鬼束ちひろ(おにつか ちひろ、1980年10月30日 - )は、日本の女性シンガーソングライター。本名同じ。宮崎県南那珂郡南郷町出身[1][2]。宮崎県立日南高等学校卒。身長152cm[3]。所属事務所はNAPOLEON RECORDS・烏龍舎(共同マネジメント)、所属レーベルはUNIVERSAL SIGMA・A&M RECORDS。
概要 [編集]
人物 [編集]
家族構成は、父・母・弟・妹の5人家族であり、自身は長女である[4]。小学生の頃より部活で陸上を始める。中学時代は陸上部のキャプテンを務め、短距離400mリレー走選手として九州大会にも出場歴がある[1]。
プライベートでは、お笑いコンビのシャカを誕生日パーティーに招待するなど社交的な面がある[5]。休日の過ごし方は「家でゴロゴロしたり一人で買い物したりする」という[6]。生活パターンは、昼夜逆転の生活を送っており[7][8]、楽曲制作は専ら夜中(23時頃)に行っているという。
自身の性格に関しては「人見知りしない性格」と分析している[9]。また、所謂「熱しやすく冷めやすいタイプ」であり、例えば茶そばを3日間連続で食べ続けて飽きるなどのエピソードを公言している[8]。
サインは、以前はドクロのイラストマークの下に「CHIHIRO」という文字をもってサインとしていた[10]。現在は筆記体で「Chihiro」(Cの部分が鬼をイメージしたイラストマークとなっている)と書かれたものをサインとしている[11]。
趣味 [編集]
好きなものは、小説はアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの『星の王子さま』[4]。漫画は古谷実の『行け!稲中卓球部』や岡田あーみんの『こいつら100%伝説』、井上雄彦の『SLAM DUNK』など[12]。映画は『アメリカン・ビューティー』や『ギルバート・グレイプ』、『バトル・ロワイアル』、『溺れる魚』など[7]。また、『もんしぇん』[13]、『ぐるりのこと。』[14]、『ラストゲーム 最後の早慶戦』[15]では作品に対する賞賛のコメントを寄せている。服飾はMILK FED(ソフィア・コッポラによるデザインのブランド)の洋服[7]やヴィヴィアン・ウエストウッドのブーツ[16]など。食べ物はマクドナルドやコーラ、キャベツ太郎、梅干、チョコレート。コーラは常時ステージドリンクとしているほどで、梅干に関しては「白いご飯と梅干さえあれば大丈夫」とまで発言するほどの大好物[17]。キャラクターグッズも好きで、中でもディズニー映画『ピーター・パン』に登場するティンカー・ベルグッズがお気に入り。自身で「おたま」(オタマジャクシがモチーフ)の縫いぐるみ[18]や十字架などのビーズアクセサリー[9]を作成する事もある。お笑い好きでもあり、好きな芸人はシャカ、田上よしえ、ルート33など[19]。特にシャカはお気に入りで、出演した番組中でも「色々浮気をするけれど結局シャカに帰ってくる」と話しており、どちらかと言えば大熊啓誉(ボケ担当)の方が好きであるという[19][5]。好きな詩人には銀色夏生を挙げており、中学時代からのファンであり「モロに影響を受けた詞も書いていた」と後の対談でも語っている[2]。好きな四字熟語に「疾風怒濤」を[1]、単語に「虎」を挙げ、モットーに「(良い意味でも悪い意味でも)やられたらやり返す」を挙げている[20]。
音楽性 [編集]
楽曲制作の手法として大まかに、曲を先に制作してからそこへ詞を付ける作曲先行(所謂曲先)と、詞を先に書いてから曲を乗せる作詞先行(所謂詞先)の2通りがあるが、鬼束の場合は必ず詞先で曲作りを行う。これは鬼束が楽曲において歌詞を最重要視しているためであり、もし歌詞と曲がマッチしていない時でも、「詞の世界を壊したくない」「直感を大事にしたい」との理由で歌詞を変更する事は一切無く、曲のほうを無理矢理詞に合わせたり、曲のフレーズに詰め込む等の手法を用いる[19]。曲作りは大抵夜中自宅の部屋の中で行い、思いついた歌詞を書き上げ(本人は「(歌詞が)降りてくる」と表現・説明することもあるが、神がかり的に受け取られることを嫌ってその表現を避けることもあった)、それに曲をつけるという方式が主である。常にその場で曲を作り上げるというが、例外として「everyhome」は曲を作り上げるまでに3日間を要したという[21][22]。
作詞を始めたのは小学4年生の時の夏休みの自由課題がきっかけ。現在の作詞スタイルを確立させたのは中学2年生の時、アラニス・モリセットの世界観に影響されてからで[9]、その時の詞は上京する際にすべて焼却処分したという[7]。歌詞の書き方は「everyhome」の制作を皮切りに変化が生じている。活動休止前の制作スタイルとしては感情をぶちまけるように歌詞を書くというのが主であったが、活動再開後は「自分が他の歌手だったらこういう書き方をする」というように自分を客観的に見て歌詞を書いたり、映画の映像から見た印象をモチーフとして歌詞を書く(「everyhome」は『フォレスト・ガンプ』、「Sweet Rosemary」は『ギルバート・グレイプ』、「bad trip」は『スパン』等)ようにもなってきている[23][24][25]。
歌う時は左手を上下運動させたり身体でバランスを取る。気持ちがいい・解放感がある・バランスがとりやすいという理由から、裸足で歌うことが多い[20][26][27][28]。裸足でのステージが印象深い故に、裸足の歌姫と形容されている[29]。裸足で歌い始めるようになったのはシングル「月光」発売頃で、2000年7月26日に出演した『ASAHI SUPER DRY MUSIC SPIRAL 2000』の時点では既に裸足で歌い始めている。歌うときは腕時計やチョーカーなど身体を締め付けるものは絶対に着けない[26]。これは束縛感を嫌うためであり、厚着もしない。本人曰く末端冷え性であるが、足はおろか一切の防寒対策はしない[26]。本人にとってライブはファンとのコミュニケーションの場であり、ステージングや自身の歌唱において完璧さを求める[1]。
