2009年06月30日

いとしいひとへ~Merry Christmas~

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大黒 摩季(おおぐろ まき、1969年12月31日 - )は、日本のシンガーソングライター。所属事務所はサニーサイドアップ。北海道札幌市中央区出身、藤女子高等学校卒業。実家は札幌キムラヤ(製パン業)。

概要・人物 [編集]
発表した多くの楽曲は「恋愛における人間(特に女性)の本音」を歌っており、マニッシュな歌唱スタイル・ファッションと、ロック色の強い曲構成とは裏腹に、歌詞は献身的・自己犠牲的な女性の繊細な心理が描かれている。
プロポーズをされた時は即答せず返事を保留し、その後のデート中に「年貢の納め時かな」と呟いた大黒に「年貢はね、蔵が開いているうちに納めないと、ただの古米になりますから」と返された言葉に「ヤルな!」と感動し結婚を決意したという。
1並びとなる11月11日11時11分に区役所に婚姻届けを提出しようとしたが、2人とも寝坊してしまい同日の午後1時11分に提出した。と新聞報道されたが、実は知り合いの不動産関係者が「先負だから昼からの方がいいよ」と言われ午後に提出したと日本テレビ系列『おもいッきりDON!』で明らかにしている。
結婚報告の際に夫を「音楽業界とはほど遠い世界に住み、飾り気のないスーツを着た王子様」と称した。

来歴 [編集]
1989年にオーディション(第3回BADオーディション)に合格。その後、B'z、ZARD、TUBE、T-BOLAN、DEEN、織田哲郎などのビーイング系アーティストのコーラスを担当する。

1990年には安宅美春(後にKIX-Sを結成)のギターソロアルバム「孤独のRUNAWAY」にゲストボーカルとして参加し(当時の表記は大黒摩紀)、山下久美子の「WHY?」「LOVE & PEACE」「BIBBIDI, BOBBIDI, BOO」をカバーしている。1991年にCM NETWORKの一員として「GO!GO!貴花田」という曲を歌っている。

歌手デビューが中々できなかったため、会社を辞めてアメリカへ旅に出たが、滞在先で社長から「歌手デビューの話が進んでいる」という旨の電話連絡を受け、帰国した。

1992年、「STOP MOTION」でデビュー。2ndシングル「DA・KA・RA」がミリオンヒットを記録し、第34回日本レコード大賞新人賞受賞。以降、「チョット」「あなただけ見つめてる」「夏が来る」「ら・ら・ら」「熱くなれ」等のヒット曲を出す。デビュー後数年は露出を控え、メディア出演やライブ活動をすることはなかった。そのため、「大黒摩季は歌手担当、写真で顔を出すモデル担当、作詞・作曲担当とそれぞれ三人いる」「大黒摩季はコンピューターで作られたもので実在しない」という都市伝説まで存在した。

数少ないテレビ出演としては、デビュー前の1992年5月17日にフジテレビ『ミュージックフェア』において、初出演を果たしている。B'zと近藤房之助、坪倉唯子が昔の名曲を歌う企画のコーラス参加だが、歌う前に大黒はB'zらと横一線に並び、司会に名前を紹介されていた。また1996年に「熱くなれ」がNHKのアトランタオリンピック中継テーマソングとなった関係から、同局の『サンデースポーツ』に出演しインタビューに答えているほか、同年6月1日には当時ビーイングがスポンサーに付いていたテレビ番組『ROX』(関西テレビ)の第一回で特集され、アマチュア時代の思い出を語るなどインタビューに応じている。

1997年8月1日にレインボースクエア有明特設ステージで行われた初のソロライブ『LIVE NATURE#0〜Nice to meet you〜』で、初めて本格的にファンの前に姿を現す。このライブの一部はテレビ朝日『ミュージックステーション』で生中継されたほか、ライブ・ビデオ『大黒摩季 LIVE BEATs』に一部収録されている。このライブ以降、全国ツアーを開催するようになった。

それ以前にも僅かながらステージに立ち、姿を現している。1990年5月に横浜バードで行われた近藤房之助と小島良喜のライブにゲストボーカルとして参加。1996年2月と3月には大阪・心斎橋にあるグランカフェで行われていた、サンデーブルースLIVEクンチョーのステージに飛び入りゲストとして参加している。その他にも「大黒摩季」個人として、1996年9月21、22日に札幌で行われた「ゆうあいピック北海道大会」に、大会テーマソングとして当時は未発表だった「風になれ」(のちにアルバム『POWER OF DREAMS』に収録)を提供した縁で、大会閉幕後に選手や大会役員、スタッフなどを招いて行われた後夜祭にサプライズ登場しミニライブを行ったことがある。

1999年、全国ツアー『LIVE NATURE #3』を開催。夏にはツアーファイナルとなるスペシャルライブを千葉マリンスタジアムで敢行。12月31日に奈良・東大寺で開催されたカウントダウンライブで充電休養を宣言。2001年にはビーイングを脱退し、古巣の東芝EMIにレコード会社を移籍して活動再開(移籍以降、ビーイング側のCDでは作詞に「ビーイングスタッフ」と付けられている)。8月8日に復帰第一弾シングル「虹ヲコエテ」を発表。

2003年、アルバム『RHYTHM BLACK』を引っさげて、全国ツアー『Live BOMB!LEVEL.3』を開催。11月11日、友人の紹介で知り合った会社員と入籍。初対面の際、男性は大黒のことを知らず、「アーティスト?画家ですか」と訊かれたと、大黒は語っている。

2004年、武部聡志、土屋公平、真矢、恩田快人らとコピーバンド“大黒摩季とフレンズ”を結成。1980年代の名曲をコピーしたアルバム『COPY BAND GENERATION VOL.1』を発表。シングル「ASAHI〜SHINE & GROOVE〜」がアテネ五輪ホッケー女子日本代表オフィシャルサポートソングに起用される。この曲は大黒が偶然見ていたテレビ番組に出演していたホッケー女子日本代表の選手が話していた女子ホッケーの現状を聞き、自分の下積み時代の姿と重なり何か出来ないかと思い作られたもの。出来上がった時には代表チームの合宿地へ訪問して聴いてもらったとのこと。

2005年、2年ぶりの新作『HAPPINESS』を発表し、7月15日より全国ツアー『Live BOMB!LEVEL.4』を開催。12月には初となる日本武道館単独ライブを行う。同31日、ナガシマスパーランド(三重県)にてカウントダウンライブを行なう。

2006年、初のバラードシングル「胡蝶の夢」がフジテレビ系昼ドラ『新・風のロンド』主題歌に起用される。3月にはバラードベストアルバム『weep』を発表する。5月15日、ワールドカップ選手発表に伴って、FWに選出された大黒将志と巻誠一郎(二人合わせて大黒摩季(巻)だから)、友人の中田英寿にエールを送った。ちなみに「大黒巻」の共演は実現しなかった。10月20日より全国ツアー『Live BOMB!LEVEL.5 〜デビュー15周年前倒し企画・わりと津々浦々お客様大感謝TOUR “ダイブ見せますMaki Best”+ 〜』を開催。

2007年4月9日、北海道立校としては初の「中高一貫校」として誕生した登別明日(のぼりべつあけび)中等教育校の開校式にサプライズゲストとして登場。ノーギャラで作詞作曲を手がけた同校の校歌「明日(あけび)の空に」を生で披露した。

4月18日にシングル「コレデイイノ?!/恋の悪魔 -She's no Angel-」を発表。「コレデイイノ?!」は前出の『Live BOMB!LEVEL.5』ツアーで披露され、観客と共に踊れる振り付けが施されている。大黒曰く今時のイイ言葉はないかと考えて辿り着いたものが「コレデイイノ」と云う言葉であり、「これでいいの?」に「コレデイイノ!」と大黒流の背中を押すエールの言葉となっている。

5月24日、東京青年会議所と2016年東京オリンピックを望む学生の会が開催するイベント、「オリンピックを東京に2016!」にて、無料ライブを開催。オリンピックへの市民ムーブメントを盛り上げた。

5月25日、夕張市において2万本のサクラやモミジを植え、地域再生を図る「しあわせの桜ともみじ」プロジェクトがスタートし、同市内の石炭の歴史公園内で記念植樹会に参加。新曲「桜ごころ」を初披露した。10月、大黒摩季とフレンズを再結成し、青春ロックライブハウスツアーを開催。年末にはANAインターコンチネンタルホテル東京他で初のディナーショーを開催した。

同年5月27日に死去したZARD・坂井泉水の6月26日の音楽葬に参列した。その後記者陣に対して終始泣き崩れながら「心遣いが素敵な女性でした」とコメントした。

2008年1月30日にアルバム『POSITIVE SPIRAL』を発表。2月9日より全国ツアー『MAKI OHGURO Live Bomb! Level.6 15th Anniversary Final Tour 〜ありがとう! そして…POSITIVE SPIRAL〜』(全21公演)。5月17日、ツアーフィナーレのスペシャルライブをパシフィコ横浜で開催した。年末は2007年に引き続き、グランドプリンスホテル高輪他でディナーショーを開催した。

2009年2月4日に初のセルフカバーアルバム『LUXURY 22-24pm』とライブDVD『Maki Ohguro Live Bomb!!Level.6 15th Anniversary Super Final in パシフィコ横浜 〜My Music My Life〜』を同時発表。3月29日よりライブツアーを横浜BLITZ、Zepp Tokyo他全14公演開催する予定。


ビーイングスタッフ表記問題 [編集]
大黒は全ての楽曲を「大黒摩季」として作詞しているが、ビーイング離脱後の2001年にビーイングが発売したベスト・アルバム『BACK BEATs #2〜Maki Ohguro & Staff Works〜』で、作詞クレジットが「ビーイングスタッフ・大黒摩季」となっていた。同アルバムの裏ジャケットには作詞クレジットが表記されており、歌詞カードの中を見ずとも「ビーイングスタッフ・大黒摩季」の作詞クレジットが確認できるようになっていた。

それ以降、ビーイング離脱後で移籍先の東芝EMIから発売された曲は「大黒摩季」表記になっているが、ビーイングが出版する大黒摩季の関連CDの作詞には(東芝EMI移籍後にビーイング時代の曲を再録音した音源のものであっても)単体のまま「大黒摩季」と表記されないようになっている。『complete of 大黒摩季 at the BEING studio』では作詞・作曲のクレジットを一切表記しない方法を取った。

また、ビーイング離脱後にビーイングが発売したMANISH『complete of MANISH at the BEING studio』の作詞クレジットは「大黒摩季」のままであったが、ビーイングのオムニバスアルバム『IT'S TV SHOW!』ではMANISHの作詞も「ビーイングスタッフ・大黒摩季」に変更されている。

ただし、JASRACの音楽作品データベース検索サービスなどで収録曲やアルバムを検索しても、作詞・作曲に「ビーイングスタッフ」の表記は無い。


ディスコグラフィー [編集]

シングル [編集]
STOP MOTION(1992年5月27日)
DA・KA・RA(1992年9月23日)
チョット(1993年2月10日)
別れましょう私から消えましょうあなたから(1993年4月28日)
Harlem Night(1993年7月28日)
あなただけ見つめてる(1993年12月10日)
白いGradation(1994年1月29日)
夏が来る(1994年4月23日)
永遠の夢に向かって(1994年10月5日)
ら・ら・ら(1995年2月20日)
いちばん近くにいてね(1995年5月3日)
愛してます(1995年11月6日)
あぁ(1996年2月26日)
熱くなれ(1996年7月8日)
アンバランス(1996年12月2日)
ゲンキダシテ(1997年3月26日)
空(1997年5月28日)
ネッ! 〜女、情熱〜(1998年2月25日)
太陽の国へ行こうよ すぐに〜空飛ぶ夢に乗って〜(1999年2月24日)
テレビ朝日系木曜ドラマ『ニュースキャスター霞涼子』主題歌
夢なら醒めてよ(1999年8月4日)
虹ヲコエテ(2001年8月8日)
雪が降るまえに(2001年10月31日)
アイデンティティ(2002年5月29日)
勝手に決めないでよ(2003年3月12日)
夏が来る、そして…(2003年5月28日)
いとしいひとへ〜Merry Christmas〜(2003年12月3日)
ASAHI〜SHINE&GROOVE〜(2004年7月28日)
OVER TOP(2005年4月27日)
胡蝶の夢(2006年2月8日)
コレデイイノ?!/恋の悪魔 -She's no Angel-(2007年4月18日)

企画シングル [編集]
憂鬱は眠らない(1993年11月26日)
織田哲郎&大黒摩季
deep blue(2003年9月18日)
DJ YUTAKA feat.大黒摩季
雨のち虹色(2008年6月4日)
ザ・ルーズドッグス feat.大黒摩季
Our Home(2008年10月1日)
配信限定シングル
札幌テレビ創立50周年記念 "どさんこワイド180" 連続ミニドラマ『桃山おにぎり店』テーマソング
[アーティスト名] 大黒摩季
[タイトル] いとしいひとへ~Merry Christmas~
[CD番号] TOCT-4654
[発売日] 2003-12-03
1 いとしいひとへ~Merry Christmas~
2 君しかいないよ
3 愛すること featuring 米倉利紀
4 いとしいひとへ〜Merry Christmas〜(Instrumental)
5 君しかいないよ(Instrumental)
6 愛すること(Instrumental duet with 米倉利紀)
7 愛すること(Instrumental duet with 大黒摩季)
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110001111010010011
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2009年06月29日

Sugar High

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鬼束ちひろ(おにつか ちひろ、1980年10月30日 - )は、日本の女性シンガーソングライター。本名同じ。宮崎県南那珂郡南郷町出身[1][2]。宮崎県立日南高等学校卒。身長152cm[3]。所属事務所はNAPOLEON RECORDS・烏龍舎(共同マネジメント)、所属レーベルはUNIVERSAL SIGMA・A&M RECORDS。

概要 [編集]

人物 [編集]
家族構成は、父・母・弟・妹の5人家族であり、自身は長女である[4]。小学生の頃より部活で陸上を始める。中学時代は陸上部のキャプテンを務め、短距離400mリレー走選手として九州大会にも出場歴がある[1]。

プライベートでは、お笑いコンビのシャカを誕生日パーティーに招待するなど社交的な面がある[5]。休日の過ごし方は「家でゴロゴロしたり一人で買い物したりする」という[6]。生活パターンは、昼夜逆転の生活を送っており[7][8]、楽曲制作は専ら夜中(2〜3時頃)に行っているという。

自身の性格に関しては「人見知りしない性格」と分析している[9]。また、所謂「熱しやすく冷めやすいタイプ」であり、例えば茶そばを3日間連続で食べ続けて飽きるなどのエピソードを公言している[8]。

サインは、以前はドクロのイラストマークの下に「CHIHIRO」という文字をもってサインとしていた[10]。現在は筆記体で「Chihiro」(Cの部分が鬼をイメージしたイラストマークとなっている)と書かれたものをサインとしている[11]。


趣味 [編集]
好きなものは、小説はアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの『星の王子さま』[4]。漫画は古谷実の『行け!稲中卓球部』や岡田あーみんの『こいつら100%伝説』、井上雄彦の『SLAM DUNK』など[12]。映画は『アメリカン・ビューティー』や『ギルバート・グレイプ』、『バトル・ロワイアル』、『溺れる魚』など[7]。また、『もんしぇん』[13]、『ぐるりのこと。』[14]、『ラストゲーム 最後の早慶戦』[15]では作品に対する賞賛のコメントを寄せている。服飾はMILK FED(ソフィア・コッポラによるデザインのブランド)の洋服[7]やヴィヴィアン・ウエストウッドのブーツ[16]など。食べ物はマクドナルドやコーラ、キャベツ太郎、梅干、チョコレート。コーラは常時ステージドリンクとしているほどで、梅干に関しては「白いご飯と梅干さえあれば大丈夫」とまで発言するほどの大好物[17]。キャラクターグッズも好きで、中でもディズニー映画『ピーター・パン』に登場するティンカー・ベルグッズがお気に入り。自身で「おたま」(オタマジャクシがモチーフ)の縫いぐるみ[18]や十字架などのビーズアクセサリー[9]を作成する事もある。お笑い好きでもあり、好きな芸人はシャカ、田上よしえ、ルート33など[19]。特にシャカはお気に入りで、出演した番組中でも「色々浮気をするけれど結局シャカに帰ってくる」と話しており、どちらかと言えば大熊啓誉(ボケ担当)の方が好きであるという[19][5]。好きな詩人には銀色夏生を挙げており、中学時代からのファンであり「モロに影響を受けた詞も書いていた」と後の対談でも語っている[2]。好きな四字熟語に「疾風怒濤」を[1]、単語に「虎」を挙げ、モットーに「(良い意味でも悪い意味でも)やられたらやり返す」を挙げている[20]。


音楽性 [編集]
楽曲制作の手法として大まかに、曲を先に制作してからそこへ詞を付ける作曲先行(所謂曲先)と、詞を先に書いてから曲を乗せる作詞先行(所謂詞先)の2通りがあるが、鬼束の場合は必ず詞先で曲作りを行う。これは鬼束が楽曲において歌詞を最重要視しているためであり、もし歌詞と曲がマッチしていない時でも、「詞の世界を壊したくない」「直感を大事にしたい」との理由で歌詞を変更する事は一切無く、曲のほうを無理矢理詞に合わせたり、曲のフレーズに詰め込む等の手法を用いる[19]。曲作りは大抵夜中自宅の部屋の中で行い、思いついた歌詞を書き上げ(本人は「(歌詞が)降りてくる」と表現・説明することもあるが、神がかり的に受け取られることを嫌ってその表現を避けることもあった)、それに曲をつけるという方式が主である。常にその場で曲を作り上げるというが、例外として「everyhome」は曲を作り上げるまでに3日間を要したという[21][22]。

作詞を始めたのは小学4年生の時の夏休みの自由課題がきっかけ。現在の作詞スタイルを確立させたのは中学2年生の時、アラニス・モリセットの世界観に影響されてからで[9]、その時の詞は上京する際にすべて焼却処分したという[7]。歌詞の書き方は「everyhome」の制作を皮切りに変化が生じている。活動休止前の制作スタイルとしては感情をぶちまけるように歌詞を書くというのが主であったが、活動再開後は「自分が他の歌手だったらこういう書き方をする」というように自分を客観的に見て歌詞を書いたり、映画の映像から見た印象をモチーフとして歌詞を書く(「everyhome」は『フォレスト・ガンプ』、「Sweet Rosemary」は『ギルバート・グレイプ』、「bad trip」は『スパン』等)ようにもなってきている[23][24][25]。

歌う時は左手を上下運動させたり身体でバランスを取る。気持ちがいい・解放感がある・バランスがとりやすいという理由から、裸足で歌うことが多い[20][26][27][28]。裸足でのステージが印象深い故に、裸足の歌姫と形容されている[29]。裸足で歌い始めるようになったのはシングル「月光」発売頃で、2000年7月26日に出演した『ASAHI SUPER DRY MUSIC SPIRAL 2000』の時点では既に裸足で歌い始めている。歌うときは腕時計やチョーカーなど身体を締め付けるものは絶対に着けない[26]。これは束縛感を嫌うためであり、厚着もしない。本人曰く末端冷え性であるが、足はおろか一切の防寒対策はしない[26]。本人にとってライブはファンとのコミュニケーションの場であり、ステージングや自身の歌唱において完璧さを求める[1]。

ライブの際にしばしばマリア像をステージの隅に置く。これは自分の中の守護神のようなものを表しているとし、自分の歌っている姿を見守っていて欲しいからであると語っている[1]。シングル「everyhome」以降の作品のブックレットにおいても「thanks for God.」と書いている。

楽曲については、元プロデューサーの羽毛田丈史が重視する、ピアノを基盤としたアンプラグドやアコースティックな生音での楽曲が主体で、ストリングスが用いられる楽曲も多い。鬼束の圧倒的な個性が出発点で、それゆえに、ピアノと鬼束のボーカルだけのパフォーマンスが究極の帰着点であると羽毛田は捉えていたようである。鬼束自身もアコースティックやカントリーな楽曲を好み、作曲もキーボードにて行っていることから、このスタイルを理想と考えていると思われるが、ギターサウンドやカントリーロックといったような、様々な編曲が試みられてはいる。羽毛田から音楽プロデューサーが変わった後も、ピアノを基盤とした楽曲制作は踏襲されている。

作品制作においては、鬼束自身は、デモ音源を音楽プロデューサーに渡した後は一切楽曲の制作工程(アレンジやアルバム収録曲の選定や曲順決め等)には関与しない方針を貫いている。これは本人曰く「(性格的に)器用貧乏の真逆」ということで、シンガーとしての自分とソングライターとしての自分を分けていると語っている[30]。アルバムのタイトルについては、毎回アルバムの制作に取り掛かる際に次回作のタイトルを決めているという。作品のリリースにおいて本人は「毎回これが遺作の気持ちで制作している」と語っている[31]。

好きなアーティストとして公言しているのは、ジュエル[7][32]、アラニス・モリセット[7][33]、シェリル・クロウ、アマンダ・マーシャル[34]、メリッサ・エスリッジ[35]、ジョニ・ミッチェル、ポーラ・コール、キャロル・キング[36]、インキュバス[37]、レネ・マーリン、ステレオフォニックス、グー・グー・ドールズ、ボン・ジョヴィ、サイモン&ガーファンクル、トーリ・エイモス、Wink[4]、岡村靖幸[38]、THE BACK HORN[39]など。


楽曲と世の中の動き [編集]
シングル「infection/LITTLE BEAT RIFLE」の発売から4日後にアメリカ同時多発テロ事件が発生し、「infection」の歌詞がそれを予見したと取れるような内容であったため、プロモーションが自粛された。その他にも、シングル「流星群」の制作中はしし座流星群が見られる時期であったり、2002年に「A Horse and A Queen」をライブで発表する前には、自身が尊敬するジュエルが全治4ヶ月の落馬事故を起こしたりと、楽曲と世相とがリンクした出来事が複数ある。

どの出来事も楽曲を制作した後のことであり、全て偶然ではあるが、ファンの間で鬼束ちひろの深層的な部分を表す事柄として話される逸話である。しかし本人は、「楽曲と世相とがリンクすることは以前からあったのでショックでもないし驚かなかった」と語っている[2]。


所属レコード会社・事務所の変遷と活動休止 [編集]
前所属レコード会社と事務所を離れた理由について本人は当初はコメントを出さなかったが、2007年にアルバム『LAS VEGAS』をリリースするにあたり複数の雑誌のインタビューでその心境を語っている。

