スタジアムにてスタジアムコンサート「渡辺美里'93 ジャングル・パラダイス」を行う。
8月16日、群馬県民会館を皮切りにコンサートツアー「BIG WAVE TOUR '93」をスタート(全国34ヶ所47公演)。
12月22日、「misato BIG WAVE TOUR '93 FINAL」を横浜アリーナ(2DAYS)にて開催。
1994年
9月10日、千葉県文化会館を皮切りにツアー「misato Baby Faith TOUR 1994-1995」を行う(全国24ヶ所34公演)。
1995年
事務所「Heartland」から「アンティノスマネージメント」に移籍。
1月28日、「misato Baby Faith TOUR 1994-1995 SPECIAL」を横浜アリーナ、大阪城ホール(2月12日)にて行う。
7月15日、10周年を迎え、初のベストアルバム『She loves you』をリリース。同時に10周年記念ビデオ『She loves you born IX 10th anniversary video collection 1985-1995』、そして初めての写真集『SHE LOVES YOU, Yeah! Yeah!』をリリース。
8月5日、10年連続となる西武スタジアムライブ「She loves you 1995 Summer 10th Anniversary」を行う。
[アーティスト名] 渡辺美里
[タイトル] Lovin' you -HERE-
[CD番号] ESCB-1161
[発売日] 1991-07-01
1 Long Night
2 天使にかまれる
3 My Revolution
4 そばにいるよ
5 素敵になりたい
6 19才の秘かな欲望
7 This Moment
8 君はクロール
9 Resistance
10 My Revolution (Hello Version)
11 悲しき願い (Here & There)
12 みつめていたい (Restin' In Your Room)
13 言いだせないまま
14 雨よ降らないで
15 Steppin' Now
16 男の子のように
17 A Happy Ending
18 Teenage Walk
19 嵐ヶ丘
20 Lovin' You
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110011011011001
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2009年05月06日

みなみけ おかえり ドラマCD

20090319org00m200005000p_size6.jpgドラマCDとは、CDに音声のみのドラマを収録したものである。「CDドラマ」と題されることもある。多くの場合、漫画、ゲーム、アニメなどを原作とする。同じ作品のドラマCDでも、原作となるメディアが違うことも多い(ゲームのドラマCDとアニメのドラマCDが並存することがある)。

特徴 [編集]
音声のみで表現されるためか、アニメやゲームに比べると、声優の声の演技がややオーバーなことが多い。
一般の店頭販売のほか、ゲームの予約特典、アニメのDVDの初回限定版の特典、漫画や雑誌の付録といった形態があり、非売品のものも多い。
こういうドラマCDを製作した後にアニメ化したという作品では、担当声優がドラマCDとは異なっているケースが多い。

類似物 [編集]
類似物として、キャラクターCD、キャラクターイメージアルバム(単にイメージアルバムとも)と題するものがある。いずれも、曲のみが収録されているものもあるが、ドラマが収録されているものもある。ドラマが収録されているものは、実質的にはドラマCDとほとんど同じである。


関連項目 [編集]
ラジオドラマ
ラジオCD
[アーティスト名] ドラマCD
[タイトル] みなみけ おかえり ドラマCD
[CD番号] KICA-971
[発売日] 2009-04-22
1 女の子だもん
2 ぷしゅぷしゅ
3 気持ち悪い
4 諭吉せんせい
5 もやもや
6 出ちゃったから
7 それぞれの
8 受け取ろう
9 なんで
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110011010111011
posted by mediajp at 17:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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