ライブの際にしばしばマリア像をステージの隅に置く。これは自分の中の守護神のようなものを表しているとし、自分の歌っている姿を見守っていて欲しいからであると語っている[1]。シングル「everyhome」以降の作品のブックレットにおいても「thanks for God.」と書いている。
楽曲については、元プロデューサーの羽毛田丈史が重視する、ピアノを基盤としたアンプラグドやアコースティックな生音での楽曲が主体で、ストリングスが用いられる楽曲も多い。鬼束の圧倒的な個性が出発点で、それゆえに、ピアノと鬼束のボーカルだけのパフォーマンスが究極の帰着点であると羽毛田は捉えていたようである。鬼束自身もアコースティックやカントリーな楽曲を好み、作曲もキーボードにて行っていることから、このスタイルを理想と考えていると思われるが、ギターサウンドやカントリーロックといったような、様々な編曲が試みられてはいる。羽毛田から音楽プロデューサーが変わった後も、ピアノを基盤とした楽曲制作は踏襲されている。
作品制作においては、鬼束自身は、デモ音源を音楽プロデューサーに渡した後は一切楽曲の制作工程(アレンジやアルバム収録曲の選定や曲順決め等)には関与しない方針を貫いている。これは本人曰く「(性格的に)器用貧乏の真逆」ということで、シンガーとしての自分とソングライターとしての自分を分けていると語っている[30]。アルバムのタイトルについては、毎回アルバムの制作に取り掛かる際に次回作のタイトルを決めているという。作品のリリースにおいて本人は「毎回これが遺作の気持ちで制作している」と語っている[31]。
好きなアーティストとして公言しているのは、ジュエル[7][32]、アラニス・モリセット[7][33]、シェリル・クロウ、アマンダ・マーシャル[34]、メリッサ・エスリッジ[35]、ジョニ・ミッチェル、ポーラ・コール、キャロル・キング[36]、インキュバス[37]、レネ・マーリン、ステレオフォニックス、グー・グー・ドールズ、ボン・ジョヴィ、サイモン&ガーファンクル、トーリ・エイモス、Wink[4]、岡村靖幸[38]、THE BACK HORN[39]など。
楽曲と世の中の動き [編集]
シングル「infection/LITTLE BEAT RIFLE」の発売から4日後にアメリカ同時多発テロ事件が発生し、「infection」の歌詞がそれを予見したと取れるような内容であったため、プロモーションが自粛された。その他にも、シングル「流星群」の制作中はしし座流星群が見られる時期であったり、2002年に「A Horse and A Queen」をライブで発表する前には、自身が尊敬するジュエルが全治4ヶ月の落馬事故を起こしたりと、楽曲と世相とがリンクした出来事が複数ある。
どの出来事も楽曲を制作した後のことであり、全て偶然ではあるが、ファンの間で鬼束ちひろの深層的な部分を表す事柄として話される逸話である。しかし本人は、「楽曲と世相とがリンクすることは以前からあったのでショックでもないし驚かなかった」と語っている[2]。
所属レコード会社・事務所の変遷と活動休止 [編集]
前所属レコード会社と事務所を離れた理由について本人は当初はコメントを出さなかったが、2007年にアルバム『LAS VEGAS』をリリースするにあたり複数の雑誌のインタビューでその心境を語っている。
移籍の発端となったのは2003年に声帯結節を発症してからの活動の流れに違和感を覚えたことで、このことについて「「いい日旅立ち・西へ」のあたりから周囲と波長が合わなくなってきた」「楽曲自体には問題はなかったが、周囲を信用できなくなってきて無理が生じた」[25]と語っており、「前の事務所ともめ事があってそれで力をなくした」[40]との発言から事務所との作品発売に対する確執があったことも示唆している。一部メディアでは、決別が決定打となったのは『シングルBOX』の発売が関係していると言われていた[41]が、これについては後に本人曰く「契約上の問題」「単に関与しなかっただけ」としている[2]。
また、「育つ雑草」を発売後休養し、Sony Music Artistsを中途で契約終了した件については「自分のペースでの創作と、アーティスト活動、世の中のペースが一致しない」[42]としており、「何か問題やトラブルがあった訳ではない」「もっともっと休む時間が必要だった」と語っている[2]。
この契約終了後は活動を休止していたが、活動休止直後に大量服薬による自殺未遂を経験したことを後に明らかにしている[24]。その後も2005年のストーカー被害事件(後述・2005年の箇所参照)もあり精神的に不安定な状態が続き、「休んでいる時はただ(精神的に)落ちているだけだった」「リスナーとしての自分は残っていたけど表現者としての自分がまったくなかった」[25]と語っている。2005年に玉井夕海と出会い、翌2006年の映画『もんしぇん』に関わるまで一切表舞台に姿を現すことはなかったが、その間にも友人である歌手のMEGのブログに名前が挙がったり週刊誌の記事に関係者のコメントが掲載されるなど、間接的に近況が報じられることはあった。
[アーティスト名] 鬼束ちひろ
[タイトル] Sugar High
[CD番号] TOCT-24902
[発売日] 2002-12-11
1 NOT YOUR GOD
2 声
3 Rebel Luck
4 Tiger in my Love
5 Castle・imitation(album version)
6 漂流の羽根
7 砂の盾
8 King of Solitude
9 BORDELINE
http://down.mediajp.com/musiclists.php?mode=final&id=110110001001001000