移籍の発端となったのは2003年に声帯結節を発症してからの活動の流れに違和感を覚えたことで、このことについて「「いい日旅立ち・西へ」のあたりから周囲と波長が合わなくなってきた」「楽曲自体には問題はなかったが、周囲を信用できなくなってきて無理が生じた」[25]と語っており、「前の事務所ともめ事があってそれで力をなくした」[40]との発言から事務所との作品発売に対する確執があったことも示唆している。一部メディアでは、決別が決定打となったのは『シングルBOX』の発売が関係していると言われていた[41]が、これについては後に本人曰く「契約上の問題」「単に関与しなかっただけ」としている[2]。

また、「育つ雑草」を発売後休養し、Sony Music Artistsを中途で契約終了した件については「自分のペースでの創作と、アーティスト活動、世の中のペースが一致しない」[42]としており、「何か問題やトラブルがあった訳ではない」「もっともっと休む時間が必要だった」と語っている[2]。

この契約終了後は活動を休止していたが、活動休止直後に大量服薬による自殺未遂を経験したことを後に明らかにしている[24]。その後も2005年のストーカー被害事件(後述・2005年の箇所参照)もあり精神的に不安定な状態が続き、「休んでいる時はただ(精神的に)落ちているだけだった」「リスナーとしての自分は残っていたけど表現者としての自分がまったくなかった」[25]と語っている。2005年に玉井夕海と出会い、翌2006年の映画『もんしぇん』に関わるまで一切表舞台に姿を現すことはなかったが、その間にも友人である歌手のMEGのブログに名前が挙がったり週刊誌の記事に関係者のコメントが掲載されるなど、間接的に近況が報じられることはあった。

[アーティスト名] 鬼束ちひろ
[タイトル] Sugar High
[CD番号] TOCT-24902
[発売日] 2002-12-11
1 NOT YOUR GOD
2 声
3 Rebel Luck
4 Tiger in my Love
5 Castle・imitation(album version)
6 漂流の羽根
7 砂の盾
8 King of Solitude
9 BORDELINE
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110001001001000
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2009年06月26日

LOST ANGELS

B000LPRL38_09_LZZZZZZZ.jpgGackt(ガクト、公称1540年7月4日[1] - )は日本の男性シンガーソングライターである。沖縄県生まれ。血液型はA型。名前は神威 楽斗(かむい がくと、Gackt Camui)とも。所属レコード会社は日本クラウン。彼のファンを「Dears」という。

来歴
1994年以前 - ピアノと声楽を学び「CAINS:FEEL」にてドラムスとして活動。後にボーカルに転身。
1995年10月〜1999年1月 - 「MALICE MIZER」の2代目ボーカルとして活動。
1999年1月 - MALICE MIZERを脱退、『Gackt Job』を立ち上げ、ソロ活動を始める。
2000年2月 - 個人事務所を設立。同時にファンクラブ「Dears」を設立。
2002年9月22日 - 北京工人体育場で行われた「日中国交30周年記念コンサート」に出演。
2003年10月2日 - さいたまスーパーアリーナで行われたDream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴに出演。
2005年12月24日 - 自身初の東京ドームライブを決行。
2006年1月14日 - 韓国ソウルにおいて、日本と全く同じ規模と内容のコンサートを行う。
2006年2月28日 - 兵庫県立舞子高等学校の卒業式来校を依頼され、卒業生・在校生の前で未発表曲「野に咲く花のように」を披露[2]。同曲は翌年にCD音源化された。
2007年 - NHK大河ドラマ風林火山に上杉謙信役として出演。
2007年5月25日 - YOSHIKIらと新バンド「S.K.I.N.」を結成し、翌月より音楽活動を開始することを発表[3]。
2007年7月2日 - 6月20日にリリースした「RETURNER 〜闇の終焉〜」にて、自身初のオリコンシングルチャート初登場1位を獲得。
2007年11月14日 - 人民大会堂で行われた「日中国交35周年記念コンサート」に出演。日本語と中国語で「12月のLove song」を披露。
2008年4月23日 - ハリウッド映画「BUNRAKU」に準主役として出演することが決定。
2008年7月31日 - VOCALOID2技術を用い、Gacktの声をベースとしたバーチャルボーカリストソフトウェア「がくっぽいど」が株式会社インターネットより発売される。

人物
家族構成では、姉と弟を持つ長男。姉のことは「姉さん」や「姉貴」と呼んでいる(姉、スタッフなどはGackt邸の合鍵を持ち、管理をしている)[4]。
B'zのボーカル稲葉浩志を尊敬し、B'zの楽曲『いつかのメリークリスマス』を聴き感動したと語る[5]。
2001年から4回連続でNHKの紅白歌合戦に出場、密着取材の特別番組が組まれる等、NHKとの結びつきは強い。2007年にはNHK大河ドラマ風林火山に出演、上杉謙信役を好演した[6]。同年には劇中の甲冑姿で撮影した写真集『龍の化身』が発売され、第58回NHK紅白歌合戦にも同じ姿で出演している。
機動戦士ガンダムの熱烈なファンである。オールナイトニッポンのパーソナリティであった頃、番組中でよく口にしていた他、日本武道館でのオールナイトニッポンでのイベント出演の際は、「ジーク・ジオン!」を連呼していた。

卒業式ライブ
2006年より毎年、高等学校の卒業式においてサプライズライブを開催し、楽曲「野に咲く花のように」を披露している。これまでの開催箇所は次の通り。

兵庫県立舞子高等学校(2006年2月28日)[2]
長崎県立長崎北陽台高等学校(2007年3月1日)[7]
茨城県立佐竹高等学校(2008年3月1日)[8]
新潟県立高田高等学校(2008年3月18日)[9]

ディスコグラフィ

シングル
Mizérable
Single Box(1999年6月30日、CRDP-218)
通常盤(1999年7月9日、CRDP-221)
Vanilla
8cmCD(1999年8月11日、CRDP-220)
12cmCD(2002年3月20日、CRCP-10026)
Mirror(2000年2月9日、CRCP-35)
OASIS(2000年2月16日、CRCP-40)
鶺鴒 〜seki-ray〜(2000年3月8日、CRCP-45)
再会 〜Story〜(2000年8月30日、CRCR-10001)
Secret Garden(2000年11月16日、CRCP-10001)
君のためにできること(2001年3月14日、CRCP-10015)
ANOTHER WORLD(2001年9月5日、CRCP-10020)
12月のLove song(2001年12月16日、CRCP-10024)
忘れないから(2002年4月24日、CRCP-10025)
12月のLove song / December Love(2002年11月27日、CRCP-10032)
君が追いかけた夢(2003年3月19日、CRCP-10037)
月の詩(2003年6月11日、CRCP-10042)
Lu:na/OASIS(2003年6月25日、CRCP-10044)
Last Song(2003年11月12日、CRCP-10052)
12月のLove song / 十二月的情歌(2003年12月3日、CRCP-10058)
君に逢いたくて(2004年10月27日、CRCP-10078)
12月のLove song / December Love Song〈한국어〉(2004年12月8日、CRCP-10090)
ありったけの愛で(2005年1月26日、CRCP-10092)
BLACK STONE(2005年4月27日、CRCP-10102)
Metamorphoze 〜メタモルフォーゼ〜(2005年5月25日)
初回限定盤(CRCP-10107)
通常盤(CRCP-10108)
届カナイ愛ト知ッテイタノニ抑エキレズニ愛シ続ケタ…(2005年8月10日、CRCP-10115)
REDEMPTION(2006年1月25日)
初回限定盤(CRCP-10129)
通常盤(CRCP-10130)
Love Letter(2006年3月1日、CRCP-10135)
野に咲く花のように(2007年2月7日)
初回限定盤(CRCP-10160)
通常盤(CRCP-10161)
RETURNER 〜闇の終焉〜(2007年6月20日)
初回限定版(CRCP-10174)
通常版(CRCP-10175)
Jesus
Dears限定盤(2008年11月26日、DSCD-00001)
通常盤(2008年12月3日、DSCD-00002)
GHOST
Dears限定盤(2009年1月21日、DSCD-00003)
通常盤(2009年1月28日、DSCD-00004)
Journey through the Decade(2009年3月25日)
初回限定盤(AVCA-29177)
通常盤(AVCA-29178)
小悪魔ヘヴン(2009年6月10日)
Dears限定盤(DSCD-00007)
通常盤(DSCD-00008)
Faraway 〜星に願いを〜(2009年6月17日)
Dears限定盤(DSCD-00009)
通常盤(DSCD-00010)
LOST ANGELS(2009年6月24日)
Dears限定盤(DSCD-00011)
通常盤(DSCD-00012)
Flower(2009年7月1日)
Dears限定盤(DSCD-00013)
通常盤(DSCD-00014)
[アーティスト名] Gackt
[タイトル] LOST ANGELS
[CD番号] DSCD-12
[発売日] 2009-06-24
1 LOST ANGELS
2 No Reason
3 Suddenly
4 LOST ANGELS(Instrumental)
5 No Reason(Instrumental)
6 Suddenly(Instrumental)
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110100001111101
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2009年06月25日

涙サプライズ! [CD-Rip]

teamB.jpgAKB48(エーケービー フォーティエイト)は、秋元康の完全プロデュースにより2005年に誕生した日本の女性アイドルグループである。秋葉原に専用劇場であるAKB48劇場を持ち、ここでほぼ毎日公演を行っている。グループ名の由来は、office48の社長の芝幸太郎(芝=48)とホームグラウンドである秋葉原(あきはばら)の略称「秋葉(あきば)」(AKiBa)から[1]。愛称は主に「AKB」があるが、「アキバ48」という表現も一部である。

概要 [編集]
「会いに行けるアイドル」[2]をコンセプトに専用劇場でほとんど毎日公演を行っている。メディアを通した遠い存在だったアイドルを身近に感じ、その成長していく過程をファンに見てもらい、共に成長していくアイドル・プロジェクトである。公演は全てオリジナル曲で行われ、2009年4月現在、190曲を超えるオリジナル曲が発表されている。全ての作詞を総合プロデューサーの秋元康が担当し、多数の作曲家により作曲されている。舞台監修・振り付けはハロー!プロジェクトなどの振り付けを手掛けた夏まゆみが主に担当している[3]。

メンバーの衣装は全て秋元康が副総長兼芸術学部教授を務めている京都造形芸術大学の学生がデザインしている[4]。

2007年には活動の場を広げ、3月に初の全国ツアーを行い、9月22日には初の海外公演としてチームBが中国・北京市の中国芸術研究院で開催された「日中文化人懇談会2007」に参加。そして12月31日にはNHK紅白歌合戦初出場を果たした。

2008年2月に発売したシングルCD『桜の花びらたち2008』の販売方法を巡るトラブル(後述)の後、CDリリースが途絶えたが、8月にキングレコードへの移籍が発表された。

公式ブログのタイトルが示すように、東京ドームでのコンサート開催を目標に置いている。以前は、メジャーデビューを目標にしていた。


メンバー [編集]

チームA [編集]
オープニングメンバーオーディションにおいて合格(1期生)※篠田・昇格メンバーは除く
コーポレートカラーは(桃)
板野友美(いたの ともみ、1991年7月3日 - ) 神奈川県出身。愛称「ともちん」
北原里英(きたはら りえ、1991年6月24日 - ) 愛知県出身。愛称「きたりえ」
2008年7月30日付で研究生(5期生)から昇格
小嶋陽菜(こじま はるな、1988年4月19日 - ) 埼玉県出身。愛称「はるな」、「こじはる」、「にゃんにゃん」、「はるにゃん」、「こじぱ」
佐藤亜美菜(さとう あみな、1990年10月16日 - ) 東京都出身。愛称「あみな」、「あみなちやん」
2008年4月15日付で研究生(4期生)から昇格
佐藤由加理(さとう ゆかり、1988年11月22日 - ) 静岡県出身。愛称「ゆかりん」
篠田麻里子(しのだ まりこ、1986年3月11日 - ) 福岡県出身。愛称「まりりん」、「麻里子様」、「まりこ」
2006年1月22日の夜公演より加入
高城亜樹(たかじょう あき、1991年10月3日 - ) 東京都出身。愛称「あきちゃん」、「あきちゃ」
2008年12月29日付で研究生(6期生)から昇格
高橋みなみ(たかはし みなみ、1991年4月8日 - ) 東京都出身。愛称「タカミナ」、「みなみ」
中田ちさと(なかた ちさと、1990年10月8日 - ) 埼玉県出身。愛称「ちぃちゃん」
2008年10月19日付で研究生(4期生)から昇格
藤江れいな(ふじえ れいな、1994年2月1日 - ) 千葉県出身。愛称「れいにゃん」
2008年3月26日付で研究生(4期生)から昇格
前田敦子(まえだ あつこ、1991年7月10日 - ) 千葉県出身。愛称「あっちゃん」、「だーまえ」
峯岸みなみ(みねぎし みなみ、1992年11月15日 - ) 東京都出身。愛称「みぃちゃん」、「みぃ」、「峯岸先生」
宮崎美穂(みやざき みほ、1993年7月30日 - ) 東京都出身。愛称「みゃお」、「宮男」
2008年7月13日付で研究生(5期生)から昇格

チームK [編集]
第2期追加メンバーオーディションにおいて合格(2期生)※昇格メンバーは除く
コーポレートカラーは(緑)
秋元才加(あきもと さやか、1988年7月26日 - ) 千葉県出身。愛称「さやか」、「さーや」、「オカロ」
梅田彩佳(うめだ あやか、1989年1月3日 - ) 福岡県出身。愛称「うめちゃん」、「キュラ」
大島優子(おおしま ゆうこ、1988年10月17日 - ) 栃木県出身。愛称「コリス」、「コリン」、「ゆうこ」
大堀恵(おおほり めぐみ、1983年8月25日 - ) 東京都出身。愛称「めーたん」、「ババア」
2008年10月15日に「大堀めしべ」名義でAKB48メンバー初のソロデビュー
奥真奈美(おく まなみ、1995年11月22日 - ) 東京都出身。愛称「まな」、「まーちゃん」、「奥ちゃん」
小野恵令奈(おの えれな、1993年11月26日 - ) 東京都出身。愛称「えれぴょん」
河西智美(かさい ともみ、1991年11月16日 - ) 東京都出身。愛称「とも」、「とも〜み」
倉持明日香(くらもち あすか、1989年9月11日 - ) 神奈川県出身。愛称「もっちぃ」、「チャゲ」
2008年3月4日付で研究生(4期生)から昇格
小林香菜(こばやし かな、1991年5月17日 - ) 埼玉県出身。愛称「かな」、「かぁち」
佐藤夏希 (さとう なつき、1990年7月1日 - ) 北海道出身。愛称「なっち」
近野莉菜(ちかの りな、1993年4月23日 - ) 東京都出身。愛称「チカリナ」
2009年3月26日付で研究生(5期生)から昇格
野呂佳代(のろ かよ、1983年10月28日 - ) 東京都出身。愛称「ノロカヨ」、「ノンティー」、「かよほ〜」
増田有華(ますだ ゆか、1991年8月3日 - ) 大阪府出身。愛称「ゆか」、「ゆったん」、「チロ」
松原夏海(まつばら なつみ、1990年6月19日 - ) 福岡県出身。愛称「なつみ」、「なっつみぃ」
宮澤佐江(みやざわ さえ、1990年8月13日 - ) 東京都出身。愛称「さえ」

チームB [編集]
第3期追加メンバーオーディションにおいて合格(3期生)※浦野・平嶋・昇格メンバーは除く
コーポレートカラーは(青)
浦野一美(うらの かずみ、1985年10月23日 - ) 埼玉県出身。愛称「Miho」、「おかーさん」、「Cindy」
2007年2月チームAより異動
多田愛佳(おおた あいか、1994年12月8日 - ) 埼玉県出身。愛称「あいちゃん」、「ラブたん」
柏木由紀(かしわぎ ゆき、1991年7月15日 - ) 鹿児島県出身。愛称「ゆきりん」、「KY」
片山陽加(かたやま はるか、1990年5月10日 - ) 千葉県出身。愛称「はーちゃん」、「昭和」
小原春香(こはら はるか、1988年4月12日 - ) 広島県出身。愛称「はるちゃん」、「お姫様」、「きゅるるん」
2009年1月24日よりチーム研究生(5期生)から昇格
佐伯美香(さえき みか、1989年10月29日 - ) 栃木県出身。愛称「美香ちぃ」
2008年2月3日より研究生(4期生)から昇格。2009年1月9日より半年間、足の怪我の治療の為活動休業。
指原莉乃(さしはら りの、1992年11月21日 - ) 大分県出身。愛称「さっしー」
2008年8月2日より研究生(5期生)から昇格
田名部生来(たなべ みく、1992年12月2日 - ) 滋賀県出身。愛称「たなみん」
仲川遥香(なかがわ はるか、1992年2月10日 - ) 東京都出身。愛称「なかはる」、「はるゴン」、「はるか」
中塚智実 (なかつか ともみ、1993年6月18日 - ) 埼玉県出身。愛称「ともちゃん」、「クリス」
2009年1月29日よりチーム研究生(5期生)から昇格
仲谷明香(なかや さやか、1991年10月15日 - ) 千葉県出身。愛称「なかやん」
仁藤萌乃(にとう もえの、1992年7月22日 - ) 東京都出身。愛称「もえの」
2008年8月5日より研究生(5期生)から昇格
平嶋夏海(ひらじま なつみ、1992年5月28日 - ) 東京都出身。愛称「なっちゃん」
2007年2月チームAより異動
米沢瑠美(よねざわ るみ、1991年6月6日 - ) 埼玉県出身。愛称「るみちゃん」、「よねちゃん」、「るみ」
渡辺麻友(わたなべ まゆ、1994年3月26日 - ) 埼玉県出身。愛称「まゆゆ」

チーム研究生 [編集]
第2回チーム研究生オーディションにおいて合格(※研究生1期=4期、研究生2期=5期、研究生3期=6期、以下省略)
浅居円(あさい まどか) 滋賀県出身。8期生。
石井彩夏(いしい あやか) 神奈川県出身。8期生。
石田晴香(いしだ はるか、1993年12月2日 - ) 埼玉県出身。5期生。愛称「はるきゃん」
石部郁(いしべ あや) 8期生。
今井悠理枝(いまい ゆりえ)8期生。
岩佐美咲(いわさ みさき、1995年1月30日 - ) 千葉県出身。7期生。愛称「みっきー」、「わさみん」
植木あさ香(うえき あさか) 千葉県出身。8期生。
内田眞由美(うちだ まゆみ、1993年12月27日 - ) 東京都出身。5期生。愛称「うっちー」
大家志津香 (おおや しづか、1991年12月28日 - ) 福岡県出身。4期生。愛称「しーちゃん」
郭グレース(かく ぐれーす) 8期生。
菊地あやか(きくち あやか、1993年6月30日 - ) 東京都出身。7期生。愛称「あやりん」、「きくぢ」。元チームB(3期生、2008年8月14日付解雇)。
小松瑞希(こまつ みずき) 8期生。
小水七海(こみず ななみ) 8期生。
小森美果(こもり みか、1994年7月19日 - ) 愛知県出身。7期生。愛称「みかぽん」
坂本莉央(さかもと りお) 8期生。
佐藤すみれ(さとう すみれ、1993年11月20日 - ) 埼玉県出身。7期生。愛称「すーちゃん」
佐野友里子(さの ゆりこ) 8期生。
杉山未来(すぎやま みく) 8期生。
鈴木紫帆里(すずき しほり、1994年2月17日 - ) 神奈川県出身。7期生。愛称「しほりん」
鈴木まりや(すずき まりや、1991年4月29日 - ) 埼玉県出身。7期生。愛称「まりやんぬ」
冨手麻妙(とみて あみ)神奈川県出身。8期生。
西川七海(にしかわ ななみ)8期生。
野中美郷(のなか みさと、1991年4月20日 - ) 神奈川県出身。6期生。愛称「みい」、「もなか」、「みちゃ」
林彩乃(はやし あやの、1993年5月31日 - ) 東京都出身。7期生。愛称「あやのん」
前田亜美(まえだ あみ、1995年6月1日 - ) 東京都出身。7期生。愛称「あーみん」
松井咲子(まつい さきこ、1990年12月10日 - ) 埼玉県出身。7期生。愛称「さきっぺ」、「さきちゃ」
三木にこる(みき にこる) 千葉県出身。8期生。
村中聡美(むらなか さとみ、1988年6月5日 - ) 千葉県出身。8期生。愛称「さとみん」。元4期生。
概要 [編集]
「会いに行けるアイドル」[2]をコンセプトに専用劇場でほとんど毎日公演を行っている。メディアを通した遠い存在だったアイドルを身近に感じ、その成長していく過程をファンに見てもらい、共に成長していくアイドル・プロジェクトである。公演は全てオリジナル曲で行われ、2009年4月現在、190曲を超えるオリジナル曲が発表されている。全ての作詞を総合プロデューサーの秋元康が担当し、多数の作曲家により作曲されている。舞台監修・振り付けはハロー!プロジェクトなどの振り付けを手掛けた夏まゆみが主に担当している[3]。

メンバーの衣装は全て秋元康が副総長兼芸術学部教授を務めている京都造形芸術大学の学生がデザインしている[4]。

2007年には活動の場を広げ、3月に初の全国ツアーを行い、9月22日には初の海外公演としてチームBが中国・北京市の中国芸術研究院で開催された「日中文化人懇談会2007」に参加。そして12月31日にはNHK紅白歌合戦初出場を果たした。

2008年2月に発売したシングルCD『桜の花びらたち2008』の販売方法を巡るトラブル(後述)の後、CDリリースが途絶えたが、8月にキングレコードへの移籍が発表された。

公式ブログのタイトルが示すように、東京ドームでのコンサート開催を目標に置いている。以前は、メジャーデビューを目標にしていた。


メンバー [編集]

チームA [編集]
オープニングメンバーオーディションにおいて合格(1期生)※篠田・昇格メンバーは除く
コーポレートカラーは(桃)
板野友美(いたの ともみ、1991年7月3日 - ) 神奈川県出身。愛称「ともちん」
北原里英(きたはら りえ、1991年6月24日 - ) 愛知県出身。愛称「きたりえ」
2008年7月30日付で研究生(5期生)から昇格
小嶋陽菜(こじま はるな、1988年4月19日 - ) 埼玉県出身。愛称「はるな」、「こじはる」、「にゃんにゃん」、「はるにゃん」、「こじぱ」
佐藤亜美菜(さとう あみな、1990年10月16日 - ) 東京都出身。愛称「あみな」、「あみなちやん」
2008年4月15日付で研究生(4期生)から昇格
佐藤由加理(さとう ゆかり、1988年11月22日 - ) 静岡県出身。愛称「ゆかりん」
篠田麻里子(しのだ まりこ、1986年3月11日 - ) 福岡県出身。愛称「まりりん」、「麻里子様」、「まりこ」
2006年1月22日の夜公演より加入
高城亜樹(たかじょう あき、1991年10月3日 - ) 東京都出身。愛称「あきちゃん」、「あきちゃ」
2008年12月29日付で研究生(6期生)から昇格
高橋みなみ(たかはし みなみ、1991年4月8日 - ) 東京都出身。愛称「タカミナ」、「みなみ」
中田ちさと(なかた ちさと、1990年10月8日 - ) 埼玉県出身。愛称「ちぃちゃん」
2008年10月19日付で研究生(4期生)から昇格
藤江れいな(ふじえ れいな、1994年2月1日 - ) 千葉県出身。愛称「れいにゃん」
2008年3月26日付で研究生(4期生)から昇格
前田敦子(まえだ あつこ、1991年7月10日 - ) 千葉県出身。愛称「あっちゃん」、「だーまえ」
峯岸みなみ(みねぎし みなみ、1992年11月15日 - ) 東京都出身。愛称「みぃちゃん」、「みぃ」、「峯岸先生」
宮崎美穂(みやざき みほ、1993年7月30日 - ) 東京都出身。愛称「みゃお」、「宮男」
2008年7月13日付で研究生(5期生)から昇格

チームK [編集]
第2期追加メンバーオーディションにおいて合格(2期生)※昇格メンバーは除く
コーポレートカラーは(緑)
秋元才加(あきもと さやか、1988年7月26日 - ) 千葉県出身。愛称「さやか」、「さーや」、「オカロ」
梅田彩佳(うめだ あやか、1989年1月3日 - ) 福岡県出身。愛称「うめちゃん」、「キュラ」
大島優子(おおしま ゆうこ、1988年10月17日 - ) 栃木県出身。愛称「コリス」、「コリン」、「ゆうこ」
大堀恵(おおほり めぐみ、1983年8月25日 - ) 東京都出身。愛称「めーたん」、「ババア」
2008年10月15日に「大堀めしべ」名義でAKB48メンバー初のソロデビュー
奥真奈美(おく まなみ、1995年11月22日 - ) 東京都出身。愛称「まな」、「まーちゃん」、「奥ちゃん」
小野恵令奈(おの えれな、1993年11月26日 - ) 東京都出身。愛称「えれぴょん」
河西智美(かさい ともみ、1991年11月16日 - ) 東京都出身。愛称「とも」、「とも〜み」
倉持明日香(くらもち あすか、1989年9月11日 - ) 神奈川県出身。愛称「もっちぃ」、「チャゲ」
2008年3月4日付で研究生(4期生)から昇格
小林香菜(こばやし かな、1991年5月17日 - ) 埼玉県出身。愛称「かな」、「かぁち」
佐藤夏希 (さとう なつき、1990年7月1日 - ) 北海道出身。愛称「なっち」
近野莉菜(ちかの りな、1993年4月23日 - ) 東京都出身。愛称「チカリナ」
2009年3月26日付で研究生(5期生)から昇格
野呂佳代(のろ かよ、1983年10月28日 - ) 東京都出身。愛称「ノロカヨ」、「ノンティー」、「かよほ〜」
増田有華(ますだ ゆか、1991年8月3日 - ) 大阪府出身。愛称「ゆか」、「ゆったん」、「チロ」
松原夏海(まつばら なつみ、1990年6月19日 - ) 福岡県出身。愛称「なつみ」、「なっつみぃ」
宮澤佐江(みやざわ さえ、1990年8月13日 - ) 東京都出身。愛称「さえ」

チームB [編集]
第3期追加メンバーオーディションにおいて合格(3期生)※浦野・平嶋・昇格メンバーは除く
コーポレートカラーは(青)
浦野一美(うらの かずみ、1985年10月23日 - ) 埼玉県出身。愛称「Miho」、「おかーさん」、「Cindy」
2007年2月チームAより異動
多田愛佳(おおた あいか、1994年12月8日 - ) 埼玉県出身。愛称「あいちゃん」、「ラブたん」
柏木由紀(かしわぎ ゆき、1991年7月15日 - ) 鹿児島県出身。愛称「ゆきりん」、「KY」
片山陽加(かたやま はるか、1990年5月10日 - ) 千葉県出身。愛称「はーちゃん」、「昭和」
小原春香(こはら はるか、1988年4月12日 - ) 広島県出身。愛称「はるちゃん」、「お姫様」、「きゅるるん」
2009年1月24日よりチーム研究生(5期生)から昇格
佐伯美香(さえき みか、1989年10月29日 - ) 栃木県出身。愛称「美香ちぃ」
2008年2月3日より研究生(4期生)から昇格。2009年1月9日より半年間、足の怪我の治療の為活動休業。
指原莉乃(さしはら りの、1992年11月21日 - ) 大分県出身。愛称「さっしー」
2008年8月2日より研究生(5期生)から昇格
田名部生来(たなべ みく、1992年12月2日 - ) 滋賀県出身。愛称「たなみん」
仲川遥香(なかがわ はるか、1992年2月10日 - ) 東京都出身。愛称「なかはる」、「はるゴン」、「はるか」
中塚智実 (なかつか ともみ、1993年6月18日 - ) 埼玉県出身。愛称「ともちゃん」、「クリス」
2009年1月29日よりチーム研究生(5期生)から昇格
仲谷明香(なかや さやか、1991年10月15日 - ) 千葉県出身。愛称「なかやん」
仁藤萌乃(にとう もえの、1992年7月22日 - ) 東京都出身。愛称「もえの」
2008年8月5日より研究生(5期生)から昇格
平嶋夏海(ひらじま なつみ、1992年5月28日 - ) 東京都出身。愛称「なっちゃん」
2007年2月チームAより異動
米沢瑠美(よねざわ るみ、1991年6月6日 - ) 埼玉県出身。愛称「るみちゃん」、「よねちゃん」、「るみ」
渡辺麻友(わたなべ まゆ、1994年3月26日 - ) 埼玉県出身。愛称「まゆゆ」

チーム研究生 [編集]
第2回チーム研究生オーディションにおいて合格(※研究生1期=4期、研究生2期=5期、研究生3期=6期、以下省略)
浅居円(あさい まどか) 滋賀県出身。8期生。
石井彩夏(いしい あやか) 神奈川県出身。8期生。
石田晴香(いしだ はるか、1993年12月2日 - ) 埼玉県出身。5期生。愛称「はるきゃん」
石部郁(いしべ あや) 8期生。
今井悠理枝(いまい ゆりえ)8期生。
岩佐美咲(いわさ みさき、1995年1月30日 - ) 千葉県出身。7期生。愛称「みっきー」、「わさみん」
植木あさ香(うえき あさか) 千葉県出身。8期生。
内田眞由美(うちだ まゆみ、1993年12月27日 - ) 東京都出身。5期生。愛称「うっちー」
大家志津香 (おおや しづか、1991年12月28日 - ) 福岡県出身。4期生。愛称「しーちゃん」
郭グレース(かく ぐれーす) 8期生。
菊地あやか(きくち あやか、1993年6月30日 - ) 東京都出身。7期生。愛称「あやりん」、「きくぢ」。元チームB(3期生、2008年8月14日付解雇)。
小松瑞希(こまつ みずき) 8期生。
小水七海(こみず ななみ) 8期生。
小森美果(こもり みか、1994年7月19日 - ) 愛知県出身。7期生。愛称「みかぽん」
坂本莉央(さかもと りお) 8期生。
佐藤すみれ(さとう すみれ、1993年11月20日 - ) 埼玉県出身。7期生。愛称「すーちゃん」
佐野友里子(さの ゆりこ) 8期生。
杉山未来(すぎやま みく) 8期生。
鈴木紫帆里(すずき しほり、1994年2月17日 - ) 神奈川県出身。7期生。愛称「しほりん」
鈴木まりや(すずき まりや、1991年4月29日 - ) 埼玉県出身。7期生。愛称「まりやんぬ」
冨手麻妙(とみて あみ)神奈川県出身。8期生。
西川七海(にしかわ ななみ)8期生。
野中美郷(のなか みさと、1991年4月20日 - ) 神奈川県出身。6期生。愛称「みい」、「もなか」、「みちゃ」
林彩乃(はやし あやの、1993年5月31日 - ) 東京都出身。7期生。愛称「あやのん」
前田亜美(まえだ あみ、1995年6月1日 - ) 東京都出身。7期生。愛称「あーみん」
松井咲子(まつい さきこ、1990年12月10日 - ) 埼玉県出身。7期生。愛称「さきっぺ」、「さきちゃ」
三木にこる(みき にこる) 千葉県出身。8期生。
村中聡美(むらなか さとみ、1988年6月5日 - ) 千葉県出身。8期生。愛称「さとみん」。元4期生。
[アーティスト名] AKB48
[タイトル] 涙サプライズ! [CD-Rip]
[CD番号] KIZM-33
[発売日] 2009-06-24
1 涙サプライズ!/ AKB48
2 初日/ team B
3 FIRST LOVE 〜BONUS TRACK〜/ 小野恵令奈
4 涙サプライズ!(off vocal ver.)/ AKB48
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近藤真彦 THE BEST [Disc 1]

img10031035348.jpg近藤 真彦(こんどう まさひこ、1964年7月19日 - )は、ジャニーズ事務所所属の歌手・俳優、であり、同事務所の取締役でもある。 血液型O型。ニックネームはマッチ(名付け親は事務所の先輩松原秀樹)。 神奈川県横浜市瀬谷区生まれ、大和市育ち。 大和市立渋谷中学校、明治大学付属中野高等学校夜間部卒業。同級生に野々村真、野村義男などがいる。

また、レーシングチーム「KONDO Racing」を運営する株式会社エムケイカンパニーの、代表取締役社長兼チーム監督としての顔も持つ。

参加ユニット [編集]
たのきんトリオ
J2000
MATCHY with QUESTION?

来歴 [編集]

タレント活動 [編集]
1979年10月、TBSのドラマ、『3年B組金八先生』の生徒役でデビュー。同じく生徒役だった田原俊彦、野村義男とともに「たのきんトリオ」として活躍。その後ソロ歌手デビューし、1980年代を代表する男性トップアイドルとして君臨し、ザ・ベストテンやザ・トップテンなどの歌謡番組を中心に活躍した。1981年、1983年のブロマイド年間売上成績で第1位を獲得。また、ファンによる数々の“親衛隊”も誕生(代表的なグループは「卑弥呼」)。 そして、ステージ用の応援コールとして「G・U・T・Sこんどーまさひこアダルトタッチのセクシーボーイ ま〜っさひ〜こ〜」という有名なフレーズも作られた。また男性アイドルとしてはめずらしく、同年代の男性ファンも多く獲得、歌手活動と並行してテレビドラマや映画などで俳優としても活躍した。

2005年末にデビュー25周年を迎え、ソロとしては7年7ヶ月ぶりに新曲「挑戦者」をリリース(楽曲提供ロクセンチ)し、芸能界への復帰を宣言。復帰の第一弾として25周年記念ディナーショーを開催し、歌手としては約7年ぶりにファンの前に姿を現した(鹿児島、東京公演では少年隊がゲスト出演)。同年以降のジャニーズ年越しライブにもスペシャルゲストとして参加している。ジャニーズ事務所では一番の年長者である。

2007年5月9日に発売されたLIVE DVDについては、映像作品では1987年3月30日付にビデオ『OH!ROCK'A MONO』で獲得して以来、実に20年2か月ぶりの1位獲得となった。2006年9月1日放送の「金曜エンタテイメント『内田康夫旅情サスペンス 岡部警部シリーズ〜倉敷殺人事件〜』(フジテレビ系)では「ドンウォリー!」以来のドラマ主演を務め、シリーズは2007年8月31日に第2弾として『〜多摩湖畔殺人事件〜』2008年9月5日に第3弾として『〜十三の墓標〜』が放送された。

ジャニーズの後輩達に関しては、本来は同じ芸能界で活動するライバルなので、厳しくしなければならないが、自分が一番の年長者で、歳も離れているので、慕ってくればつい優しくしてしまうと発言している。なお、親しい間柄の後輩は東山紀之、木村拓哉、堂本光一と雑誌で語った。

芸能記者同士の座談会などで応対の良い有名人の一人に良くあげられている。その理由として、後述のレース活動が大きく影響しているからだといわれている。


レース活動 [編集]

ドライバー [編集]
1984年に富士フレッシュマンレース(現・富士チャンピオンシップレース)に参戦したのを皮切りに、「日本一速い男」の愛称を持つレーサーの星野一義のもとでレース活動を始め、1988年から1993年にかけては全日本F3選手権に参戦。

1994年には全日本GT選手権(現・SUPER GT)にポルシェ962CのGTカー仕様で参戦し、第3戦(富士スピードウェイ)で、ベテランドライバーであるチームメイトのアンソニー・レイドとともに全日本選手権初優勝を飾る。その後も、ル・マン24時間レースやフォーミュラ・ニッポンなどを中心に活躍し、多くの上位入賞を飾った。


オーナー兼監督 [編集]
2000年に自らのレーシングチーム「KONDO Racing」を設立。以後の監督としての活動の詳細はKONDO Racingの項を参照のこと。2006年からは、念願であったKONDO RacingによるSUPER GTへの日産・フェアレディZで参戦を開始した。その後、2008年に日産・GT-Rに車両変更して現在も参戦中。

2007年にはSUPER GT第4戦(マレーシア・セパンサーキット)にて、KONDO Racingとしての劇的な初優勝を飾る。2008年もセパンサーキットで優勝し連覇を達成したのに続き、フォーミュラ・ニッポン第7戦(富士スピードウェイ)でも8年目にして初優勝を達成した。2009年は世界的な景気後退の影響を受けてフォーミュラ・ニッポンへの参戦は休止するが、SUPER GTには引き続き参戦する。2009年SUPER GT第1戦(岡山)にて、豪雨を制しみごと国内初優勝を飾った。

現在はチームオーナー兼監督業をメインにしているが、ミッレミリアやスーパー耐久への参戦などドライバーとしても活動を継続している。2007年7月にはスーパー耐久の一戦である十勝24時間レースに「FINA GSX ADVAN M3」チームの助っ人として出場し、ST3クラスでクラス優勝を果たした。


評価 [編集]
全日本GT選手権では優勝を飾る他数々の入賞経験があるなど活躍を見せたが、若手ドライバーの登竜門の全日本F3選手権での優勝経験がない他、1995年から2000年まで参戦した全日本F3000選手権 → フォーミュラ・ニッポンと続く国内トップフォーミュラにおいては、荒天で大荒れのレースとなった1996年の最終戦に6位入賞したのが唯一のポイント獲得であり、トップフォーミュラのドライバーとしては目立った実績は上げることはなかった(なお、F3・F3000クラスのフォーミュラでの優勝経験がない国内トップクラスのドライバーは、土屋圭市など他にも多数いる)。

ただ、当初は「芸能人の道楽」と冷ややかな視線を送られたにも関わらず、結果だけでしか評価されないレース活動を続ける中で、地道に努力しプロのレーシングドライバーでも難しい全日本GT選手権における優勝やフォーミュラ・ニッポンでの入賞など、プロのレーシングドライバーに伍する結果を出していった様子を評価する向きも徐々に増えていき、現在ではプロのレーシングドライバーと並び日本のレース界の中枢で存在感を持つ存在となった。

1995年に日産自動車のワークス・チームであるNISMOからエントリーしたル・マン24時間レースに於いては、他のマシンが600馬力、6速シーケンシャルシフト等が当然の様に装備された準レーシングカー的なマシンが跋扈する中、最大出力が450馬力程度のHパターン5速ミッションと非力で、しかも空力的にも必ずしも良いとは言えないNISMO GT-R LMというマシンながら、レース中降り続いた雨の中極めて安定した走りを続けた。そして最終的に総合10位に食い込む大健闘を見せ、彼のレーシングドライバーとしての評価を決定する事となる。当時NISMOの監督であった水野和敏は、「芸能界の仕事が無かったらうちで開発ドライバーに起用したい」とまで公言している。[要出典]

過去に岩城滉一やヒロミ、三原じゅん子や夏木陽介など、芸能活動の傍らモータースポーツ活動を行った芸能人は少なくないが、その多くが全日本選手権クラスのレースにおける優勝はおろか、上位入賞すらままならないまま消えていく中で、全日本選手権クラスのレースにおける優勝や上位入賞という高い結果を出していた近藤のレースへの取り組み方は、他の「芸能人ドライバー」たちと比べ、群を抜いていることは確かである。そういったこともあり、「サーキット上ではアイドルの『マッチ』ではなくレーサー『近藤真彦』なので『マッチ』と呼ばないでほしい」と述べたこともある。

また、四半世紀以上に渡り日本の4輪モータースポーツに関わり続け、バブル景気崩壊後や、2008年以降の世界同時景気後退後に大口スポンサーの撤退が相次ぎ国内トップカテゴリーの参戦台数が減少する中で、地道に独自スポンサーを獲得してレース活動を継続してきた点も評価されたほか、「KONDO Racing」設立以後は、レーシングチームの監督としての采配を高く評価されるケースも増えている。


レース界での交友関係 [編集]
レース界でも交友関係は広く、レーサーとしての近藤の師匠的存在である星野一義はもちろんのこと、土屋圭市や鈴木亜久里、脇阪寿一とは仲が良い。

またかつてのチームメイトとして片山右京、木下隆之、影山正彦、鈴木利男、竹内浩典など、監督とドライバーとしてエリック・コマス、土屋武士、道上龍、立川祐路、金石勝智、荒聖治、山本左近、ロニー・クインタレッリといった面々とも仲がよく、交友関係は幅広い。2006年から監督としてのSUPER GT参戦が決まった際には星野や長谷見昌弘の同じ日産陣営の監督らに大歓迎された。


F1中継 [編集]
フジテレビのF1中継(F1グランプリ)に1989年日本グランプリでレポーターとして登場し、数年間務めた。その後、2003年からF1中継のレギュラー解説者を務めている。当初はF1ファンから解説に対して批判的な意見も多かったものの、その後現役のレーシングチーム監督としての分析を巧みに取り入れた解説スタイルを取ってからは、一定の評価を受けている[要出典]。


その他 [編集]
かつては歌手の中森明菜と熱愛交際をしていたことも有名で、1989年7月11日に中森が近藤の自宅マンションで自殺未遂事件を起こしたこともあった。
2004年8月4日の午前和歌山県白浜町の白良浜沖でゴムボートから転落して溺れていた当時小学2年生の男児を近藤が水上バイクで近づいて「大丈夫だ、お兄ちゃんが助けてやる」と海に飛び込み救助。近藤は名前も言わずその場を去ったが、少年の父親は後で救助してもらった人物が近藤だったことを知った。ちなみに、この事故の朝日新聞の見出しは「人命救助さりげなく」であった。
[アーティスト名] 近藤真彦
[タイトル] 近藤真彦 THE BEST [Disc 1]
[CD番号] 50DH-666
[発売日] 1987-06-04
1 スニーカーぶるス〜
2 ヨコハマ・チーク
3 ブルージーンズメモリー
4 ギンギラギンにさりげなく
5 情熱☆熱風 せれなーで
6 ふられてBANZAI
7 ハイティーン・ブギ
8 ホレたぜ!乾杯
9 ミッドナイト・ステーション
10 真夏の一秒
11 ためいきロ・カ・ビ・リー
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2009年06月24日

海の青 〜Singles And More〜

song_img1.jpg大山 百合香(おおやま ゆりか、1984年5月20日 - )は、日本の歌手。

鹿児島県奄美群島沖永良部島出身。2005年、ソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズよりデビュー。

神村学園高等部音楽科、専門学校東京ミュージック&メディアアーツ尚美ヴォーカル学科卒。

2009年3月活動休止を発表。

ディスコグラフィ [編集]

シングル [編集]
海の青 空の青(2005年4月27日)
ブーゲンビレア(2005年8月10日)
星の歴史 feat. U-DOU&PLATY(2006年4月12日)
さよなら(2006年8月23日)
春色(2007年3月7日)
夏のしずく(2007年7月25日)

アルバム [編集]
KIND OF BLUE(2006年10月18日)
6 tear drops(2007年12月5日)
Make On The Holiday Presents「COVERS FOR LOVERS 〜Yurika Sings J Love Songs〜」(2008年4月23日)
海の青 〜Singles And More〜(2009年3月18日)

タイアップ [編集]
曲名 タイアップ
ブーゲンビレア テレビ東京系アニメ「冒険王ビィト」エンディングテーマ
小さな恋のうた エースコック「スープはるさめ」CMソング
夏のしずく 松竹配給アニメ映画「河童のクゥと夏休み」主題歌
光あるもの BS hi「関口知宏の中国鉄道大紀行 〜最長片道ルート36000kmをゆく〜」テーマソング
夢×夢 テレビ東京系アニメ「デルトラクエスト」エンディングテーマ
ミッション 「REENAL by Resona Bank 2007」タイアップ曲
話さずにはいられない BS hi「関口知宏の中国鉄道大紀行 〜最長片道ルート36000kmをゆく〜」挿入歌


ラジオ [編集]
大山百合香のSEA OF LOVE(FM AICHI、2008年4月〜2008年6月29日 )

関連項目 [編集]
MONGOL800:「小さな恋のうた」のカバー及び「さよなら」の作詞
ザ・コブラツイスターズ:「サクラサク」のカバー
戸田恵梨香:「さよなら」「春色」のPVに出演
GAKU-MC:「春色」の作詞
蒼井そら:「木枯しに抱かれて」のPVに出演

外部リンク [編集]
公式サイト
KIND OF BLUE(公式ブログ)
大山百合香がセレクトしたプレイリスト10曲(MUSICSHELFインタビュー)
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E7%99%BE%E5%90%88%E9%A6%99" より作成
[アーティスト名] 大山百合香
[タイトル] 海の青 〜Singles And More〜
[CD番号] AICL-2001
[発売日] 2009-03-18
1 永良部の子守唄 〜short Version〜
2 海の青 空の青
3 小さな恋のうた
4 さよならなんて言わない
5 光あるもの
6 春色
7 星の歴史 feat.U-DOU&PLATY
8 ミッション
9 会いたい
10 ブーゲンビレア
11 夏のしずく
12 月あかり 〜Full Moon Version〜
13 夢×夢
14 サクラサク
15 さよなら
16 永良部の子守唄 〜Instrumental〜
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スピリット

v6.bmpV6(ブイシックス)は、日本のアイドルグループ。所属事務所はジャニーズ事務所、レコード会社はエイベックス所属。

メンバー [編集]
20th Century
坂本昌行(さかもと まさゆき、1971年7月24日 - O型)
長野博(ながの ひろし、1972年10月9日 - A型)
井ノ原快彦(いのはら よしひこ、1976年5月17日 - A型)
Coming Century
森田剛(もりた ごう、1979年2月20日 - A型)
三宅健(みやけ けん、1979年7月2日 - O型)
岡田准一(おかだ じゅんいち、1980年11月18日 - B型)

解説 [編集]
年長組3人を「20th Century(トゥエンティース・センチュリー、通称:トニセン、TC)」、年少組3人を「Coming Century(カミング・センチュリー、通称:カミセン、CC)」として、独立した活動も行っている。
“次世紀”という意味の「カミセン」の名は、CDデビュー時から存在したが、対する年長組には名前がなかなか付かず、当初は仮称として「V6アダルトチーム」・「V6ヤングチーム」という風に分けられていた。しかし、楽屋裏で居合わせた近藤真彦がジャニー喜多川にアダルトチームへの命名を進言した事がきっかけで、カミセンの21世紀に対し“20世紀”を意味する「20th」と命名。その後カミセンに合わせて“Century”の文字を付け、「20th Century」の名に落ち着いた。グループの愛称も、ジャニー喜多川が“20th”の発音である“トゥエニース”を更に縮め、「トニセン」と命名した。
「V6」の“V”には、バレーボール、ビクトリー、バーサス、ベテランなど、20〜30もの意味が存在する。また、広東語名では「勝利六人組」という表記をされている。
グループとしての音楽活動・バラエティ番組出演のほか、ドラマや映画・舞台、またそれぞれのソロ活動も活発に行っている。
V6は当初1年限定のユニットだったという(井ノ原談)。
メンバー全員バック転ができる。
デビューしてからリミックスアルバムをリリースしたことは1度もないが、シングル曲のほとんどはアルバム収録の際にアレンジされている。
近年、所属レコード会社のエイベックスが、アニメ制作や音響に力を入れていることなどから、アニメの主題歌を担当することが比較的多い。

来歴 [編集]
1994年12月の発足以来プロ化を目指していた日本バレーボールの「Vリーグ」に乗じ、1995年秋にフジテレビ主催で行われた『バレーボールワールドカップ』のイメージキャラクターとして新しいグループが作られる事が、1995年8月に発売されたアイドル雑誌『Myojo』の1995年10月号にて初めて発表される。その時のグループ名表記は「Vsix」で、メンバーもまだ候補段階であり、初代の「ジャニーズSr.」として既にNHK-BS2『アイドルオンステージ』でも活躍していた、坂本昌行・長野博・井ノ原快彦・佐野瑞樹・原知宏・喜多見英明の6名となっている。 その後、佐野・喜多見の替わりに、「剛健コンビ」と呼ばれていた森田剛と三宅健が正式に加入。この6名で、同年9月4日に六本木のディスコ「ヴェルファーレ」にて、新グループ「V6」としてのデビュー記者発表が行われた。
その後、ジャニー喜多川が、更にV6の中で年上チームと年下チームに二分する事を考案。そこで、原知宏は元々Sr.の出身で、年下チームに入れるには身長も高すぎるという事で、日本テレビ『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』内のオーディションコーナー「ジャニーズ予備校」出身の岡田准一と木村伸一、更に「J-eleven」出身の大野智という3名の候補者が浮上。大野に関してはデビュー曲のカップリング『Theme of Coming Century』のレコーディングにまで参加していたが、最終的には岡田がメンバー入りする事に決定。ここで初めて現在のメンバー構成となった。
1995年11月1日、『MUSIC FOR THE PEOPLE』でCDデビュー。デビューイベント「SING FOR THE PEOPLE」を成功させた。また、イメージキャラクターを務めた『バレーボールワールドカップ』では大会中継や、V6主演のタイアップドラマ『Vの炎』に出演する事で知名度を高めていった。ドラマ撮影時は合宿生活までしている。
当初はユーロビートの楽曲(主にデイブ・ロジャースのカバー)を歌っていたが、1997年『愛なんだ』からポップス路線に転換。
1998年、森田が『24時間テレビ 「愛は地球を救う21」いま、始めよう』において、チャリティーランナーに選ばれ、100kmマラソンを完走。
2000年、夏のコンサートでさいたまスーパーアリーナのこけら落し公演を行う。
2000年8月19日〜8月20日『24時間テレビ 「愛は地球を救う23」がんばる…君のために!』にてメインパーソナリティを務める。
2001年、台北で、日本人としては初めて、3日間連続公演を、同年10月、カミセンがアジアコンサートを行った。
2002年、韓国の『ドリームコンサート2002』に日本人として初出演する。また井ノ原は自らの原案による映画『ピカ☆ンチ LIFE IS HARDだけどHAPPY』に出演した。
2003年、カミセン主演映画『COSMIC RESCUE』公開。
2004年、映画『サンダーバード』で日本語吹き替え版の声優を担当。
2005年デビュー10周年。秋には、V6主演映画『ホールドアップダウン』が全国で公開された。ミュージアム「V6 10th ANNIVERSARY MUSIUM」が期間限定でオープンする。全国ツアーと共に6大都市で握手会を行った。
2006年、SUMMER LIVE 2006 『グッデイ!!』を8月3日の国立代々木競技場 第一体育館をはじめとして9月3日の大阪城ホールまで全国7ヶ所でコンサートを行った。また、このコンサートでデビューから通算500万人を動員した。

ディスコグラフィー [編集]
タイアップについてはジャニーズ タイアップ一覧#は行を参照。

CDシングル [編集]
MUSIC FOR THE PEOPLE(1995年11月1日)
MADE IN JAPAN(1996年2月14日)
BEAT YOUR HEART(1996年5月29日)
TAKE ME HIGHER(1996年9月16日)
愛なんだ(1997年1月20日)
本気がいっぱい(1997年4月3日)
WAになっておどろう(1997年7月9日)
GENERATION GAP(1997年11月6日)
Be Yourself!(1998年3月11日)
翼になれ(1998年7月15日)
over/EASY SHOW TIME(1998年11月11日)
Believe Your Smile(1999年3月31日)
自由であるために(1999年5月12日)
太陽のあたる場所(1999年7月14日)
MILLENNIUM GREETING(2000年2月2日)
IN THE WIND(2000年5月10日)
CHANGE THE WORLD(2000年10月25日)
愛のMelody(2001年2月28日)
キセキのはじまり/SHδDδ(Coming Century)(2001年6月20日)
出せない手紙(2001年8月29日)
Feel your breeze/one(V6 feat. Shoo (S.E.S.))(2002年6月12日)
メジルシの記憶(2003年3月19日)
Darling(2003年5月28日)
COSMIC RESCUE/強くなれ(2003年7月2日)
ありがとうのうた(2004年3月24日)
サンダーバード-your voice-(2004年8月4日)
UTAO-UTAO(2005年6月22日)
Orange(2005年10月12日)
グッデイ!!(2006年6月14日)
HONEY BEAT/僕と僕らのあした(2007年1月31日)
ジャスミン/Rainbow(2007年5月23日)
way of life(2007年12月12日)
蝶(2008年5月28日)
LIGHT IN YOUR HEART/Swing!(2008年9月17日)
スピリット(2009年6月17日)

20th Century [編集]
WISHES〜I'll be there〜/You'll Be in My Heart(Marsa Sakamoto)(1999年11月25日)
Precious Love(2000年9月20日)
オレじゃなきゃ、キミじゃなきゃ(2008年3月26日)

Coming Century [編集]
夏のかけら(1998年5月27日)
MiMyCEN(MiMyCEN名義/インディーズレーベル「Rhythm REPUBLIC」より発売)(2001年9月19日): バンド形式である。

DVDシングル [編集]
VIBES(2008年7月30日)

CDアルバム [編集]
SINCE 1995 〜 FOREVER(1996年8月5日)
NATURE RHYTHM(1997年8月13日)
A JACK IN THE BOX(1998年8月5日)
"LUCKY" 20th Century, Coming Century to be continued...(1999年8月18日)
"HAPPY" Coming Century, 20th Century Forever(2000年8月9日)
Volume 6(2001年8月1日)
seVen(2002年7月31日)
∞ INFINITY 〜LOVE & LIFE〜(2003年8月6日)
musicmind(2005年11月1日)
Voyager(2007年9月12日)

CDミニアルバム [編集]
GREETING(1996年12月2日)
SUPER HEROES(1998年2月11日)

CDアルバム(ベスト) [編集]
Very best(2001年1月1日)
Very best II(2006年8月2日)

CDアルバム(その他) [編集]
「COSMIC RESCUE」オリジナル・サウンドトラック(2003年7月9日)

20th Century [編集]
ROAD(1997年9月10日)
! -attention-(1998年9月30日)
Replay〜Best of 20th Century〜(2004年2月4日)

Coming Century [編集]
Best of Coming Century 〜Together〜(2002年12月11日)
Hello-Goodbye(2009年7月29日)

6V (ロクボルト) [編集]
6V 感電ビリビリRemix(2000年12月、詳細は「6V」の項目を参照)

DVD [編集]
LIVE FOR THE PEOPLE(2000年9月27日) ※ビデオは1996年3月21日
Film V6〜CLIPS and more(2000年9月27日) ※ビデオは1997年3月5日
SKY(Coming Century)(2000年9月27日) ※ビデオは1997年9月10日
SPACE-from V6 Live Tour '98-(2000年9月27日) ※ビデオは1998年6月17日
?-question-(Coming Century)(2000年9月27日) ※ビデオは1998年9月30日
Film V6 actII〜CLIPS and more(2000年9月27日) ※ビデオは1999年2月10日
VERY HAPPY!!!(2001年3月22日)
Film V6 act III-CLIPS and more-(2002年1月17日)
LIV6(2002年10月30日)
LOVE&LIFE 〜V6 SUMMER SPECIAL DREAM LIVE 2003〜(2004年5月26日)
Film V6 act IV -DANCE CLIPS and more-(2005年3月9日)
Film V6 act IV -BALLAD CLIPS and more-(2005年3月9日)
Very best LIVE -1995〜2004-(2005年3月9日)
10th Anniversary CONCERT TOUR 2005 “musicmind”(2006年3月1日)
V6 LIVE TOUR 2007 Voyager -僕と僕らのあしたへ-(2008年2月13日)
V6 LIVE TOUR 2008 VIBES(2009年1月7日)
20th Century LIVE TOUR 2008 オレじゃなきゃ、キミじゃなきゃ(2009年2月11日)
[アーティスト名] V6
[タイトル] スピリット
[CD番号] AVCD-31695
[発売日] 2009-06-17

1 スピリット (Spirit)
2 CHANCE!
3 明日の傘 (Ashita no Kasa)
4 どうかよろしく。 (Douka Yoroshiku.)
5 スピリット(Karaoke)
6 CHANCE!(Karaoke)
7 明日の傘(Karaoke)
8 どうかよろしく。(Karaoke)
9 スタートライン (Star Line) - 20th Century
10 Desert Eagle - Coming Century
11 red - 20th Century
12 Are you ready tonight? - Coming Century
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2009年06月23日

one night trip EP [秋限定生産盤]

SEISYUN.jpg阿部芙蓉美(あべ ふゆみ、1983年2月 - )は、日本のシンガーソングライター・歌手。北海道稚内市出身[1]。身長170cm。

概要 [編集]

略歴 [編集]
2001年、専門学校へ入学するため上京。

2003年、作曲家として活動する谷本新と学校の講義で出会い[2]、デモテープの制作を開始する。

2004年8月、東京都内のライブハウスやストリートで活動するようになる。

2005年4月、新宿駅西口へストリートライブの場所を移し、アコースティックギター弾き語りの演奏スタイルを始める。当時自主制作で販売していた6曲入CDは11月末までに1,000枚手売りで完売する。

2007年3月、ミニアルバム『ミニアルバム』でCDデビュー。6月、シングル「群青」でFOR LIFE MUSIC ENTERTAINMENTよりメジャーデビュー。

2008年、初のフルアルバム『ブルーズ』を発表。


音楽性 [編集]
幼い頃から身近に流れている音楽に触れたのが音楽に興味を持ったきっかけ[2]。他にサラ・マクラクランやコールドプレイなどを好きなアーティストとして挙げている。

ウィスパーボイスの歌声が特徴。もともと声量が小さく腹式発声が苦手なため、谷本のアドバイスによって現在の歌い方を確立させた[2]。楽曲は、全ての曲において自ら作詞を行っている。シンガーソングライターとして作曲も行っているが、谷本と共同での作曲もしくは谷本からの楽曲提供の場合が多い。また、2008年にはCMソングとして「moon river」で初めてカバー曲を発表した。「群青」や「trip -うちへかえろ-」など、楽曲によってはPVにおいて自らアコースティックギターを弾きながら歌うこともある。

音楽性は広告業界をはじめとした著名人から評価が高い。映像作家の牧鉄馬は『黄桜』のCMソングのスキャットに阿部を起用して以降は自らがPVの監督を手掛けており、また広告クリエイター集団である「風とバラッド」に在籍するコピーライターの箭内道彦やシングル「青春と路地」の制作にも携わった中村聖子らにも評価を得ている[3]。広告業界以外にも、作家の石田衣良は阿部の歌声を「多くの人の心を結ぶ、細いけれど強くしなやかな懸け橋のよう」[4][5]とコメントしており、アルバム『ブルーズ』発売時には女優の永作博美も「美しいアルバム」[5]とコメントを寄せている。


ディスコグラフィー [編集]

シングル [編集]
群青(2007年6月20日)
青春と路地(2007年11月7日)
開け放つ窓/なみだは乾かない(2008年3月5日)
ワン ナイト トリップ EP(2008年9月10日)

アルバム [編集]
ブルーズ(2008年4月30日)
期間限定生産盤DVD付
planetary:黄桜「小林繁・江川卓対談編」CMソング

インディーズミニアルバム [編集]
ミニアルバム(2007年3月7日)

インディーズ配信限定シングル [編集]
あたためてやるよ(2006年3月22日)

出典 [編集]
[ヘルプ]
^ タナカヒロシ (2008-04-30). "阿部芙蓉美 インタビュー". So-net Music. 2008年9月17日 閲覧。
^ a b c 平賀哲雄. "hotexpress 阿部芙蓉美 インタビュー". hot express. 2008年9月17日 閲覧。
^ "阿部芙蓉美、各界の著名人をとりこに". BARKS (2008-03-23). 2008年9月17日 閲覧。
^ "excite MUSIC 音楽関連ニュース 直木賞作家から支持されるシンガーとは?". excite MUSIC (2008-03-06). 2008年9月17日 閲覧。
^ a b アルバム『ブルーズ』CDパッケージ貼付シール記載コメント文より。

外部リンク [編集]
所属事務所による公式サイト
FORLIFE MUSIC ENTERTAINMANTによるアーティストページ
阿部芙蓉美 - MySpace
[アーティスト名] 阿部芙蓉美
[タイトル] one night trip EP [秋限定生産盤]
[CD番号] FLCF-4252
[発売日] 2008-09-10
1 trip-うちへかえろ-
2 journey(english version)
3 moon river
4 みんなのブルーズ
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110100001011101
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KANSHA feat.WISE, May J. May J.

26951_1.jpgThe New Classics(ザ・ニュークラシックス)はAsu(アアス)・Greg(グレッグ)・Kaz(カズ)からなる日本のR&B/HIP HOPボーカルユニット。所属事務所はBMI。

ディスコグラフィ [編集]

ミニ・アルバム [編集]
BIRTH(2008年10月15日)

シングル [編集]
冬桜(2009年1月14日)
KANSHA feat. WISE, May J.(2009年6月17日)

出演 [編集]

テレビ [編集]
「MUSIC FAIR」(フジテレビ系) - 2009年3月21日
「サタ★テン」(NHK名古屋系) - 2009年6月6日

外部リンク [編集]
The New Classics 公式サイト
The New Classiccs Time 公式ブログ
The New Classics - MySpace

[アーティスト名] The New Classics
[タイトル] KANSHA feat.WISE, May J. May J.
[CD番号] CRCP-10224
[発売日] 2009-06-17
1 KANSHA feat.WISE,May J.
2 あなたへのMessage
3 友達ソング
4 KANSHA feat.WISE,May J.(Instrumental)
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110100001001100
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2009年06月22日

TAKUI NAKAJIMA Anniversary 1999-2008 BEST YOURS

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中島卓偉(TAKUI)(なかじま たくい、1978年10月19日 - )は、日本の歌手。福岡県古賀市出身。本名は同じ。血液型はA型。

来歴 [編集]
1994年中学卒業と同時に単身上京。新聞配達をしながら音楽専門学校に通い、そこで知り合った者とバンド『MAGGIE MAE』を結成。 バイトとバンドを続けデビュー直前までいくが1998年に解散。 1999年にTAKUIとして、ソニー・ミュージックエンタテインメントよりシングル「トライアングル」でデビュー(作詞・作曲は本名のまま)。 2000年コロムビアミュージックエンタテインメントに移籍し、アルバム「NUCLEAR SONIC PUNK」等をリリース。 2003年のコロムビアとの契約終了後、インディーズでのアルバム「POWER TO THE MUSIC」を経て2004年よりゼティマに移籍。 2006年3月、歌手名義をTAKUIから本名の中島卓偉に改名。


人柄 [編集]
尊敬する人は亡父(大学教授・アメリカ文学専攻)。そのため、腕に父が生前好きだった白いバラと父へのメッセージの刺青を入れている。また、インディーズ期には「白い薔薇」という曲も作っている。
メジャーデビューシングル「トライアングル」の初めて稼いだ印税にてその刺青を入れた。
父からの誕生日やクリスマスのプレゼントはビートルズのレコードであり、音楽に興味を示す大きなきっかけとなった。しかし、音楽の道を選んだTAKUIに父は大反対をした。学生時代のTAKUIは、意外にも学校の音楽の成績は良くなかった。また父の著作した本のうち一冊の表紙の絵を幼き日の卓偉が描いている。
インディーズでのバンドが軌道に乗りはじめた時、それに伴う費用の捻出のため新聞配達以外にもバイトを1ヶ月以上休まず毎日続けたことがある。それでも出費に追いつかず食費などを削ったため、激痩せ、栄養失調で数度倒れてしまったことがある。バイトの際に履歴書に書いた言葉が「稼ぎまくりたい。」であった。なお、このフレーズは「BABY, GO FOR IT」という曲にも使われている(SWANKY GOD POP1曲目収録)。
掃除業、看板持ち、カラオケ店、テイッシュ配り、古着屋など、数々のバイトを経験してきたが、最もきつかったものが、一番始めに行った新聞配達であったという。新聞配達のバイトをしている時に一晩中見張りをし、新聞泥棒を捕まえたことがある。
スキマスイッチの常田真太郎は、TAKUIと同じ音楽専門学校である(常田のほうが学年では一つ上だが、TAKUIは中学卒業後に常田は高校卒業後の入学であり、TAKUIのほうが1年早く卒業しているため面識は無いと思われる)。なお、夕方からの新聞配達や新聞集金の関係で午後の授業に出られないことも多かった。
ミュージシャンの前には美容師を目指していたこともありデビューしてからもしばらくは自分の髪は自分で切っていた。(音楽に目覚めた時には「他人の髪を切ってる場合じゃない。」と奮起した。)
誕生日とは祝ってもらう日ではなく、生んで育ててくれた親に感謝する日だと公言している。今でも自分の誕生日になると郷里の母親に電話をして感謝の意を伝えるらしい。
TAKUI名義の時代から作詞作曲のクレジットは本名だった。理由は、変わった名前であるゆえにTAKUIのままだと「本名?」といちいち訊かれて面倒くさかったため。インディーズの頃には女性と間違われることもあったためTAKUI♂と表記していることもあった。
ゼティマレーベル移籍後に、つんく♂と共作で元モーニング娘。の安倍なつみに「鳴り止まないタンバリン」というシングルを提供する話があったが、安倍の盗作事件など諸事情により無期延期となってしまった。その後、2008年12月10日発売の安倍のベストアルバム「安倍なつみ 〜Best Selection〜 15色の似顔絵たち」に収録された。
一番好きなミュージシャンはビートルズ。ファンクラブ名も好きなビートルズから「BEAT & LOOSE」、かつてのバンド名は「MAGGIE MAE」(ビートルズの曲名より)であった。さらにTAKUIの通っていた小学校の下校時の音楽もビートルズが流れていた。また、一番会いたい人物は「ジョン・レノン」である。さらにVIVAROCK収録の“LOVE IS BLIND”という曲ではジョンレノンが歌詞に登場する。ポップな曲調に影響され、自分でもよりポップでより伝わりやすい曲を作りたいと思っている。
デビュー初期にはかつてのバンド時代を否定する発言も少なからずあった。またバンド時代からのファンの誤解からくる非難がバンドの中心、ボーカルであったTAKUIに集中した。20's CALBORN収録のDearest Friendsはかつてのバンドのメンバーへの思いを歌ったものである。
アーティストにしては、珍しくシングル曲をアルバムに入れない。(「雪に願いを」、「メッセージ」以外はアルバムに収録されていない。)卓偉曰く「ビートルズのようなアルバムアーティストになりたい。」、「その方が(聞く方にとって)お得だろ?」。しかし、日本で売れるためには、シングルが売れなければならないということで作った曲が「RE-SET」であった(この曲はTAKUIのシングル最高順位を記録)。
レコーディングの前には何十曲も候補曲を持ってきて厳選する。7曲入りのミニアルバムが多いのは、曲数が多いと聞く側が消化不良をおこすことへの配慮である。「SWANKY GOD POP」、「CHUNKY GOD POP」などが7曲というのは「七福神」にもかけてあるとのこと。
自身で自負するほどの努力家。好きな人間のタイプも「努力する人」で、努力する人は必ずどこか輝いているというのが持論。
喉の事を考えて酒も煙草もやらない。インディーズ期の曲に「煙草をすわない僕は」という曲があるほどである。また手洗いうがいも欠かさない。四六時中音楽のことを考え、「それのせいで女性にフラれ続けてきた」とは本人の弁。歌と声のために体調管理にはストイックであり、体力作りのためにマラソンをしている(走るのは学生時代より得意であったとのこと)。そのためか足が非常に細く引き締まっており、本人も自画自賛するほど。
酒に関しては体質的に本当に飲めない。飲むとじんましんが出たり、救急車を呼ぶ羽目になる。また「ギャンブルーレット」というシングルも出しているが本人は賭け事の類も全くやらない。
歌唱力には定評があり、時に「圧倒的」とも表現される。仲の良い友人の西川貴教などは「僕のライバル」と呼ぶ事がある。また、オールナイトニッポンの二部パーソナリティを務めた時、直前の一部の時間のパーソナリティだったaikoが「めっさ歌が上手いです」と紹介した事もあるほど。他にも「NUCLEAR SONIC PUNK」のレコーディングでL.A.に行った時、現地のスタッフに「何故英語で歌わないんだ?英語で歌えばすぐにフー・ファイターズの前座くらい出来るのに」と言われたらしい。
L.A.でのマラソン中に現地の親子に人種差別に関わる侮蔑の言葉を投げかけられた。それについて深く考えた結果生まれた曲が「FAR EASTERN」である。(CHUNKY GOD POP収録)
ZIGGYを中学の文化祭にてコピーし、大絶賛を得た。その後、ZIGGYの森重樹一とは音楽番組での対談、ライブでの共演、「HELLO MY FRIENDS」というシングルではコーラスにも参加してもらっている等、交流は深い。森重樹一自身もTAKUIを「自慢の後輩」と公言している。
KHB東日本放送で毎週木曜日深夜24:15〜24:45に放送されていたローカル番組「裏影」に、「Backyard Shadow」という曲を提供。題名は番組名に由来。2005年9月3日勾当台公園市民広場(仙台市)にて「KHB開局30周年記念 とどけ!みんなの願い地球の願い 裏影祭」のテレビ生放送中に初披露。
ワタシメスラッグに「shiny day」という曲を提供。

ディスコグラフィー [編集]

デモテープ [編集]
OUTSIDER BOYS(MAGGIE MAE)
涙がかれるまで(MAGGIE MAE)
トリプルテンパイ(MAGGIE MAE)
ずっと二人きりで(MAGGIE MAE)
MILK(MAGGIE MAE)
20's CALBORN(TAKUI)

シングル [編集]
トライアングル(1999/10/21)
ギャンブルーレット(2000/02/02)
ピアス(2001/05/23)
FREE FOR FREE(2001/08/22)
Calling You(2001/11/21)
FORK IN THE ROAD(2002/02/20)
RE-SET(2003/07/16)
ひとりになることが怖かった(2005/02/23)
HELLO MY FRIENDS/太陽が沈む前に(2005/06/08)
雪に願いを(2005/11/30)
メッセージ(2006/03/01)
いま君に逢いたいと思うこと(2006/11/01)
明日はきっと風の中(2008/4/29)配信限定シングル
LOVE MERMAID(2008/6/6)配信限定シングル

オリジナルアルバム [編集]
NUCLEAR SONIC PUNK(2000/10/25)
CHUNKY GOD POP(2002/06/19)
SWANKY GOD POP(2003/10/23)
POWER TO THE MUSIC(2004/02/25)
VIVAROCK(2004/09/23)
傘をささない君のために(2006/5/24)
僕は君のオモチャ(2007/05/09)
20's CALBORN(かつてデモテープで発売された物がCD化)
SMILER(2007/11/21)
STARDUST VOX(2008/07/23)

ベストアルバム [編集]
TAKUI NAKAJIMA Anniversary 1999-2008 BEST YOURS(2009/04/22)

DVD [編集]
CRAP THE CLIP 2(2003/05/19)
GOD POP STAR'S END(2003/04/16)
TAKUI TOUR 2003 SUMMER LAMBRETTA BEACH/8・23 日比谷野外音楽堂E(2004/02/04)
TAKUI TOUR 2004 LET'S! POWER TO THE MUSIC IN SHIBUYAu(2004/12/04)
謝恩祭!! TAKUIすべて見せますスペシャル1999-2005 7・18 日比谷野外音楽堂(2005/10/07)
TAKUI PLUGGLESS LIVE vol.1 2005年11月5日 東京キネマ倶楽部(2005/10/07)
TAKUI presents 年越しスペシャルライブ「REBORN THE COUNTDOWN 05-06」 2005年12月31日 Shibuya O-EAST(2006/04/28)
CRAP THE CLIP 3(2006/06/24)
Takui Nakajima Tour 2006「IT'S A NEW WORLD(2006/09/29)
中島卓偉『大人へのお誘い(2006/12/11)
TAKUI NAKAJIMA「2☆☆ROCK SPECIAL」〜ドキュメンタリー&REBORN THE COUNTDOWN 06-07〜(2007/04/06)
TAKUI NAKAJIMA TOUR 2007 「GET OUT TOYBOX TOUR」(2007/10/05)
中島卓偉スペシャル「過去の僕も知って下さい!」2007.09.15 東京キネマ倶楽部(2007.12.23)
the Smilers クリスマス☆オマエが運命!東京NIGHT
LUCKY STARDUST TOUR 2008.9.14 AKASAKA BLITZ
[アーティスト名] 中島卓偉
[タイトル] TAKUI NAKAJIMA Anniversary 1999-2008 BEST YOURS
[CD番号] EPCE-5635
[発売日] 2009-04-22
1 Calling You
2 ピアス
3 TRUE MIND
4 mother sky
5 メッセージ
6 スピカ 〜Looking for my star〜
7 恋の一方通行
8 RE-SET
9 存在
10 FORK IN THE ROAD
11 雪に願いを
12 STAY TOGETHER
13 いま君に逢いたいと思うこと
14 言葉に出来ない
15 NEVER FADES AWAY
16 FREE FOR FREE
17 蜃気楼
18 UP TO DATE
19 PUNK
20 トライアングル
21 イノヴェイター
22 お願い胸騒ぎ
23 HELLO MY FRIENDS
24 ギャンブルーレット
25 BE HAPPY
26 SMILE
27 テレビジョン
28 DRIVE MY LIMO
29 SPARKLE MAN
30 明日はきっと風の中
31 ひとりになることが怖かった
32 100万回生きたねこ(
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2009年06月19日

Re-clammbon 2

img_101297_47363325_0.jpg
クラムボン(Clammbon)は、原田郁子、ミト、伊藤大助の3人による日本のバンド。1996年結成。1999年にワーナーミュージック・ジャパンよりメジャーデビュー。ジャンルに捕らわれない楽曲スタイルが、支持され[要出典]、現在まで7枚のオリジナルアルバムをリリースしている。2003年、コロムビアミュージックエンタテインメントに移籍。

メンバー [編集]
原田郁子(はらだ いくこ、1975年10月20日 - )福岡県飯塚市出身。ボーカル、鍵盤担当。
詳しくは原田郁子の頁を参照のこと。
ミト(みと、1975年5月6日 - )東京都国分寺市出身。ベース、ギター、鍵盤、口笛、その他担当。
バンドリーダー。ソフト・マシーンやCANなどのプログレッシブ・ロックやパンク/ニュー・ウェイヴをこよなく愛する。そのためか、近年の楽曲の中にはどこかプログレッシブ・ロックを連想させる展開やパンキッシュな雰囲気をもつものが多い[要出典]。最近ではSUEMITSU & THE SUEMITHのTHE SUEMITHのベーシストとしても活動している。その昔TM NETWORKのファンで「FANKS」であったこともラジオで公表している(くるりの岸田 繁も同様)[要出典]。両親は以前「カコとカツミ」という名前で音楽活動を行っていた(雑誌『クッキー・シーン』のインタビュー[要出典]にてミト本人が発言)。ラーメン博士の異名を持つほど、ラーメンに精通している。[要出典]
伊藤大助(いとう だいすけ、1975年12月1日 - )北海道札幌市出身。ドラム担当。
ジャズ・ドラマーのような技巧派なドラムを叩く。ある意味、バンドにとって大黒柱的な存在である[要出典]。インタビューではあまり発言しない。読書が趣味で、休みの日は公園で読書をしているらしい[要出典]。

ヒストリー(バンド名義の活動) [編集]

1996年 [編集]
同じ専門学校(専門学校東京コンセルヴァトアール尚美ジャズ・ポップス科(現在の専門学校東京ミュージック&メディアアーツ尚美))に通っていたメンバー3人が、授業内の演奏会でキャロル・キングの「君の友だち」を演奏するために一時的にクラムボンの原型となるバンドを結成[要出典]。演奏会終了後もこのメンバーでオリジナル曲を作り始め、南青山Ojasなどでライブ活動をスタートさせる。[要出典]


1997年 [編集]
恵比寿みるくでのライブがプロデューサーS-Kenの目に止まり[要出典]、後に発売されるS-Kenプロデュースによるコンピレーション『Soup-Up Vol.2』に「どれだけでも」、「森渡り」という2曲のオリジナル曲で参加。


1998年 [編集]
2月25日、ワーナーミュージック・ジャパン内のインディーズ・レーベルマージナル・ラインよりミニアルバム『くじらむぼん』をリリース(ちなみに、このアルバムのテープをミトが青山のライブハウスで高野寛に渡した。以後、彼とは交友を続けていく事になる[要出典])。


1999年 [編集]
3月25日、シングル『はなれ ばなれ』でメジャーデビュー。かつての矢野顕子を彷彿とさせる演奏スタイルやフィッシュマンズの影響がうかがえる浮遊感のあるサウンドが話題となり[要出典]、全国のFM局でヘビーローテーションとなる。同年4月23日には下北沢CLUB Queにて初のワンマンライブ「Que-lammbon」を決行。7月14日には、『くじらむぼん』に収録されていた「パンと蜜をめしあがれ」を再録し、セカンド・シングルとしてリリースした。10月16日、1stアルバム『JP』リリース。同年10月24日からは、このアルバムを引っさげてのツアー「JP JumP JaPan tour」をスタート。主要都市、4ヶ所4公演を行う。アンコールにはメンバー全員が、当時の所属レコード会社WARNER MUSIC JAPANのロゴ入りトレーナー(黄色)に着替えて登場した。最終日となった渋谷公演ではミトが勢い余ってベースを破壊。また、マネージャーであるa.tがギターで参加している。また、観客にテイ・トウワ、高野寛、キリンジ堀込高樹がいた。[要出典]


2000年 [編集]
2月、JR東日本「のんびり小町」のCMに初の書きおろし曲が起用される(同ラジオCMでもオンエアされ、のちに「のんびり」として『残暑』にカップリングとして収録)。3月18日、3000枚限定のアナログ盤『苦楽無凡』をリリース。このアイテムは現在、インターネットオークションなどで高値で取引されている。4月19日には初の両A面シングル『シカゴ/246』をリリース。こちらも全国のFM局や、スペースシャワーTVなどの音楽専門チャンネルでヘビーローテーションとなる。このシングルリリース後、原田が急病のため一時活動停止となるが、同年8月9日発売のシングル『君は僕のもの/090』で活動再開。10月25日には2ndアルバム『まちわび まちさび』をリリース。その後、12月3日からは「clammbon tour 2000 まちわび まちさび」をスタート。前回のツアーで訪れることの出来なかった地方公演も含む全8ヶ所9公演を実施。


2001年 [編集]
5月23日、プロデュースに亀田誠治を迎えた5枚目のシングル『サラウンド』をリリース。(この曲は発表から3年後の2004年に山田優出演のボーダフォン(現ソフトバンクモバイル)のCMソングとなる)。夏に短いツアー(「summer tour 2001」)を挟み、続く8月22日には6枚目のシングル『残暑』をリリース。10月11日、同じくプロデュースに亀田誠治を迎えた3rdアルバム『ドラマチック』をリリース(アルバムのマスタリング作業に立ち会ったのはミトと、ミトから連絡を受けてスタジオに駆けつけた高野寛と坂本美雨の3人[要出典])。前作にまでなかった弾けるようにポップでアバンギャルドな一面が前面に押し出された力強いサウンド[要出典]となっている。11月17日からはこのアルバムを引っさげたツアー「Dramachikers tour'01」をスタート。サポートには、原田が「キーボードの神サマ」と慕う[要出典]皆川真人を迎える。過去最高の15箇所16公演を実施。この頃から様々な音楽雑誌などで「ライブで本質が見えるバンド」などと言われ始める[要出典]。


2002年 [編集]
春にアースデイのライブイベントに出演し、トリを勤める[要出典]。4月23日、過去の楽曲をリ・アレンジしたアルバム『Re-clammbon』をリリース。ゲストに坂本美雨、TOKU、元NUMBER GIRLの田渕ひさ子などが参加。これに伴いツアーRe-clammbon Tourを実施。さらに、7月28日には彼らの夢であった[要出典]日比谷野外音楽堂でのワンマンライブを実現。オープニングでは感激のあまり原田が涙ぐむ一面もあった[要出典]。そして10月23日には4thアルバム『id』を発表。共同プロデュースとしてアダム・ピアースとアンディ・チェイスが参加している。この作品以降、彼らは楽曲製作及びレコーディングを小淵沢での合宿で実施するようになり、シングルのリリースも一切無くなる。


2003年 [編集]
1月22日、4thアルバム『id』を引っさげたツアー「2003 id tour」をスタート。サポートメンバーに皆川真人(キーボード)、福原将宣(ギター)を迎えての5人でのライブ。全6ヶ所8公演を実施。ステージには、2001年のフジ・ロック・フェスティバルでのニール・ヤングのステージセットを手がけたキャンドルジュンによるキャンドルがディスプレイされ話題となった[要出典]。また春には、8ヶ所8公演の「2003 SPRING tour」を実施。その後、レコード会社をコロムビアミュージックエンタテインメントに移籍し、7月13日には2度目の野音ワンマンを決行。大雨の中行われたこのライブは、セットリストを一切決めずに行い、約3時間もの長さになった[要出典]。またこの年、初めてフジ・ロック・フェスティバルにも出演した。同年9月には、チェコのアニメ「クルテク〜もぐらくんと森の仲間たち〜」のオープニング曲に「アホイ!」、エンディング曲に「ドブロノッツ」という楽曲を提供。共に当時未発表の新曲。11月19日、5thアルバム『imagination』発表。テクノ、ジャズ、AORなど、幅広いジャンルの楽曲が並んだ意欲作[要出典]となった。


2004年 [編集]
2月28日、ライブツアー「imagination tour 2004」をスタート。4ヶ所4公演。携帯電話の着メロを演出の一つにするという試み(鬼サウンド)を実施[要出典]。5月8日、imagination tour 04〜cjammbon & clammbon」をスタート。二部構成のライヴで一部はクラムボン、二部はcjammbonという内容であった[要出典]。その後、7月17日には大阪、7月19日には日比谷野外音楽堂でライブ。その後も様々のサマー・フェスティバルに参加。この夏以降、メンバーはソロ活動に入ることになるが、12月19日にはリキッドルーム恵比寿にて、矢野顕子との対バンを実現させている。


2005年 [編集]
3月6日、6thアルバム『てん 、』リリース。同じ作品のモノラルヴァージョンとステレオヴァージョンを2枚組でリリースするというこだわりを見せる(モノラルヴァージョンのミックスは星野誠、ステレオヴァージョンのミックスはROVOの益子樹)。その後、4月9日からツアー 2005 てん 、をスタート。14ヶ所17公演。9月4日には大阪城野外大音楽堂にて野外ライブ「残暑お見舞い申し上げます」を実施(ラストには真心ブラザーズの「サマーヌード」をカヴァー[要出典])。そして、11月12日には渋谷O-Eastとduo MUSIC EXCHANGEの2会場にて、初のクラムボン主催のオールナイトイベント「sound circle」を開催した(出演・toe、manual、ヤベミルク、FOSSA MAGNA、おおはた雄一、半野喜弘、cjammbon)。


2006年 [編集]
5月31日、初のカバーアルバム『LOVER ALBUM』リリース。6月29日より「cover, lover and tour」を行う。続く7月12日には約5年ぶりとなるシングル「THE NEW SONG」を発売。そして11月22日には、初のライブアルバム『3 peace 〜live at 百年蔵〜』がリリースされた。


2007年 [編集]
2月19日、新木場スタジオコーストにて行われたクラムボン主催のイベント、「sound circle」にてアメリカ・ニュージャージー州出身のロック・バンド、ヨ・ラ・テンゴと共演を果たし、話題となる。そして5月23日にはニュー・アルバム『Musical』を発表。このアルバムを引っ提げて行われるツアー「tour Musical」のファイナルである日比谷野外音楽堂でのライブチケットは発売後3分で完売した。また、そのツアーを追ったドキュメンタリー映画「たゆ たう -GOOD TIME MUSIC of clammbon-」が、高木聡監督で制作された。


2009年 [編集]
過去の楽曲をリ・アレンジしたアルバム『Re-clammbon』に続き、4月8日に『Re-clammbon e.p.』を配信限定で、6月3日に『Re-clammbon2』をリリース。

[アーティスト名] クラムボン
[タイトル] Re-clammbon 2
[CD番号] COCP-35574
[発売日] 2009-06-03
1 Re-シカゴ
2 Re-THE NEW SONG
3 Re-Bass, Bass, Bass
4 Re-意味はない
5 Re-Re-風香るある日
6 Re-090
7 Re-Folklore
8 Re-雨
9 Re-Re-サラウンド
10 Re-メロウトロン
11 Re-アホイ!
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110100000111101
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2009年06月18日

Switch [DVD付限定盤]

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mihimaru GT(ミヒマル ジーティー)は、日本の音楽ユニット。ヒップホップとJ-POP(特に1990年代のダンスミュージック)を融合させた楽曲が多く、自らもそれをコンセプト "Hip-Pop" として掲げている。

メンバー [編集]
hiroko(ヒロコ、本名:阿久津 博子 あくつ ひろこ、1984年7月24日生まれ、兵庫県 芦屋市生まれ、栃木県 宇都宮市育ち(小学6年生より)。芦屋市立潮見小学校、宇都宮市立姿川中学校を卒業。中学校3年の時には、生徒会長を務める。卒業後は栃木県立宇都宮中央女子高等学校に進学。メインボーカルおよび作詞を担当。
miyake(ミヤケ、初期には "mitsu" とも表記、メンバー紹介などでは単に "miyake"、本名:三宅 光幸 みやけ みつゆき、1980年10月2日生まれ、岡山県倉敷市出身)岡山県立倉敷古城池高等学校卒業。MC、作詞、作曲および編曲を担当。あだ名は「みっくん」
詳細はそれぞれの項目を参照。


ユニット名 [編集]
ユニット名の由来は、mitsuyuki miyakeの「mi」とhirokoの「hi」、船に付けられる丸「maru」に車に付けられるグランツーリスモの「GT」の4語を組み合わせてできている。ユニット名を決めているとき、miyakeは寝ていたらしく、最初に考えられたのは「みひ丸」だったらしい。 候補名でもあった「Air Grow」が『mihimania〜コレクション アルバム〜』に収録されている。

正式表記は「mihimaru GT」で"ru"と"GT"の間にスペースが入る。クレジットが"mihimaruGT"であったり、CDのCMや帯には「ミヒマル GT(ミヒマルGT)」と表記される場合もある。

略称は「みひまる」、「みひま」、「みひじー」。


来歴 [編集]
ボーカルのhirokoは高校2年のときに浜崎あゆみのダンサーとしてオーディションを受けていた。
2003年1月。ボーカリストを目指し活動していたhirokoと、数々の有名アーティストへ楽曲提供をしていたクリエーターmiyakeが出会い結成。
「気分上々↑↑」が大ヒットするまで、鳴かず飛ばずが続く苦労を味わった。デビュー直後はストリートでライブを行う。小さなクラブでは演者がmihimaru GTとDJの3人に対し客が2人しかおらず、その客同士が顔を見合わせて気まずそうに帰っていった。曲の途中であったが中止せずクラブのバーテンダーに対して演奏した[1]。
2003年7月30日 - シングル『約束』でデビュー。
2006年5月3日 - シングル『気分上々↑↑』が2人が出演したヘアカラーのCMソングに使われて大ヒット、テレビ朝日の「MUSIC STATION」に初出演。二人とも『気分上々↑↑』が売れるとは思わず、「もうこれでだめかな」と感じたという[1]。
2006年11月17日 - ベストヒット歌謡祭2006でゴールドアーティスト賞を受賞。歌唱曲は「気分上々↑↑」。
2006年12月16日 - 第39回日本有線大賞有線音楽賞を受賞。歌唱曲は「気分上々↑↑」。
2006年12月30日 - 「気分上々↑↑」で第48回日本レコード大賞金賞を受賞。
2006年12月31日 - 第57回NHK紅白歌合戦に初出場。「気分上々↑↑」で紅組トップバッターをつとめた。
2007年11月20日 - ベストヒット歌謡祭2007でゴールドアーティスト賞を受賞。歌唱曲は「俄然Yeah!」。
2007年12月31日 - 第58回NHK紅白歌合戦に「俄然Yeah!」で2年連続出場。
2008年11月24日 - 全国ツアーのファイナルとして日本武道館ライブ達成。
ファイナルライブゲストで九州男、柳沢慎吾、常田真太郎(from スキマスイッチ)、SOFFet、古坂大魔王 が出演。
2008年12月30日 - 「ギリギリHERO」で第50回日本レコード大賞優秀作品賞を受賞。

ディスコグラフィ [編集]

シングル [編集]
この記事は、発売が予定されている、あるいは見込まれているシングルの情報が含まれています。
そのため推測されている情報が含まれている可能性があります。また発売を前後して内容が大幅に変更されることがあります。

約束(2003年7月30日)
帰ろう歌(か)(2004年4月28日)
願〜negai〜(2004年7月28日)
H.P.S.J.-mihimaru Ball MIX-/So Merry Christmas(2004年11月17日)
ユルメのレイデ(2005年4月6日)
Love is...(2005年9月7日)
恋する気持ち/YES(2005年11月23日)
さよならのうた(2006年3月15日)
気分上々↑↑(2006年5月3日)
ツヨクツヨク(2006年7月12日)
いつまでも響くこのmelody/マジカルスピーカー(2006年8月16日)
かけがえのない詩(2007年2月28日)
パンキッシュ☆(2007年4月4日)
俄然Yeah!(2007年8月15日)
I SHOULD BE SO LUCKY/愛コトバ(2007年11月28日)
diverge(2008年1月30日)
ギリギリHERO(2008年4月30日)
泣き夏(mihimaru GT with SOFFet)(2008年7月2日)
幸せになろう(2008年10月22日)
Switch(2009年6月17日)

アルバム [編集]
mihimarhythm(2004年9月8日)[2]
mihimalife(2005年12月21日)[2]
mihimagic(2006年9月13日)[2]
mihimarise(2008年5月28日)

コレクションアルバム [編集]
mihimania〜コレクション アルバム〜(2006年11月15日)
mihimania II〜コレクション アルバム〜(2008年11月19日)

ベストアルバム [編集]
THE BEST of mihimaru GT(2007年5月2日)

アナログ [編集]
mihimaru GT(2003年6月20日、インディーズリリース)

DVD [編集]
mihimaclip(2006年1月25日、廉価版2007年11月21日)
「約束」から「恋する気持ち」までのシングル曲(「So Merry Christmas」を除く)8曲のPVを収録。
mihimaLIVE(2007年2月28日、廉価版2007年11月21日)
2006年12月14日、Zepp Tokyoで行われたライブ『年末ジャンボ宝イヴ'06〜mihimagic show encore〜』を収録。
mihimaclip 2(2007年11月28日)
「さよならのうた」から「パンキッシュ☆」までのシングル曲と、「Future Language」「帰ろう歌-TAKE07-(Bonus track)」計9曲のPVを収録。
mihimaLIVE2 ~みひっとまだまだガムシャrise at 日本武道館~(2009年3月4日)
2008年11月24日、全国ツアーファイナルとしてmihimaru GT初の日本武道館で行ったライブの模様を収録。
mihimaclip3(2009年3月4日)
「俄然Yeah!」から「幸せになろう」までのシングル曲と(「愛コトバ」を除く)、「Bon Voyage」「スキナツ SOFFet with mihimaru GT」計8曲のPVを収録。
mihimaLIVE2 at 武道館 and mihimaclip3(2009年3月4日)
上記の『mihimaLIVE2 ~みひっとまだまだガムシャrise at 日本武道館~』と『mihimaclip3』のDVDをワンセットにしてスペシャルプライスで限定発売したもの。

アーティスト・ブック [編集]
mihimaLook Book(2008年5月28日)
出演 [編集]

ラジオ番組 [編集]
シェケラバンバン(FMヨコハマ/MIDNIGHT DJ SESSION/毎週木曜日/2006年3月終了)
mihimaru GTのラジマルGT(JFN系列/2007年4月-)
オールナイトニッポン(ニッポン放送系、CMアイキャッチを担当・2008年4月30日にパーソナリティを担当)

CM [編集]
ダリヤ「パルティ」/2人で出演(2006年-2008年)
イオン「2009 Yukata & Mizugiキャンペーン」/hirokoと木下優樹菜が出演(2009年)

NHK紅白歌合戦 [編集]
第57回NHK紅白歌合戦「気分上々↑↑」
第58回NHK紅白歌合戦「俄然Yeah!」

脚注 [編集]
[ヘルプ]
^ a b 2008年10月26日放送の「大沢あかねのハイジャンプ・レディオ!」にhirokoが出演し語った
^ a b c 2007年2月28日から3月30日にはキャンペーンとして、同価格で「So Merry Christmas-TAKE 06-」のプロモーションビデオがついた限定盤がリリースされた。

外部リンク [編集]
公式ページ
公式ページ(ユニバーサルミュージック)
マジでCカップだよ〜ん☆(マネージャー、スタッフのブログ)
[アーティスト名] mihimaru GT
[タイトル] Switch [DVD付限定盤]
[CD番号] UPCH-9484
[発売日] 2009-06-17
1 Switch
2 Over Drive
3 Switch(Instrumental)
4 Over Drive(Instrumental)
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110100000110100







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2009年06月17日

YOKO KANNO SEATBELTS 来地球記念コレクションアルバム スペース バイオチャージ

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菅野 よう子(かんの ようこ、yoko kanno、本名:菅野 洋子(読みは同じ)、1964年3月18日 - )は、日本の作曲家、編曲家、ピアニスト。宮城県出身。主にCM、アニメ、ゲーム、ドラマ、映画の音楽を手がけている。即興ピアニスト、作曲家の菅野洋子とは、同姓同名であるうえ、宮城県出身、早稲田大学卒業という経歴も似ているが、全くの別人である。

来歴 [編集]
早稲田大学在学中に「てつ100%」のキーボード担当としてデビュー、1stアルバム『てつ100%』、2ndアルバム『あと3cm』、3rdアルバム『Jack in the box』、4thアルバム『素直』をリリースした。同バンド解散後、光栄(現コーエー)の『信長の野望シリーズ』『大航海時代シリーズ』などの歴史シミュレーションゲームの楽曲を担当。それにより作編曲家として認知され、アニメやCM音楽畑へ活動を広げていった。

現在ではアニメとCMの音楽製作を主な活動の場としている。アニメにおいては、国内外のアニメファンから支持を得ている。テレビCM音楽も数多く手掛けており、TV-CMワーク集『CMようこ』を2007年に配信限定でリリースした(翌2008年にCD化)。それらと並行して、坂本真綾、小泉今日子などのアルバムのプロデュースも手がけている。また、過去に手がけたサウンドトラックの楽曲がテレビ番組のBGMとして頻繁に使用される。

職業作曲家としてのサウンドトラック制作を表現活動のメインに据えるスタンスのため、多作でありながら個人名義のオリジナルアルバムリリースに関して積極的ではない。唯一本人名義である『Song to fly』も、音楽を担当した簡易フライトシミュレーションゲーム『アースウインズ』のサウンドトラックを同コンセプトの元で肉付けした構成であり、本人も「あれはゲーム音楽」と述べている[1]。


楽曲 [編集]
オーケストラを用いた協奏曲調のもの、管楽器・弦楽器・鍵盤楽器の音色を巧みにアンサンブルさせた室内楽調のもの、『カウボーイビバップ』で披露したジャズ調のもの、電子楽器やブレイクビーツを多用したもの、ジョイスのバンドを起用したMPB調のもの、果てはハードロック調、プログレ調、AOR調、各大陸の民族音楽など、幅広い曲調を使い分ける。またジャズに絞ってもジャンルは多岐に渡り、コンボ、ビッグバンド、フュージョン調、果ては電化マイルス調の作品まで見られる。ただし、本人の嗜好としては「ジャズはあまり好きではない」とのこと[2]。加えてクラブミュージックに見られる繰り返しの多いミニマルな展開やキックの4つ打ちもあまり好きではないが、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』では作品世界を意識した結果4つ打ちを取り入れた旨を、脚本で作品に参加した佐藤大が語っている。本人はピアノを始めとした鍵盤楽器全般を弾きこなす一方、シンセサイザーや打ち込みの音作りに関しては本人のイメージする音を口頭で伝えた上でマニピュレーターが作り出すという共同作業の様子がインタビューで語られている[3]。また、ギターの今堀恒雄、ベースの渡辺等などに代表されるアドリブに強いジャズやフュージョン系のスタジオミュージシャンを古くからレコーディングに起用している。特にベースはアドリブと見られるフレーズが楽曲全体を通して頓に見受けられる上、楽器自体もフレットレスベースやコントラバス、坂本真綾の『奇跡の海』などにおけるEUBなど多岐にわたっている。多くのジャンルを扱うため、器用貧乏と言われ傷ついた事もあるというが、「器用貧乏も10年続けるとゴールデン器用(または金の小手先)に変わるのだ。何でもできて文句あっか?!」と或る意味自虐的に語っている[4]。

アンサンブルを駆使する手腕と共に『WOLF'S RAIN』のサントラにおいて、東京で録音し完成していたバンド編成のオケを、アメリカのスタジオ作業中にふと聞いた印象で、ボーカルのアコースティック・ギター一本の弾き語りに差し替えるといった自由さも兼ね備えている。このエピソードはボーカルのスティーブ・コンテのウェブサイトの日記中[5]に語られているが、コンテ自身、ジャズギターの学校を卒業しているとはいえ、既に完成したオケを破棄し弾き語りに差し替えた事に相当驚いたと語っている。

ボーカル曲を好んで作る。また、ボーカル曲、非ボーカル曲を問わずテンション・ノートやトライ・トーンも用いたコーラスワークを多用しており(坂本真綾『指輪』など)、シンセパッドの様にコード感を出したり、ストリングスやブラスの様にオブリガートに使うことで、曲に独特の風合いをもたらしている(かなりの曲中に見られる)。ボーカル曲の間奏にギターソロを置かずコーラスワークを聞かせるケースも多く見られる(坂本真綾『走る』など)。

ボーカル曲の歌い手としてGabriela Robinという女性歌手が頻繁に参加しており、一部でこれが菅野ではないかという指摘があるが、真相は不明。多数の楽曲の作詞者としてもこの人物名がクレジットされている。作詞者としては比較的文法などから自由な日本語、英語などを駆使して詞を綴り、本人はハナモゲラと主張する仏語風の歌詞まである(多田葵『Wo qui non coin』)。過去のコンサートなどでは坂本真綾やOrigaが代役を務めている。なお、菅野本人名義でのボーカル曲(東京電力CM曲『でんこの日時計』など)もある。作曲以外にも、『カウボーイビバップ』の「3.14」や『オーバン・スターレーサーズ』の主題歌「CHANCE TO SHINE」(岩里祐穂との共作)など、ごく稀に本人名義で作詞も手掛けている。

1999年に放送された『∀ガンダム』の作曲を担当した際、総監督の富野由悠季から「男性と女性の裏に秘められた、そのレズとかホモとかそういう危うさも含んだところでの、あの遺伝子が暗躍する感じの曲」を作るよう注文され、どういう曲なのか非常に悩んだというエピソードがある。

菅野がゲスト出演した『林原めぐみのHeartful Station』において「楽曲から想像される切れ者的な印象とは大変な落差がある」という内容のトークが展開されたことがある。ちなみに、普段の話し声はややアニメ声。話していると時折一人称が「オレ」になる事がある。『カウボーイビバップ』のエドは菅野がモデルになっているという。


評価 [編集]
現代ジャズ/フュージョン界の第一人者で、グラミー受賞アーティストのパット・メセニーは自身のアルバムのプロモーションのインタビュー中、前後の脈絡無く唐突に菅野の楽曲に好意的なメッセージを残している[6]。歌手のMIKAは、世界中で一番好きなアレンジャーやプロデューサーとして彼女の名前を挙げている[7]。


作品 [編集]

アニメ [編集]

音楽担当 [編集]
マクロスプラス(1994年)
マクロスプラス MOVIE EDITION(1995年)
MEMORIES - 『彼女の想いで』(1995年)
天空のエスカフローネ(1996年、溝口肇との共作)
音響生命体ノイズマン(1997年)
カウボーイビバップ(1998年)
ブレンパワード(1998年)
∀ガンダム(1999年)
劇場版エスカフローネ(2000年)
地球少女アルジュナ(2001年)
カウボーイビバップ 天国の扉(2001年)
劇場版∀ガンダム(2002年)
WOLF'S RAIN(2003年)
攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX(2003年)
攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG(2004年)
創聖のアクエリオン(2005年、保刈久明との共作)
攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society(2006年)
DARKER THAN BLACK -黒の契約者-(2007年)
創星のアクエリオン(2007年、保刈久明との共作)
Genius Party - 『BABY BLUE』(2007年)
劇場版アクエリオン(2007年、保刈久明との共作)
マクロスF(2008年)

主題歌・挿入歌 [編集]
(音楽を担当した作品を除く)

紅の豚(1992年):『時には昔の話を』(加藤登紀子) - 編曲のみ
ぼくの地球を守って(1993年):『時の記憶』(SEIKA) 他数曲
はじまりの冒険者たち レジェンド・オブ・クリスタニア(1995年):『遥かな祈り』(三重野瞳)
CLAMP学園探偵団(1997年):『Gift』(坂本真綾)
ロードス島戦記-英雄騎士伝-(1998年):『奇跡の海』(坂本真綾)
マクロス ダイナマイト7(1998年):『ANGEL VOICE』(熱気バサラ)
カードキャプターさくら(1999年):『プラチナ』(坂本真綾)
地球防衛企業ダイ・ガード(1999年):『走れ走れ』(遠藤響子)- 編曲のみ
ラーゼフォン(2002年):『ヘミソフィア』(坂本真綾)
ラーゼフォン 多元変奏曲(2003年):『tune the rainbow』(坂本真綾)
オーバン・スターレーサーズ(2006年):『Chance To Shine』(AKINO)・『笑ってた』(スコシ)

声優として参加 [編集]
Genius Party Beyond 『次元爆弾』(2008年) - クウ役

ゲーム [編集]
三國志(1985年)
「三國志X」では「三國志」からの四曲がオーケストラアレンジされて使用されている。
信長の野望シリーズ
全国版(1986年)
戦国群雄伝(1988年)
武将風雲録(1990年)
覇王伝(1992年)
天翔記(1994年)
「天下創世」および「革新」でも、「OVERTURE 〜信長の野望〜」がプレオープニング曲として使用されている。
蒼き狼と白き牝鹿・ジンギスカン(1987年)
維新の嵐(1988年)
大航海時代(1990年)
大航海時代II(1993年)
アースウインズ(1997年)
マクロスプラス -GAME EDITION-(2000年)
ナップルテール(2000年)
カウボーイビバップ 追憶の夜曲(2005年)
ラグナロクオンラインII
[アーティスト名] 菅野よう子
[タイトル] YOKO KANNO SEATBELTS 来地球記念コレクションアルバム スペース バイオチャージ
[CD番号] VTCL-60141
[発売日] 2009-05-27
1 Fly up in the air 〜 Tension/MEMBERS OF ISRAEL PHILHARMONIC ORCHESTRA (MACROSS PLUS O.S.T.)
2 Tank! (TV stretch)/SEATBELTS (COWBOY BEBOP Tank! THE! BEST!)
3 荒野のヒース/AKINO (創聖のアクエリオン O.S.T.)
4 トルキア/Gabriela Robin (攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX O.S.T.3)
5 WHAT PLANET IS THIS./SEATBELTS (COWBOY BEBOP 天国の扉 MAXI SINGLE Ask DNA)
6 ハイヒールラナウェイ (DARKER THAN BLACK-黒の契約者- O.S.T)
7 Ask DNA/SEATBELTS (COWBOY BEBOP 天国の扉 MAXI SINGLE Ask DNA)
8 could you bite the hand?/steve conte (WOLF'S RAIN O.S.T.)
9 player/Origa with Heartsdales (攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX S.S.S.)
10 Power of the Light (ブレンパワード O.S.T.)
11 限りなき旅路/奥井亜紀 (∀GUNDAM O.S.T.III)
12 DANCE OF COURSE (THE VISION OF ESCAFLOWNE 〜lovers only)
13 Genesis of Aquarion/AKINO (創聖のアクエリオン O.S.T.2)
14 lithium flower/Scott Matthew (攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX O.S.T.)
15 shiro,long tail's (WOLF'S RAIN O.S.T.2)
16 inner universe/Origa (攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX O.S.T.)
17 ライオン/May'n/中島愛 (マクロスF オープニングテーマシングル)
18 地球共鳴/Gabriela Robin (アルジュナ into the another world)
19 ラクエン -WARSAW Ver(WOLF'S RAIN O.S.T.2 シークレットトラック)
20 MOON/Gabriela Robin (劇場版 ∀ガンダム-O.S.T.「惑星の午後、僕らはキスをした」)
21 high spirit (創聖のアクエリオンO.S.T.)
22 約束はいらない/坂本真綾 (天空のエスカフローネ OPテーマ)
23 be human/Scott Matthew (攻殻機動隊 S.A.Cbe human)
24 GET9/jill max (攻殻機動隊S.A.Cオープニングテーマ)
25 THE GARDEN OF EVERYTHING〜電気ロケットに君をつれて〜/坂本真綾 featSteve conte (ラーゼフォン 多幻変奏曲シングルM2)
26 CORACAO SELVAGEM/Joyce (WOLF'S RAIN O.S.T.)
27 Hamduche/SEATBELTS (COWBOY BEBOP 天国の扉 MAXI SINGLE Ask DNA)
28 VOICES /新居昭乃 (MACROSS PLUS O.S.T.)
29 Cloe/Gabriela Robin (アルジュナ into the another world)
30 White Falcon (∀GUNDAM O.S.T.II)
31 THE REAL FOLK BLUES/山根麻以 (COWBOY BEBOP Vitaminless)
32 i do/ilaria graziano (攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX O.S.T.2)
33 End title ノスタルジーナ (劇場版 ∀ガンダム-O.S.T.「惑星の午後、僕らはキスをした」)
34 指輪 (Single Ver.)/坂本真綾 (劇場版エスカフローネ 主題歌)
35 時の記憶/SEIKA (ぼくの地球を守って O.S.T1)
36 BLUE/山根麻以 (COWBOY BEBOP O.S.T.3 BLUE)
37 THE STORY OF ESCAFLOWNE 〜END TITLE (THE VISION OF ESCAFLOWNE 〜lovers only)
38 さすらいのカウボーイ -カウボーイビバップのテーマ-/TADA 'ED'AOI (COWBOY BEBOP CD-BOX)
39 Doggy Dog /SEATBELTS (COWBOY BEBOP Vitaminless)
40 猫のキモチ (デモバージョン)/Gabriela Robin (天空のエスカフローネ CD初収録)
41 魅惑のホースライディング/EHARA ANDY MASASHI (COWBOY BEBOP O.S.T.3 BLUE)
42 WO QUI NON COIN /多田葵 (COWBOY BEBOP O.S.T.3 BLUE)
43 No Money/SEATBELTS (COWBOY BEBOP 天国の扉 O.S.T.)
44 WARATTETA/Gabriela Robin (CD初収録「オーバン スターレーサーズ」より)
45 CAT'S DELICACY /Gabriela Robin (天空のエスカフローネ O.S.T2)
46 AI戦隊タチコマンズ/Tamagawa, Sakiko (攻殻機動隊 S.A.Cbe human)
47 ランカとボビーのSMS小隊の歌/ランカ・リー with ボビー・マルゴ (マクロスF ランカとボビーのSMS小隊の歌など。)
48 ABC Mouse Parade/Gabriela Robin (Song to fly)
49 夜明けのオクターブ/坂本真綾 (坂本真綾 シングルコレクション+ニコパチ)

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2009年06月16日

WWW-world wide words vol.1-

kaze.jpgオムニバス(英:omnibus)は、映画、演劇、ドラマ、文学、DVD・レコードなどの分野において、短い数編の独立した作品(主に短編)または楽曲を集め、ひとつにまとめて一作品としたものである。

元々の意味はラテン語で、乗合馬車や乗合自動車のこと、また、そこに沢山の人々が乗るという意味があり、英語のバス(bus)の語源にもなった(オムニバス (曖昧さ回避)を参照)。

そこから発展し、種々の芸術分野で「独立したいくつかのものを一つにまとめた」作品形態を指すようになった。「オムニバス映画」、「オムニバスドラマ」、「オムニバスCD」、のように呼ばれる。

オムニバスに含まれる各作品は、それぞれ独立してはいるが、まとめられる際にはある種のテーマやコンセプトに沿って集められる。あるいは、映画・ドラマなどの場合は、それぞれ最初からオムニバス作品のひとつとして制作されることがほとんどである。

オムニバスCDの場合、アーティスト名はV.A. (Various Artist<-s>) などと表記される。

代表的なオムニバス作品 [編集]

テレビドラマ [編集]
ウルトラQ
ウルトラQ dark fantasy
大人は判ってくれない
怪談新耳袋
奇妙な出来事
恐怖劇場アンバランス
クリープショー (1982年)
現代に甦った闇の死置人 あなたの怨み晴らします
恋する日曜日
こいまち
ココだけの話
佐藤四姉妹
週刊 赤川次郎
翼の折れた天使たち
トワイライト・ゾーン
ほんとにあった怖い話
世にも奇妙な物語
らぶ・ちゃっと
悪いこと
If もしも
24時間あたためますか?〜疾風怒涛コンビニ伝〜

映画 [編集]
二十歳の恋 (1962年)
ボッカチオ'70 (1962年)
パリところどころ (1965年)
世にも怪奇な物語 (1967年)
華やかな魔女たち (1967年)
実相寺昭雄監督作品ウルトラマン (1979年)
トワイライトゾーン/超次元の体験 (1983年)
バカヤロー! (1988年)
夢 (1990年)
ナイト・オン・ザ・プラネット (1991年)
欽ちゃんのシネマジャック (1993年)
ゲンセンカン主人 (1993年)
フォー・ルームス (1995年)
大脳分裂 (1999年)
世にも奇妙な物語 映画の特別編 (2000年)
10ミニッツ・オールダー (2002年)
11'9''01/セプテンバー11 (2002年)
黄昏流星群 (2002年)
愛の神、エロス (2004年)
ZOO (2005年)
探偵事務所5 (2005年)
乱歩地獄 (2005年)
893239 (2006年)
ユメ十夜 (2007年)
Genius Party<ジーニアス・パーティ> (2007年)

漫画 [編集]
アポロの歌
王ドロボウJING
化石島
学校怪談
空気の底
人間交差点
へなちょこ大作戦Z
BOYS BE
SALAD DAYS
メゾン・ド・ペンギン
初恋限定。

アニメ [編集]
アニメ週刊DX!みいファぷー
モノノ怪
まんが日本昔ばなし
ブラック・ジャック2時間スペシャル〜命をめぐる4つの奇跡〜
ショートDEアニメ魂

音楽 [編集]
 コンピレーション・アルバムの項を参照のこと


ゲーム [編集]
学校であった怖い話
ドラゴンクエストIV 導かれし者たち
ライブ・ア・ライブ
ゲームボーイギャラリーシリーズ
スーパーマリオコレクション
タイトーメモリーズ
セガエイジス2500シリーズ
NINTENDOパズルコレクション
星のカービィ_スーパーデラックス
※Category:オムニバスのゲームも参照。


関連用語 [編集]
オムニバスタウン
コンピレーション
[アーティスト名] オムニバス
[タイトル] WWW-world wide words vol.1-
[CD番号] VINC-1
[発売日] 2009-05-27
1 INTRO (TRACK BY TOFUBEATS feat.24、雨天決行、番犬、らっぷびと、Naoki、ラッパークマー、francisco-funky、水無月、zrsk、 はしやん、実車中)
2 NET RAPPER’S DELIGHT PT.1 (ill.bell、委員長、振糸、雨天決行、ぬるぽ、もんちー、FATIGUE、kokayuki、まゆむし、ゆっきー、UZURA、mc壁、トップハムハット狂 TRACK BY Moonbug(ORCREC.))
3 Rapper’s Funk (らっぷびと&抹 TRACK BY ryo(supercell))
4 NET or REAL (雨天決行&番犬 TRACK BY みくすびと)
5 disco box (dc TRACK BY kz(livetune))
6 FIRE×FIRE (まゆむし&ゆっきー TRACK BY Moonbug(ORCREC.))
7 TAKUYA’S SKIT (G-MEN TAKUYA TRACK BY MATSUMOTO HISATAAKAA(ORCREC.))
8 Ki-SS [Kick-Started Speedrun] (ill.bell TRACK BY あにー(TaNaBaTa))
9 or or reeee (kokayuki TRACK BY えいとびと)
10 Can I Kick It? (くり、JAZA DOCUMENT、らっぷびと TRACK BY JAZA DOCUMENT)
11 イマダスタンバイ (FATIGUE TRACK BY MATSUMOTO HISATAAKAA(ORCREC.))
12 NET RAPPER’S DELIGHT PT.2 (dc、フォレスト、Naoki、RIPER、ytr、らっぷびと TRACK BY SEXY-SYNTHESIZER)
13 OUTRO (TRACK BY TOFUBEATS)
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110100000010110
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2009年06月15日

魂のゆくえ [初回盤]

930880526.jpgくるり (QURULI) は、日本・京都府京都市出身のロックバンド。ボーカル・ギター担当の岸田繁、ベース担当の佐藤征史の2人から構成されている。現在まで8枚のスタジオアルバムと22枚のシングルなどをリリースし、約80万枚のセールスを記録している。公式ファンクラブ名は「純情息子」である。

概要 [編集]
1998年にシングル「東京」をリリースしメジャーデビュー。1999年にオーソドックスなバンドサウンドが特徴の1stアルバム『さよならストレンジャー』をリリース。2000年にオルタナティブサウンドに接近した2ndアルバム『図鑑』、2001年にはテクノ・ダンスミュージックに影響を受けた3rdアルバム『TEAM ROCK』、2002年にはエレクトロニカサウンドを展開した4thアルバム『THE WORLD IS MINE』、2004年には再びバンドサウンドに回帰しつつもジャズの要素を取り入れた5thアルバム『アンテナ』、2005年にはザ・フーやビートルズを代表する60年代のUKロックに影響を受けた6thアルバム『NIKKI』、2007年には遂にクラシック色の強い7thアルバム『ワルツを踊れ Tanz Walzer』をリリースしている。


メンバー [編集]
岸田繁(きしだ しげる、1976年4月27日 - ) ボーカル、ギター。京都府京都市左京区出身。血液型:O
佐藤征史(さとう まさし、1977年2月1日 - ) ベース、ボーカル。京都府亀岡市出身。血液型:O

元メンバー [編集]
森信行(もり のぶゆき、1975年6月20日 - ) ドラム。兵庫県猪名川町出身。血液型:B。
クリストファー・マグワイア(Christopher McGuire、1975年11月28日 - ) ドラム。アメリカ合衆国ミネソタ州ミネアポリス出身。
大村達身(おおむら たっしん、1975年12月17日 - ) ギター、ベース。兵庫県稲美町出身。血液型:O

サポートメンバー [編集]
辻村豪文 (キセル)ギター
2000年8月2日「Welcome to your spirits」於下北沢QUEサポート。
アヒト・イナザワ(元NUMBER GIRL) ドラム
2003年1月26日「MANIC STREET PREACHERS」於東京ベイNKホールサポート。
あらきゆうこ (THE CORNELIUS GROUP) ドラム
アルバム『図鑑』、シングル「HOW TO GO」、「ハイウェイ」、オリジナルサウンドトラック『ジョゼと虎と魚たち』、「百鬼夜行2002」サポート。2007年12月2日みやこ音楽祭、12月6日「TAKUTAKU DE KUTAKUTA」、12月11日、12月12日「くるりふれあいコンサート ファイナル」、12月29日「COUNTDOWN JAPAN 07/08」、12月31日「COUNTDOWN JAPAN 07/08 WEST」サポート。
臺太郎(だい たろう) ドラム、パーカッション
2002年に森が脱退後、2004年6月15日名古屋クラブダイアモンドホール 〜2005年1月10日「HEAL NIIGATA 中越地震ミュージック・ベネフィット」於横浜BLITZ。シングル「BIRTHDAY」サポート。また、岸田繁・佐藤征史と共にSINGER SONGERに参加している。
クリフ・アーモンド (Cliff Almond) ドラム
2005年7月20日LIQUIDROOM 1st ANNIVERSARY liquid surprise 01day SP「廿日ゑびす」於LIQUIDROOM 〜2006年10月9日「ボロフェスタ」於京都大学西部講堂&講堂前広場(2005年8月20日のRISING SUN ROCK FESTIVALを除く)。シングル「Superstar」、アルバム『NIKKI』サポート。
沼澤尚 ドラム
2005年8月20日「RISING SUN ROCK FESTIVAL」。シングル「Baby I Love You」、アルバム『NIKKI』サポート。
堀江博久 キーボード、ギター
2004年6月15日名古屋クラブダイアモンドホール〜2006年10月9日「ボロフェスタ」於京都大学西部講堂&講堂前広場(2006年夏フェスは一部でサポート)、シングル「BIRTHDAY」「Superstar」「Juice」、アルバム『NIKKI』サポート。岸田繁とThe かまどうま/エレクトリック・カマドウマというユニットも組む。また、岸田繁・佐藤征史と共にSINGER SONGERに参加している。
菊地悠也 ドラム
2006年みやこ音楽祭〜2007年ツアー「ふれあいコンサート」まで参加。シングル「JUBILEE」「言葉はさんかく こころは四角」、アルバム『ワルツを踊れ Tanz Walzer』サポート。愛称は「ニャッキー」。
藤井一彦(ザ・グルーヴァーズ) ギター
2007年12月2日みやこ音楽祭、12月6日「TAKUTAKU DE KUTAKUTA」、12月29日「COUNTDOWN 07/08 JAPAN」、12月31日「COUNTDOWN JAPAN 07/08 WEST」サポート。
ザ・サスペンダーズ バックグラウンドボーカル
渕上祥人(テノール)、遠藤由美(ソプラノ)、岡崎昌幸(バリトン&アコーディオン)からなるコーラス隊。12月11日,12月12日「くるりふれあいコンサート ファイナル」に3人で参加。12月29日「COUNTDOWN 07/08 JAPAN」、12月31日「COUNTDOWN JAPAN 07/08 WEST」には渕上と遠藤の2人が参加している。

来歴・概要 [編集]
立命館大学の音楽サークル「ロックコミューン」出身で同級生だった岸田繁(1999年前期、産業社会学部卒)、佐藤征史(1999年法学部卒)、森信行(1999年産業社会学部卒)の三人で結成された。バンド名の由来は結成当時の京都市営地下鉄の案内板の矢印が「くるり」となっていたことから。

アナログ [編集]
TEAM ROCK(2001年)
図鑑(2001年)
さよならストレンジャー(2001年)
赤い電車(2005年)

DVD [編集]
くるくる鮨(2004年7月21日)
くるくる節(2004年9月22日)
横濱ウィンナー(2008年5月21日)

その他 [編集]
あやか市の動物園(2002年5月22日)トリビュートアルバム:HAPPY END PARADE〜tribute to はっぴいえんど〜
どぉなっちゃってんだよ トリビュートアルバム:どんなものでも君にかないやしない「岡村靖幸トリビュートアルバム」
EMOTIONAL RESCUE(2003年3月12日) ローリング・ストーンズ トリビュートアルバム:『IT'S ONLY ROCK'N ROLL (BUT WE LIKE IT LOVE)』/ZAZEN BOYSが提供した楽曲に岸田が謎のボーカリストSEXY JOEとして参加。
Good-bye トリビュートアルバム:BEAT OFFENDERS 〜A TRIBUTE TO THE COLLECTORS
ジョゼと虎と魚たち(2003年11月5日)オリジナルサウンドトラック
SING A SONG〜NO MUSIC, NO LOVE LIFE〜(2004年11月23日)シングル:こっこちゃんとしげるくん
初花凜々(2005年5月25日)シングル:SINGER SONGER
ばらいろポップ(2005年6月29日)アルバム:SINGER SONGER
Juice(2006年7月5日)シングル:くるりとリップスライム
ラヴぃ(2006年7月5日)シングル:リップスライムとくるり
雪印マーガリン「ネオソフト」CMソング
五月の海(2006年11月22日) オムニバスアルバム:みやこ音楽トラック12
ベーコン&エッグ BACON AND EGG iTunes Music Storeで、アルバム『ワルツを踊れ Tanz Walzer』のダウンロード予約の特典として提供されたボーナストラック

リミックス [編集]
広末涼子『RH Remix』(2001年8月29日) 大スキ!を岸田がリミックス。
BACK DROP BOMB『REFIXX』(2002年5月22日) That's The Way We Uniteを佐藤と岸田が「NOISE McCARTNEY from QURULI」としてリミックス。

アルバム未収録曲(ライブアルバムを除く) [編集]
リミックス、バージョン違いは除く

ラブソング
ハロースワロー
台風
ギター
サマースナイパー
ノッチ5555(ワンダーフォーゲルの初回盤ボーナストラック)
青写真
イメージファイト
リコシェ
踊りませんか次の駅まで
すけべな女の子
地下鉄
さよなら春の日
真夏の雨
帰り道
真昼の人魚
The Veranda
ヘイ!マイマイ!!
WIEN5
BLUE NAKED BLUE
京都の大学生
pray
夢の中(BO GUMBOSのカヴァー)
丸顔
かもめはかもめ

ラジオ [編集]
OH! MY RADIO(J-WAVE/金曜日/2001年10月 - 2003年9月)
TR2(J-WAVE/月曜日/2003年10月 - 2005年3月)
くるりLOCKS!(FM東京/SCHOOL OF LOCK!内/2007年3月)

ライブツアー [編集]
退屈退治 vol.3(1998年)
三日で激ヤセ驚異のキノコパワー(1999年)
ワンマンライブツアー〜もうじき平成12年〜(1999年)
世田谷線旧型車輌を残そうキャンペーン(2000年)
TEAM PARTY 2001 &TEAM PARTY 200,000,001(2001年)
うんぽこどっこいしょ(2002年)
安心しろ、秘孔ははずしてある(2004年)
はぐれメタル純情派(2005年)
はぐれメタル魔神斬り(2006年)
くるり対バンツアー2006 〜毎日が地蔵盆〜(2006年)
まZEPPご飯!(2006年)
くるり ホールツアー2007「ふれあいコンサート」(2007年)
くるり 対バンツアー2008 デラぜっぴん 〜混浴四重奏〜(2008年)
くるりワンマンライブツアー2009〜敦煌(ドンファン)〜(2009年)

関連項目 [編集]
ポピュラー音楽の音楽家一覧 (日本・グループ)
京浜急行電鉄
みんなの鉄道
NOISE McCARTNEY RECORDS
みやこ音楽祭
FM802
過去にDJをやっていた。
ソウル・フラワー・ユニオン(岸田が敬愛。幾度共演。)
小田和正(クリスマスの約束2007、京都音楽博覧会で共演。)

外部リンク [編集]
くるり公式サイト
クルバビロン(SPEEDSTARでのHP)
くるり MySpace
くるり MySpaceモバイル
[アーティスト名] くるり
[タイトル] 魂のゆくえ [初回盤]
[CD番号] VICL-63340
[発売日] 2009-06-10
1 LV45
2 愉快なピーナッツ
3 太陽のブルース
4 夜汽車
5 リルレロ
6 つらいことばかり
7 さよならリグレット
8 かごの中のジョニー
9 Natsuno
10 デルタ
11 魂のゆくえ
12 ベベブ
13 背骨
14 三日月
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110100000001110
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GREAT ROCK'N'ROLL HEROES

noiz_a_0512.jpgImitation PoPs 宇宙戦隊NOIZ(イミテーションポップス うちゅうせんたいノイズ)とは、ヴィジュアル系に分類されるミクスチャー、デジロック、パンクなどの要素を取り入れたバンドである。コンセプトは「地球の平和を守る為、遥か遠い宇宙からやって来た5人の戦士達」で、「音楽で世界が平和に出来ると、割と本気で思っています。」と公言しながら、かつては年間130本以上のライブ(パトロールと称している)を行っていた。TBS系列のバラエティ番組『あらびき団』に出演したことがある。

メンバー [編集]
ANGEL-TAKA:エンジェル タカ(Angel Voice)9月11日生、AB型。リーダー。
「若くして命を落としたがシヴァの意志のもと改造されて復活したサイボーグ」という設定。
元ヤンキーで少林寺拳法の使い手。卓球がうまい。
MASATO:マサト(Hyper Sonic Guitar)1月10日生、AB型。
「地球人によって作られた戦闘用アンドロイド」という設定。
ポジションは下手。
バイセクシャル[1]であることを公表している。
Mix Speaker's,Inc.のSeekとは幼馴染みで家族ぐるみの付合いがある。
叫:キョウ(Super Vibrator)8月7日生、AB型。
「AB-NINE星の、主に惑星の破壊を行なう極秘特殊部隊員で、とある国王殺害の罪に問われて服役中」という設定。
剣道初段で元走り屋、TAKEswiyとは同級生である。
呼太郎:(Neo Eccentric Guitar) 10月7日生、AO型。[2]
「ローゼンプラネット出身のナイトで、スペースポリスの資格を持ち、宇宙怪物を追う途中で戦隊と合流」という設定。
唯一の非喫煙者。
2009年4月1日に加入。
YAMATO:ヤマト(Machinegun Beat Grappler)3月28日生、A型。
「暗黒惑星から発生した魔物で、成長過程で正義の意思を持ち、地球の平和を守る為戦隊に加入した」という設定。
呼太郎と共に2009年4月1日に加入。

元メンバー [編集]
TAKEswiy:タケスィー(Clockwork Guitar)7月5日生、AB型。
「凶悪犯によって破壊されたANCHANG星の王子で、元アイドル・現スター」という設定。
ポジションは上手。
2009年3月22日渋谷C.C.Lemonホールでのライブを以て脱退。
S@TT-on:サットン(Mix Beat Creator)12月18日生、AB型。
「凶悪犯によって破壊されたANCHANG星の王子で、TAKEswiyの兄」という設定。
TAKEswiyと共に2009年3月22日のライブを以て脱退。

バイオグラフィー [編集]
1998年
結成する。
1999年
元ローディーのMASATOが加入し、現メンバーとなる。
2002年
バンドのコンセプトが宇宙戦隊となる。
2003年
年間130本を越えるライブを開催する。
リリースの名義などが正式にImitation PoPs 宇宙戦隊NOIZとなる。
2004年
10月、"JAPAN TOY'S PANIC TOUR OPEN THE GATE 2004"と題して、アルバム発売記念ツアーを行う。
12月、"宇宙戦隊 コスプレ DE ナイト Vol.1"を行う。
2005年
5月、初のワンマンツアーを廻る
8月、愛・地球博内で行なわれた『世界コスプレサミット2005』に日本代表の審査員として出場
2006年
2月、フランスで初の海外ライブを行う。
7月、ラジオのレギュラー番組Neo I.D.のパーソナリティを始める。
2007年
2月、オフィシャルファンクラブ『ミラクルロケット』発足

ディスコグラフィー [編集]

Imitation PoPs NOIZ [編集]

シングル [編集]
コマンドNo.0069(2001年8月)

アルバム [編集]
Imitation PoPs(1999年3月21日) - ミニアルバム

デモテープ [編集]
CRAZY FUCK(1996年)
ピエロ(1997年)

Imitation PoPs 宇宙戦隊NOIZ [編集]

シングル [編集]
宇宙船隊NOIZ(2001年3月16日)
コマンドNO.0069(2001年8月19日)
TYPE-N/room(2001年12月15日)
Imitation/イグニッション(2002年8月28日)
Room(2002年9月18日)
(A+B)No.O-QT?(2002年12月)
0 -レイ-(2002年12月26日)
e↑o(2003年1月)
イグニッション(2003年2月)
宇宙戦隊プラズマ☆アミューズメント(2004年4月7日)
クロモソーム・シックス〜第六染色体〜(2004年6月9日)
バトルカプセルから愛を込めて(2004年8月14日)
ミラクル★ロケットG5(2005年5月18日)
フロム スカイウォーカー(2005年9月28日)
Ign+ioN(2006年9月1日) - 13枚連続リリース第1弾
ADVANCE(2006年9月2日) - 13枚連続リリース第2弾
ハードロマンチッカーズ(2006年9月3日) - 13枚連続リリース第3弾
Thank you for the MUSIC (2006年9月8日) - 13枚連続リリース第4弾
メリーゴーランド(2006年9月9日) - 13枚連続リリース第5弾
B.B.B (2006年9月15日) - 13枚連続リリース第6弾
ピープル・ノート(2006年9月16日) - 13枚連続リリース第7弾
CHROMOSOME SIX(2006年9月17日) - 13枚連続リリース第8弾
FROM SKYWALKER(2006年9月22日) - 13枚連続リリース第9弾
BOY(2006年9月23日) - 13枚連続リリース第10弾
R.A.M.FISH(2006年9月29日) - 13枚連続リリース第11弾
MIRACLE☆ROCKET G5(2006年9月30日) - 13枚連続リリース第12弾
ORANGE GRADATION(2006年10月1日) - 13枚連続リリース第13弾
ホワイトキャンバス(2007年2月28日)
BAD MUSIC FREAKS (2007年7月19日)
MAGICAL DIVE (2008年6月4日) - オリコンインディーズチャート初登場1位獲得
BRAND NEW WORLD(2009年5月20日)

アルバム [編集]
宇宙戦隊サイボーグロックショウ完全盤(2003年8月20日)
ゼロの系譜(2004年9月29日)
EGO-style(2005年11月30日)
TERRA(2007年9月5日)
CUBE(2008年10月1日)
GREAT ROCK'N' ROLL HEROES(2009年3月4日) ベストアルバム

映像作品 [編集]
E〜T〜C(エトセトラ)(2008年11月5日)

その他 [編集]
鏡花水月楼 - TЁЯRA feat. 宇宙戦隊NOIZ名義。コナミデジタルエンタテインメントの音楽ゲーム『GuitarFreaks』&『DrumMania』『DanceDanceRevolution』に発表した楽曲。コナミのアーティストユニットTЁЯRAとの共作。

関連事項 [編集]
GuitarFreaks&DrumMania - 「BAD MUSIC FREAKS」と「鏡花水月楼」が収録されており、演奏中に流れるミュージッククリップにも出演している。
TЁЯRA - 「鏡花水月楼」でコラボレーション。

脚注 [編集]
^ 東京FM出版刊ROCK AND READ024のインタビューによる
^ 公式サイト、PROFILE

外部リンク [編集]
Official Web Site
有限会社アドワン
CROSS M RECORDS
BBMC Broad Band Music Comunications
"http://ja.wikipedia.org/wiki/Imitation_PoPs_%E5%AE%87%E5%AE%99%E6%88%A6%E9%9A%8ANOIZ" より作成
[アーティスト名] 宇宙戦隊NOIZ
[タイトル] GREAT ROCK'N'ROLL HEROES
[CD番号] UICV-1002
[発売日] 2009-03-04
1 BAD MUSIC FREAKS
2 CHROMOSOME SIX
3 メリーゴーランド
4 CRY
5 センチメンタルドロップキック〜GALAXY SUMMER OH! MY JULIET〜
6 ロスト
7 ハードロマンチッカーズ
8 少年人魚
9 Igni+ioN
10 CUBE
11 Thank you for the MUSIC
12 MAGICAL DIVE
13 SPACE PIRATES(ch
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110011111111110
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2009年06月12日

dead or alive (テニスの王子様 キャラクターCD)

kakihara.jpg柿原 徹也(かきはら てつや、1982年12月24日 - )は、日本の男性声優。81プロデュース所属。ドイツ・デュッセルドルフ出身。身長167cm。星座は山羊座。

代表作は『天元突破グレンラガン』(シモン)、『魔法少女リリカルなのはシリーズ』(グラーフアイゼン、レヴァンティン、ストラーダ)、『鉄のラインバレル』(早瀬浩一)、『みなみけ』シリーズ(藤岡)、ゲーム『テイルズオブハーツ』(シング・メテオライト)など。

人物・経歴 [編集]

出生など [編集]
出生地はドイツのデュッセルドルフ。物心がついたときからドイツに住んでおり、幼稚園の何年かと、小学1年生頃に日本にいたが、それ以外は18歳までドイツに住んでいた。両親は2人とも日本人。国籍は日本であるが、本籍地は不明。キリスト教徒であり、ミドルネームを持つ。

かつては日本語、ドイツ語、英語、ラテン語、スペイン語の5ヶ国語を話せるマルチリンガルだったが、その後、話せるのは日本語、ドイツ語、英語の3言語だけとなった。

高校卒業後、ドイツから日本にやって来たが海外暮らしが長かったため日本語が7割ぐらいしか出来ておらず、きちんとした日本語を喋れるようになるためと、声優になるのを兼ねてアミューズメントメディア総合学院の門を叩いた(津久井教生談)。


声優として [編集]
アミューズメントメディア総合学院の卒業生。なお、同期には門脇舞以、前野智昭、ひとつ上の先輩に羽多野渉がいる(羽多野は同じ事務所に所属)。

第1回声優アワードで新人男優賞を受賞。

主に少年や青年役を演じることが多い。役柄としては、熱血キャラやヒーローなど感情的、一転して冷静で真面目な知能派などを演じ分ける。

マルチリンガルな事から、外国人や通訳のような役を演じる事が度々ある。その才能を生かし、『魔法少女リリカルなのはA's』では、演じた3役のうち2役がドイツ語で受け答えするアームドデバイスの声であった。また、続編の『StrikerS』でも1人5役を担当した。

ちなみに、同じ声優の井上麻里奈とは、『天元突破グレンラガン』、『みなみけ』、『テイルズオブハーツ』と互いに主要人物を演じていて、比較的共演回数が多い。


趣味・趣向 [編集]
血液型を覚えるのが得意で、声優業界の人の血液型をほぼ記憶する趣味を持つ。なお、自身の血液型は(RH-)ABという希少な型。
世界規模の大会で応援する国は、スポーツによって分けている(サッカーならドイツ、野球なら日本)。
ドイツに居た頃も、両親の実家が日本にあるため、たびたび日本に帰国している。その時に日本で漫画を300冊ほど買い集め、船便でドイツにまとめて送っていた。妹の影響で少女漫画も愛読していた(本人曰く、良い作品なら何でも読む)など、子供の頃から日本のアニメやマンガに親しんでいた。ちなみに、それらの漫画はドイツの実家に全て置いてきたとのこと。
『ジョジョの奇妙な冒険』好きで、自身のブログに度々ジョジョネタを使用する。
お笑い番組を良く見ているようで、その時のマイブームの芸人ネタを、ブログやラジオなどで話題にする事が多い。
特技はマジック、社交ダンス、スノーボード。
阪神タイガース、特に赤星憲広選手の大ファン。
両親の影響もあり、CHAGE and ASKAの大ファン。

その他・逸話 [編集]
2006年に声帯の手術を受けた。
16歳の時から酒を飲んでいた(本人曰く、飲まされていた)。なお、ドイツでは16歳から飲酒可能。しかも、修学旅行中の夜、部屋を抜け出して男女数名で海辺でビールを飲んでいたら、見回りの先生に怒られたとのこと。
文化放送・超A&Gサイトにて男前通信の第22代男前を襲名した。
声優仲間として羽多野渉や佐藤雄大等と親交がある。また佐藤とは飲みに行ったり、家に呼んだりしている。ちなみに佐藤曰く、部屋は割と綺麗とのこと(ラジオ『12人の優しい殺し屋 side R』より)。
杉田智和がおもしろがって時折ものまねをするが、本人は快く思っておらず、「(それは僕じゃなく)檜山さんじゃないですか!」と反論している(ラジオ『12人の優しい殺し屋 side R』より)。
タワーハッカー(フリーフォール)と虫(特にゴキブリ)が苦手。
「天元突破グレンラガンアニメムック座談会」ではアニメ『一休さん』を知らず、モデルとなった歴史上の人物の方を調べ語ったというエピソードが明かされた。その為、同作品の有名な「ひとやすみ、ひとやすみ」のイントネーションも解っておらず四苦八苦したとのこと。
『みなみけ』のオーディションは最初から藤岡役で受けに行ったが、保坂を見て「こっちも受けてみよう」と思って一応受けてはみたが、保坂の強烈キャラと小野大輔のあまりの嵌りっぷりに「やっぱこれ(保坂)は小野さんだ」と思って諦めた(『みなみけ』イベント内での発言)。
昔、パソコンを立ち上げるのが面倒くさかったらしく、一週間電源をONにしたまま放置し、壊してしまったことがある。
パーソナリティを務める『PASH!でDASH! 月曜まで60分』では同じくパーソナリティの甲斐田ゆき(ナターシャ)に「とまちょふ」というあだ名を付けられ、以後定着しつつある。本人は、かなり気に入っている。
『鉄のラジオバレル』にて能登麻美子に変態王子の称号を与えられる。
上記のとおりドイツ暮らしが長かったため、日本の習慣、祭事に疎く不思議がることがある。共にパーソナリティを務める甲斐田ゆきに、「あなた日本人じゃない!」と突っ込まれる事がある(『PASH!でDASH! 月曜まで60分』)。
『東京アニメセンターRADIO』にて「かきてつ」という新しい呼び名が完成した。
2つ上である、下野紘に対して最初はちゃんと敬語だったが、ある飲み会で「これからは俺達が頑張らなきゃいけないんだよ!下野くん!!」と肩をガッと掴み、言った時からタメ口がぬけず、今でも下野と話す時はタメ口である(RADIO小宇宙通信第2回にて本人談)。

出演作品 [編集]
※太字は主役・メインキャラクター


テレビアニメ [編集]
2003年

アソボット戦記五九(アナウンサー)
まぶらほ(男子生徒) - 第3話
2004年

おもいっきり科学アドベンチャー そーなんだ!(人々)
恋風(友人B) - 第7話
コロッケ!(グルテン)
せんせいのお時間(コロちゃん) - 第1話(男子生徒B) - 第8話
ネポス・ナポス(ティモ)
双恋(張山) - 第3、13話
まっすぐにいこう。(学生たち)
わがまま☆フェアリー ミルモでポン! わんだほう - 第23話
2005年

銀盤カレイドスコープ(記者) - 第11話
砂ぼうず(兵) - 第22話
SPEED GRAPHER(研究員C) - 第17話
ふしぎ星の☆ふたご姫(ブライト)
魔法少女リリカルなのはA's(レヴァンティン、グラーフアイゼン、ランディ、岩竜)
MAJOR 2nd season(サッカー部員) - 第2話
2006年

ああっ女神さまっ それぞれの翼(男子生徒) - 第8話
あまえないでよっ!!喝!!(男子生徒) - 第4話
おじゃる丸(ジャック)
きらりん☆レボリューション(樽山樽也) - 第2話
地獄少女 二籠(宍戸俊) - 第5話
しにがみのバラッド。(男子1) - 第2話
デュエル・マスターズ(ゲスト)
となグラ!(ファンクラブ会員C) - 第7話
西の善き魔女 Astraea Testament(兵士2) - 第10話
妖逆門(大学生A) - 第1話
パンプキン・シザーズ - 第4話
ふしぎ星の☆ふたご姫 Gyu!(ブライト)
BLACK LAGOON The Second Barrage(リコ、ミソっ歯ジョニー)
プリンセス・プリンセス(豊実琴)
xxxHOLiC(薬局の店員A(風疾)) - 第6話
2007年

Over Drive(観客) - 第23話
CLAYMORE(オフィーリアの兄、少年、テオの町人(妖魔)C、盗賊E)
少年陰陽師(狒狒、陰陽生(一))
ZOMBIE-LOAN(ライカ(ポチ))
地球へ…(キム)
天元突破グレンラガン(シモン)
ドラゴノーツ -ザ・レゾナンス-(タチバナ・カズキ)
BLEACH(飯島真治)
ひだまりスケッチ(自転車少年の声、宅配のお兄さん、サラリーマン)
PRISM ARK(ハヤウェイ)
魔法少女リリカルなのはStrikerS(レヴァンティン、グラーフアイゼン、ストラーダ、ラッド・カルタス)
みなみけ(藤岡、キャスター)
ミュータント タートルズ(レオナルド)
マクロスF(学生A) - 第1話
MAJOR 3rd season(高橋、浦沢)
ロミオ×ジュリエット(マキューシオ)
2008年

H2O -FOOTPRINTS IN THE SAND-(子分B)‎
喰霊―零―(進藤マサキ)
かんなぎ(秋葉巡)
きらりん☆レボリューション STAGE3(にーくん)
鉄のラインバレル(早瀬浩一)
純情ロマンチカ2(友人) - 第8話
スケアクロウマン(セバスチャン) - 第16話
隠の王(加藤侯)
二十面相の娘(ゴロ)
のらみみ(タテロル)
ひだまりスケッチ×365(自転車少年の声) - 第4話
ポケットモンスター ダイヤモンド&パール(レイジ)
xxxHOLiC◆継(店員B(風疾)) - 外伝
まかでみ・WAしょい!(若者の武士) -第9話
マクロスF(パイロット) - 第1話
みなみけ 〜おかわり〜(藤岡)
MAJOR 4th season(高橋)
2009年

ゴルゴ13(クーキー) - 第42話
シャングリ・ラ(メデューサ、古河)
鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST(ケイン・フュリー)
花咲ける青少年(寅之助・V・芳賀)
BLEACH(ジオ=ヴェガ)
みなみけ おかえり(藤岡)
[アーティスト名] 柿原徹也
[タイトル] dead or alive (テニスの王子様 キャラクターCD)
[CD番号] NECM-10125
[発売日] 2009-05-27

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1 dead or aliv
2 dead or alive(Original Karaoke)
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2009年06月11日

ChaNge the WoRLd

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MiChi(ミチ、1985年4月7日 - )は、日本の女性歌手。イギリス出身。身長165cm。

来歴 [編集]
父親はイギリス人、母親は日本人。3姉妹の末っ子としてイギリスで生まれ、2歳から神戸市垂水区で育つ。小学校3年の頃に、阪神・淡路大震災を経験し、被害はひどくなかったものの、父の希望でイギリスへ帰る。

マンチェスターのアートの大学に進学するつもりだったが、歌手になりたいという気持ちが強く、入学直前で取りやめ、日本へ戻りレッスンに通い始める。中島美嘉、加藤ミリヤ、SOULHEADらの曲を手掛けるプロデューサー・松澤友和と出会い、19歳の時に本格的な歌手活動を始める。

2008年6月に、インディーズでリリースしたアルバム『MiChi MadNesS』の収録曲「ReaL」「Madness Vol.2」「Fxxk You And Your Money」が、iTunes Storeダンスチャートで史上初のトップ3を独占し、さらには、アルバムが総合チャートで1位を獲得するなど、話題となる。また、2008年年間アルバムチャートでは19位を記録した。

2008年10月22日、自ら作詞したシングル「PROMiSE」でメジャーデビュー。au『Smart Sports』のCMソングとなり、オリコン初登場12位を記録。11月7日には、テレビ朝日『ミュージックステーション』へ「Young Guns」として初出演を果たす。

2009年3月、自身が主催するイベント「UNitED MadNesS」を東京と大阪で開催。

自身のブログでは日本語と英語を混ぜて書き込む。


ディスコグラフィー [編集]

シングル [編集]
PROMiSE(2008年10月22日)
ChaNge the WoRLd(2009年2月18日)
KiSS KiSS xxx(2009年5月27日)

アルバム [編集]
MiChi MadNesS(インディーズ、2008年6月27日)

タイアップ一覧 [編集]
タイトル タイアップ 収録作品
PROMiSE au『Smart Sports』CMソング
music.jp CMソング 1stシングル「PROMiSE」
HEy GirL ソニーヘッドホンXBシリーズ MTVコラボレーションCMソング
ChaNge the WoRLd 日本テレビ系水曜ドラマ『キイナ〜不可能犯罪捜査官〜』主題歌
music.jp CMソング 2ndシングル「ChaNge the WoRLd」
One of a Kind スバルDEX CMソング
KiSS KiSS xxx ボルヴィック「FruitKiss」CMソング 3rdシングル「KiSS KiSS xxx」
WoNDeRLaND? J-WAVE「WELCOME TO WONDERLAND」キャンペーンソング


レギュラー出演 [編集]

テレビ [編集]
music channel Hz(毎日放送・スペースシャワーTV、2008年4月5日 - )ナビゲーター

ラジオ [編集]
TOKYO REAL-EYES SPEAK OUT!(J-WAVE、2008年10月3日 - 2008年12月26日)
OH! MY RADIO 木曜〔隔週出演〕(J-WAVE、2009年4月9日 - )

CM [編集]
ユニクロ 「パーカスタイル1000」キャンペーン
ボルヴィック 「FruitKiss」

外部リンク [編集]
公式サイト
Sony Music Onlineによるアーティストページ
MiChi - MySpace
MiChi MySpaceモバイル
[アーティスト名] MiChi
[タイトル] ChaNge the WoRLd
[CD番号] AICL-1992
[発売日] 2009-02-18
1 ChaNge the WoRLd
2 One of a Kind
3 PROMiSE[Smart Sports ver.]
4 HEy GirL[XB remix]
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2009年06月10日

いつも素顔の私でいたい

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三枝夕夏 IN db(さえぐさ ゆうか イン デシベル)は日本の音楽グループである。英語表記は"U-ka saegusa IN db"。所属レーベルはGIZA studio、所属事務所はAding。

「db」が小文字の理由は、「ハートに似ているから」。

メンバー [編集]
メンバーの詳細は各メンバーの項を参照。

三枝夕夏(さえぐさゆうか)
1980年6月9日生まれ。愛知県名古屋市出身。ボーカル・作詞担当(曲により作曲も担当)。
岩井勇一郎(いわいゆういちろう)
6月6日生まれ。元:New Cinema 蜥蜴。ギター担当(曲により作曲も担当)。
大藪拓(おおやぶたく)
1月30日生まれ。ベース担当。
車谷啓介(くるまたにけいすけ)
1月19日生まれ。元:New Cinema 蜥蜴。ドラム担当。

来歴 [編集]
2002年6月12日発売のシングル『Whenever I think of you』でデビュー。当初は三枝と男性2人による3人ユニット「db(デシベル)」としてのデビューが計画されていたが、男性メンバー2名が「制作活動に専念したい」と辞退したため「db」は『音楽制作プロジェクト』を指す言葉となり、三枝のソロプロジェクトとしてのデビューとなった。
2003年5月8日、hillsパン工場にて毎週木曜日に行われるTHURSDAY LIVE(2008年5月現在はSATURDAY LIVEに名称変更)に初出演。以後、同ライブにコンスタントに出演することとなる。また、このライブにサポートとして参加した車谷等とバンドを結成するきっかけにもなった。このライブはオリジナル曲ばかりではなく、洋楽オールディーズ等をカヴァー演奏しており、『VENUS』は彼等の定番曲になっている。また後に「デシデシコール」が生まれたり、当ライブハウスをテーマにした『Everybody Jump』(16thシングル・2006年)をリリースするなどしており、彼等も当ライブハウスを「ホームグラウンド」と自認している。
2003年10月29日発売の6thシングル『君と約束した優しいあの場所まで』 が、オリコンウィークリーシングルランキングで初登場8位となり、スマッシュヒットを記録した。また、同曲より「db」のメンバーとして岩井・大藪・車谷の3人がバンドメンバーとして加入し、4人編成バンドとして再出発することとなった。
2004年の8月-10月にかけて『へこんだ気持ち 溶かすキミ』『笑顔でいようよ』『いつも心に太陽を』の3タイトルを連続リリースすると共に、9月26日・30日に行われた自身初のワンマンライヴ『one 1 Live』を成功させる。
2004年に愛知県警が歌詞を公募して企画した「進めよう!安全なまちづくりイメージソング」の歌手として、地元出身の三枝が起用された。そのイメージソング『Hand to Hand』は2ndアルバムに収録されている。2005年6月に三枝が同県警中警察署の一日警察署長を務めた。
2005年11月に13thシングル『君の愛に包まれて痛い』の発売を記念して催されたインストア・ライブにて、延べ4000人のオーディエンスを動員した。うち、秋葉原で行われたライブは、日曜日ということもあって3000人のオーディエンスを集め、あまりの人の多さに急遽パトカーが出動する事態となり、彼女たちの知名度を上げる機会となった。
2006年7月、日本武道館で開催された『Animelo Summer Live 2006 -OUTRIDE-』に出演。8月には2度目のワンマンライブ『CHOCO II (ちょこっ)と LIVE』を成功させ、11月に追加公演を行った。追加公演では、東京と大阪に加え、三枝の出身地である名古屋での初ライブを行い、故郷に錦を飾った。
2007年6月6日に、デビュー5周年を記念したベストアルバムを発売し、オリコンウィークリーアルバムランキングで、デイリーチャート2位となり、ウィークリーチャートでもシングル・アルバムを通じて自己最高位となる初登場5位となる好セールスを記録した。また、6月9日・10日には大阪と名古屋で5周年記念のワンマンライブを成功させた。8月4日には、東京で追加公演を行った。

音楽 [編集]
楽曲提供については、初期においては徳永暁人、大野愛果、小澤正澄など、ビーイング系の作曲家が担当していたが、10thシングル『いつも心に太陽を』では三枝夕夏が作曲も担当し、16thシングル『Everybody Jump』では岩井勇一郎が作曲を担当した。3rdアルバム『U-ka saegusa IN db III』では三枝夕夏作曲が6曲も収録され、17thシングル『太陽』以後は、三枝夕夏作曲の楽曲が中心となっている。
また、New Cinema 蜥蜴のカバー曲も発表しているが、これは岩井・車谷が同バンドのメンバーであったためである。
オリコンでは、シングル20作中12作(内1作は、TOP10入り)・アルバム5作中4作(内1作は、TOP10入り)をTOP20内に送り込んでいる。(2008年2月現在)




ディスコグラフィー [編集]

シングル [編集]
Whenever I think of you(2002年6月12日)
It's for you(2002年8月28日)
Tears Go By(2002年11月6日)
CHU☆TRUE LOVE(2003年6月18日)
I can't see, I can't feel(2003年8月20日)
君と約束した優しいあの場所まで(2003年10月29日)
眠る君の横顔に微笑みを(2004年3月3日)
へこんだ気持ち 溶かすキミ(2004年8月11日)
笑顔でいようよ(2004年9月15日)
いつも心に太陽を(2004年10月13日)
飛び立てない私にあなたが翼をくれた(2005年2月16日)
ジューンブライド 〜あなたしか見えない〜(2005年6月15日)
君の愛に包まれて痛い(2005年11月16日)
愛のワナ(2006年2月15日)
Fall in Love(2006年5月24日)
Everybody Jump(2006年7月12日)
太陽(2006年9月20日)
雲に乗って(2007年1月31日)
明日は明日の風の中.....夢の中/新しい自分へ変わるスイッチ(2007年10月31日)
雪どけのあの川の流れのように(2008年2月27日)
誰もがきっと誰かのサンタクロース(2008年12月10日)
もう君をひとりにさせない(2009年2月25日)
いつも素顔の私でいたい(2009年6月3日)

オリジナルアルバム [編集]
三枝夕夏 IN db 1st 〜君と約束した優しいあの場所まで〜(2003年11月19日)
U-ka saegusa IN db II(2004年11月17日)
U-ka saegusa IN db III(2006年9月20日)

ベストアルバム [編集]
三枝夕夏 IN d-best 〜Smile&Tears〜(2007年6月6日)

ミニアルバム [編集]
Secret&Lies(2003年2月5日/GZCA-5028)

DVD [編集]
U-ka saegusa IN db FILM COLLECTION VOL.1-SHOCKING BLUE-(2003年11月19日)
U-ka saegusa IN db〔one 1 Live〕(2005年2月16日)
U-ka saegusa IN db FILM COLLECTION VOL.2(2005年9月21日)
U-ka saegusa IN db“CHOCO II とLIVE”(2006年11月1日)
三枝夕夏 IN d-best LIVE 〜Smile & Tears〜(2007年2月27日)
U-ka saegusa IN db FILM COLLECTION VOL.3(2008年6月11日)

外部リンク [編集]
三枝夕夏 IN db 公式サイト
三枝夕夏 IN db ブログ
[アーティスト名] 三枝夕夏 IN db
[タイトル] いつも素顔の私でいたい
[CD番号] GZCA-7144
[発売日] 2009-06-03

「ダウンMP3」ボタンを右クリックして->対象をファイルに保存
1 いつも素顔の私でいたい
2 熱いシャワー浴びて
3 いつも素顔の私でいたい 〜Instrumental〜
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とらドラ! DJCD

35871.jpgラジオCD(ラジオシーディー)ないしDJCD(ディージェーシーディー)とは、ラジオ番組の総集編ないしラジオ番組調にパーソナリティがトークと音楽を交えながら進行する内容を収録したCDのことである。

ラジオドラマのドラマCDとは形態が非常に似ており、ラジオドラマ(短編コント調のもの)がミックスされたCDも存在するが、基本的には「似て非なるもの」である。

概要 [編集]
日本で発売されているラジオCDのほとんどは、アニラジ番組のものであり、通常は、番組のトーク部分の総集編をメインとし、新録トークやNGトークが付いたものである。商品によっては、パーソナリティーが歌う番組テーマ曲やイメージソングがサービストラックとして収録されたり、あるいは全編が新規録音となることもある。また、CD-DA形式では1枚に74分(番組1〜2回分)程度しか収録できないことから、CD-ROMにしてMP3形式で長時間収録することもある。

このような形態のCDが一般的になったきっかけは、文化放送ほかで放送された「もっと!ときめきメモリアル」を基にした「月刊ときめきメモリアル」であるが、今日のように爆発的にアイテム数が増えたのは、インターネットラジオの普及が大きな理由である。ラジオで気軽に聴取できる放送という媒体ではなく、パソコンによって能動的に接続しなけばならないインターネットラジオは、一般向けのアピール度に欠け、地上波ラジオ番組に比べてスポンサーが付きにくく(ほとんどのインターネットアニラジ番組は、その番組でとりあげている作品の制作会社や、商品の販売会社がスポンサーである)、番組制作費の捻出が難しい事情がある。しかし、有料配信にしてしまうと、少ない聴取者をますます絞ってしまう結果になる。このようなジレンマを一挙に解決する方策として、一部のインターネットラジオ番組において、無料配信後に一部のヘビーリスナーにラジオCDを買ってもらい、それを番組制作費の足しにしようという方法が採られるようになった。

最近は、無料配信でリスナーの評判を掴み、番組の評判が良ければ大々的に告知の上ラジオCDを発売し、その予想される収益を見込んで番組を続行、番組の評判が芳しくなかった場合は番組終了とほぼ同時期にラジオCDを発売して番組制作費の回収という形が一般的になっている。もちろん、配信元が一切の出費をプロモーションと割り切り、ラジオCDを出す意思がない場合や、ラジオCDを発売するほどの需要すら見込めない場合はラジオCDは出ない。

ラジオCDを売り出すインターネットラジオ番組は、通常、無料配信の際に、あえてモノラル、低音質で放送することが多い。これは、サーバーや通信回線の容量の問題もあるが、CD発売にあたって、ステレオ収録の高音質を売りにするためである。また、ほとんどの番組はストリーミング方式で配信されており、一般的な方法ではリスナーが配信番組を手元に保存することができず、これも購買意欲を高めさせる方策といえる。さらに、最近のインターネットラジオ番組の中には、無料配信ではあるがDRM信号をかけ、一定期間を過ぎると音声データを再生できないように加工し、CDを購入させようという番組も現れている。一方、「開運☆野望神社」シリーズのように、CDを販売しながらも、保存・再生に制限のない形式での配信を続けている番組も少数ながらある。


ラジオCDがリリースされている主な番組 [編集]
この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
愛とかほるのラブフェロモン!、らぶげ魂 愛とかほるのらぶフェロ♥、らぶフェロの頑張りましょう儲けましょう
天使のしっぽ ホームパーティー
開運☆野望神社
こいぬのじかん
ここはグリーンウッド放送局
ゼロの使い魔 on the radio 〜トリステイン魔法学院へようこそ〜
テニスの王子様 オン・ザ・レイディオ
月刊ときめきメモリアル
伝心 まもって守護月天!
オー!NARUTOニッポン
ハガレン放送局
プリズムナイト→プリズムナイト・ツヴァイ
プリっちラジオ
mamiのRADIかるコミュニケーション - 番組放送20周年を記念した総集編CDを発売
苺衣ラジ!

アニメイトTV関連 [編集]
カンださん☆アイぽんの ネギまほラジお
後藤ラジオ
さよなら絶望放送
少年陰陽師・彼方に放つ声をきけ〜略して孫ラジ
聖應女学院放送局
セイント・ビースト ケダモノたちのHEAVEN'S PARTY
ぱにらじだっしゅ!
ラジオdeアイマSHOW!
絶対可憐放送局

音泉関連番組 [編集]
RADIO BLACK CAT
Radio ToHeart2
Simoun〜電波 DE リ・マージョン〜
Solty Reidio
THE IDOLM@STER RADIO
灯里・藍華・アリスのARIA The STATION Neo VENEZIA INFORMALE、ARIA the Station Due
亜美とかおりのキミキス チューニングアップ♪
インターネットラジオ カレイドスター そらとレイラの すごい ○○ - CD-DAで1枚につき番組1回分という形式で全回数を収録したため、CD-BOX9セット、全103枚(新録の特典ディスク除く)という膨大なボリュームとなっている。
インターネットラジオ西の善き魔女 Astraea Testament
ウィッチブレイディオ
うたわれるものらじお
スクラン二学期 ウィークエンド
はにはにラジオ

ランティスウェブラジオ関連 [編集]
涼宮ハルヒの憂鬱 SOS団ラジオ支部
D.C. 〜ダ・カーポ〜 初音島放送局→初音島放送局S.S.
中原麻衣・ゆうまおの@ミニシアター
ローゼンメイデン・ウェブラジオ 薔薇の香りのGarden Party→水銀燈の今宵もアンニュ〜イ

その他 [編集]
放送室
[アーティスト名] ラジオCD
[タイトル] とらドラ! DJCD
[CD番号] KICA-964
[発売日] 2009-05-27
1 . オープニング!
2 . テーマ発表!
3 . 料理その1!
4 . 高須式家事マニュアルその1!
5 . 料理その2!
6 . 料理その3!
7 . 高須式家事マニュアルその2!
8 . 料理その4!
9 . いただきます!
10 . エンディング!
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